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週刊スモールトーク (第79話) 硫黄島の戦いⅡ~栗林忠道 中将~

カテゴリ : 戦争

2006.12.31

硫黄島の戦いⅡ~栗林忠道 中将~

■日本軍の3つの秘密

硫黄島の戦いにおいて、日本軍には3つの傑出があった。優れた指揮官、秘密の防衛システム、かつてない大火力である。これは、クリント イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」でも描かれている。

まず、第一の傑出。硫黄島守備隊の総司令官、栗林忠道 中将は「恩賜の軍刀組」だった。つまり極めつけの秀才。アメリカ軍が、近々、硫黄島に上陸するのは確実で、残された時間はわずか。兵士たちの限られた時間を、要塞構築と軍事訓練にいかに配分するか?要はヒト・モノの最適分配である。コンピュータのない時代、このような作業に欠かせないのが論理的な思考力と記憶力だが、栗林中将にはそれが備わっていた。

さらに、栗林中将には明確な目的意識、それを組織に浸透させる力も備わっていた。

栗林中将が兵に配布した「敢闘の誓」には次のように書かれていた。
1.われらは全力で本島をまもりぬく。
2.われらは爆弾をいだいて敵の戦車にぶつかり粉砕する。
3.敵中に斬り込んで敵を皆殺しにする。
4.一発必中の射撃にて敵を撃ち倒す。
5.各自10人殺さずば死すとも死せず(1人で10人殺すまでは死なない)。
6.最後の一人になってもゲリラによって敵を悩ます。

そして、日本陸軍のお家芸「バンザイ突撃」を厳禁した。「バンザイ突撃」はどうせ勝ち目はないから、捕虜になるよりは美しく死のう、という個人の美学によっている。ところが、栗林中将の命令は、名誉のためでなく、敵を殺すために死ぬ、にある。同じ「玉砕」でもそれまでのバンザイ突撃とは根本が違う。

一方、アメリカ軍にしてみれば、早々にバンザイ突撃してくれたほうがありがたい。戦闘はすぐに終わるし、損害も少なくてすむ。「バンザイ突撃」は最後の決戦というよりは「最期の儀式」だったのである。ところが、硫黄島に立てこもった日本軍は、最期を「儀式」ですませるつもりはなかった。結果、硫黄島の戦いで、アメリカ海兵隊は創設以来、最大の犠牲を払うことになる。

■秘密の防衛システム

つぎに第2の傑出、秘密の防衛システム。栗林中将は、アメリカ軍の強力な艦砲射撃と空爆を避けるため、地上に施設をつくらなかった。艦砲射撃とは、戦艦や巡洋艦の地上砲撃をいう。重い物を運ぶには、陸上より海上が有利である。そのため、海軍のほうが大きな砲を搭載しやすく、その分、艦砲射撃の効果は絶大であった。

また、通常の砲弾は、爆発の風圧と砲弾の破片により、破壊、殺傷する。そのため、ぶ厚い大地が天然のシールドとなる地下施設の攻撃には適さない。地下要塞を破壊するには、特殊な爆弾が必要だ。たとえば、イラク戦争でアメリカ軍が使用したバンカーバスター。航空機から発射または投下される地中貫通型の誘導爆弾で、地下30メートルの施設を破壊したという。もちろん、太平洋戦争ではまだ存在しない。

栗林中将はこの地の利に目をつけた。硫黄島の地形を利用して、広大な地下ネットワークを築いたのである。ネットワークは一般に、ノード(節)とそれを結ぶルート(道)からなる。ノードは洞くつ陣地であり、ルートは坑道トンネルだ。坑道は、地下10mに掘られたが、主要な坑道は高さ1m70、最大幅1m20ほどだった。小さな日本兵が、やっと一人通れるほどである。また、主要路には、30mごとに地上への出入り口がつくられた。そこから出て、敵の背後から忍びより、仕留めるのである。

また、直線路の長さは最長30メートルで、全体に曲がりくねったルートになった。火焔放射器や手榴弾で攻撃されても、直角の坑道に逃げ込めば、無傷ですむからだ。さらに、陣地が破壊されても、坑道を通って、他の陣地へと移動することもできる。ダメージが最小限ですむし、ノード(陣地)が破壊されてもシステム全体に影響を及ぼさない。冗長性が高く、リスクヘッジが効いた優れたシステムだ。核攻撃を想定してつくられたインターネットを彷彿させる。

この坑道ネットワークは、日本兵の必死の作業により、1944年1月末までに、全長18kmにも達した。しかし、陣地や坑道を掘る工事は難航した。熱気と硫黄の臭いが、作業者を苦しめたのである。そのため、一人で長時間掘ることはできず、交代で作業をせざるをえなかった。一方、岩盤は柔らかいため、簡単な手道具で掘り進むことができた。硫黄島の自然は、日本軍を苦しめる一方で、助けにもなったのである。

■大火力

日本軍第3の傑出は、かつてない「大火力」である。太平洋戦争の初期、日本陸軍の十八番は夜襲と銃剣突撃であった。何も見えない暗闇の中、銃剣と軍刀で急襲するのである。ポイントは物理的打撃ではなく、恐怖心。精神論的で日本軍らしいと非難されることも多いが、良い面もあった。高価な重火器は不要だし、弾薬も少なくてすむ。つまり、日本軍は費用対効果の高い軍隊であった。

とはいえ、基本はブラフ(はったり)なので、効果は相手による。じつは、中国戦線では意外に効果があった。夜、怒声とともに突撃すれば、戦う前に敵が遁走してくれたのである。戦わずして勝つ?ところが、アメリカ軍には通用しなかった。水陸両用のアメリカ海兵隊は、危険な敵前上陸を主任務とする精鋭部隊である。カネと時間をかけた訓練、重火器を含む強力な装備、すべてにおいて、アメリカ軍は高価な軍隊だった。

1942年8月から始まったガダルカナルの戦いでは、日本軍はアメリカ海兵隊に完敗している。日本軍が、得意の夜襲をかけた瞬間、多数の照明弾が周囲を照らし、戦場は夜から昼へと変わった。丸見えとなった日本軍は、アメリカ軍の猛烈な十字砲火をあび、たちまち全滅した。十字砲火とは、正面方向と横方向で同時に攻撃する濃密な攻撃である。完全にはまると、逃げ場がなく、全滅する。恐ろしい戦法だ。

もちろん、十字砲火には強力な火器と十分な弾薬が必要になる。アメリカ海兵隊はライフル銃、軽機関銃、重機関銃、対戦車砲など多数の重火器を装備していた。つまり、火力重視の軍隊だった。一方の日本軍は、軍刀と銃剣による白兵戦を重視。どちらが有利かは射程距離を考えれば明らかだ。とはいえ、日本には重火器を大量に製造する物資もカネもなかった。

ところが、硫黄島を守る小笠原兵団は違った。栗林中将の尽力により、大量の重火器を持ち込んでいたのである。まずは火砲。日本軍は口径70ミリ以上の大砲を170門持っていたが、これはアメリカ軍とほぼ同数であった。つまり、重火器においては日米互角だったのである。

一方、アメリカ軍は、戦艦,巡洋艦、駆逐艦からの艦砲射撃、空母からの爆撃も可能だった。ところが、陸上戦が始まれば、海上からの攻撃はあてにできない。敵味方が入り乱れる戦場に砲弾をうちこめば、仲間を誤射する可能性があるからだ。実際、アメリカの艦砲射撃により、アメリカの陸上部隊の多数が命を落としている。

そして、陸上戦の要(かなめ)となる戦車。数の上では、日本は23輌、アメリカ150輌と、かなりの差があった。また、アメリカ軍のM4シャーマン戦車の主砲は75ミリ砲、日本軍の97式中戦車は47ミリ砲で、打撃力にも差があった。まともに撃ち合っては、勝ち目はない。そこで、日本軍の戦車部隊は地中に身を隠し、敵を狙い撃ちにしたのである。つまり、戦車を固定砲として使ったわけだ。

このように、日本軍は物量の劣勢を、創意工夫でカバーした。そして、広大なネットワーク陣地に、戦車、大砲、迫撃砲、機関銃を隠蔽し(いんぺい)し、恐るべき防衛ラインを築いていたのである。

■ロケット砲

また、硫黄島の小笠原兵団には、新しく開発された秘密兵器もあった。携帯式ロケット砲「20インチ噴進砲」である。ロケット兵器の一種で、筒型の発射装置から、固体燃料で自力飛行するロケット弾を発射する。砲弾が自力推進するため、発射部分は大砲にくらべ単純な構造ですむ。そのため、人力で運べるほど軽く、製造コストも安くついた。一方、命中精度は最悪で、大砲とは比較にならなかった。

大砲の場合、砲弾は長い砲身の中を通り抜けて放出されるため、ニュートンの方程式に従い、美しい放物線を描く。そのため着弾点が予測できる。ところが、ロケット砲は燃料噴射で自力推進するため、速度、角度、方角が安定せず、どこに着弾するかは神のみぞ知る ・・・ 何ごともいいことずくめとはいかないものだが、日本初の「噴進砲中隊」が配属されたのが、硫黄島の小笠原兵団であった。

この「噴進砲」は「自力推進」の響きがいいのか、一部マニアで人気の「仮想戦記」によく登場する。だが、ロケット砲は日本のオリジナルではない。

この時代、ロケット砲といえばドイツの「V2ロケット」だが、
1.技術は20年未来を行く。
2.製造コストは卒倒するほど高い。
3.破壊力はつつましい。

つまり、ムダに凄い兵器だったのである。

日本の噴進砲にしろ、ドイツのV2ロケットにしろ、ロケットの名のつく兵器は評判が悪い。この時代、完成の域に達していた大砲にはかなわなかったのである。だが、こんな傍流の兵器を開花させるのがロシアの得意技。ロシアは、第二次世界大戦中、ロケット兵器の傑作を生み出している。

カチューシャ」。女性が頭につける飾り物、そして、ロシアで最もポピュラーな女性の名前。この可憐な名がついた兵器こそ、ロシアの多連装ロケットランチャー「カチューシャ」である。トラックの荷台の上に、粗末なロケット発射台をいくつも並べ、ロケット弾を固定、一斉に発射する。ロケット弾には、爆発用の炸薬の他に、推進剤が詰め込まれ、自力で飛翔する。造りがいいかげんなので、およその方位と射角しか設定できない。適当に発射して、着弾点はロケットに聞いてくれ、つまり、精度は最悪。というわけで、ここまでは他国と同じなのだが、ロシアはこれに一工夫くわえた。このおんぼろトラックを大量に並べ、一斉に発射したのである。つまり、数の論理。

例えば、ロシアの「BM-8-36ZIS」トラックを10台並べるとする。このトラックは、36連発の発射台を装備するので、「36発×10台=360発」ものロケット弾を一斉に発射できる。大ざっぱに言えば、大砲360門に匹敵するわけだ。硫黄島の戦いで、口径70インチ砲以上に限れば、日米軍合わせた大砲の数にほぼ一致する。もちろん、ロシア軍が実戦で使用したカチューシャは10台どころではなかった。何百発、何千発のロケット弾が一斉に狭いエリアに着弾、爆発するのである。大砲には真似のできない高密度な砲撃だ。その破壊力は恐るべきものだったが、轟音もすさまじかった。カチューシャの轟音で発狂したドイツ兵までいたという。

轟音で発狂などというのは、平和な今の日本では想像もできない。だが、疑似体験なら可能だ。ドイツのゲームパブリッシャー CDVがリリースした「ブリッツクリーグ2」。第二次世界大戦の陸上戦を再現したゲームで、ドイツ軍、ロシア軍、アメリカ軍でプレイできる。歩兵、戦車、大砲、軍用トラックのミニチュアが、けなげに画面上を動き回って、けっこうリアルだ。ドイツのメーカーのせいか、ドイツ戦車のテクスチャーが特に念入りに作られている。

このゲームをドイツ軍でプレイすると、ロシアのカチューシャを疑似体験できる。けたたましい轟音とともに、無数のロケット弾が降り注ぎ、あたり一面を破壊し尽くす。せっかくそろえた歩兵もトラックも、一瞬にして壊滅。これなら、発狂する人間がいてもおかしくない。

モノは悪いが、数をたのんで、結果を出す、これがロシア式(失礼)。また、カチューシャは、形状や発射音がパイプオルガンに似ているため、「スターリンのオルガン」とも呼ばれた。だが、先の「ブリッツクリーグ2」をプレイする限り、教会で鳴り響くような優雅な音色ではない。

■特攻隊

ところで、硫黄島が本土防衛のデッドラインなら、なぜ日本軍は硫黄島に援軍を出さなかったのか?アメリカ艦隊が硫黄島に迫っているというのに、日本が誇る連合艦隊はどこへ行ったのだ?じつは、どこにもいなかった ・・・ 半年前の1944年6月19日、マリアナ沖海戦で日本の機動部隊は壊滅していたのである。硫黄島は海の孤島、制海権を失えば孤立無援、単独で戦うしかなかった。だが、救援の手がないこともない、特攻である。

千葉県の香取基地から神風特攻隊が出撃、八丈島で給油して、硫黄島へと向かった。ゼロ戦に護衛された20機の艦上爆撃機「彗星」である。彗星は爆撃機だが、戦闘機なみに速く飛べるのがウリだった。そのため、見た目は爆撃機というよりは戦闘機に近い。実際、零戦なみの時速550kmで飛ぶことができた。彗星は優れた爆撃機だったが、エンジントラブルが多く、設計者にいじくりまわされ、やがては特攻専用機となった。特攻は、敵の戦闘機を振り切り、対空砲火をくぐり抜け、敵艦に体当たりする。爆弾が積めて、高速ならOK。つまり、「彗星」は特攻にうってつけだった。ところが、この神風特攻隊は成功しなかった。特攻機の数が少なすぎたのである。

特攻は、空だけでなく海にもあった。海の特攻「回天」である。回天は魚雷を改造した1人乗りの潜水艇で、人間が操縦し、敵艦に体当たりする。全長14.75m、直径1m、最高速力30ノット(時速55km)、どこからどう見ても魚雷である。魚雷と違うのは、生身の人間が乗っていること、そして、炸薬が魚雷の3倍(1.55トン)であること。ちなみに、この火薬量は先のドイツのV2ロケットの2倍もある。当たれば、たいていの艦船は一撃で沈んだという。

回天は、通常の魚雷のように、潜水艦によって運ばれ、戦場海域で発射された。1隻の潜水艦には、4~6基の回天が搭載された。1945年2月20日、伊368潜水艦は回天を搭載し、大津島基地から、硫黄島に向かった。ところが、回天が発射される前に、アメリカ艦隊に発見され、潜水艦もろとも沈められた。こうして、硫黄島の小笠原兵団は、孤立無援のまま、強大なアメリカ軍に立ち向かったのである。

《つづく》

参考文献:
池田清 編 太平洋戦争研究会 著 【図説】太平洋戦争 河出書房新社
別冊歴史読本 硫黄島の戦い 新人物往来社
太平洋戦争 日本帝国陸軍 成美堂出版

by R.B

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