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週刊スモールトーク (第58話) コンピュータの進歩(2)~未来の覇者は誰か?〜

カテゴリ : 科学

2006.08.04

コンピュータの進歩(2)~未来の覇者は誰か?〜

■ビル・ゲイツ引退

2006年6月15日、マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長は、2008年に同社の一切の日常業務から退く、と発表した。歴史に残る成功をおさめ、今でも卒倒するような利益を上げる企業のトップが、なぜ、50歳で引退するのか?たぶん、疲れたのだ。それも、もうコンピュータの進歩にはついていけない、とあきらめるほど、心底

ビル・ゲイツのように負けん気の強い人物にとって、単年度の経営数字のみならず、「成長」も執着の対象になるだろう。だが、Windowsがこれから大きくのびることはない。地球の人口60億で、パソコンの設置台数は10億台。「のびしろ」はあまりない。マイクロソフトのもう一つのドル箱、ワード、エクセルも事情は同じ。

一方、携帯電話のような組み込み型コンピュータは今後も急成長するだろうが、マイクロソフトの出番はない。この世界では、別のOS、別のアプリケーションが存在するからだ。つまり、マイクロソフトは今後も一定の売上は確保できるだろうが、成長という指標でみると、未来は暗い。コンピュータウォーゲームは新しい局面に入っているのだ。

■グーグル(Google)

一方、インターネットには大きな可能性がある。ところが、この世界はすでに、資本主義が崩壊しつつある。テキスト、映像、音楽、プログラムのほとんどが、フリー(無料)。情報の価値は認知されているのに、マネーとリンクしないのだ。価値があるのに、お金にならない?これは資本主義ではない。

このような現象はなぜ起こったのか?

ITテクノロジーの進歩により「情報の生産コスト」が劇的に低下したからである。これは情報のような無体物だけでなく、有体物でも起こりうる。テクノロジーが進化し、メンテナンスフリーのロボットが生産に従事すれば、生産コストがゼロになり、有体物もタダになるからだ。価値とマネーが一致しない世界、素晴らしい!だが、その過渡期で、多くの人が仕事を失うことになる。それが今、ソフトウェア業界で起こりつつある。大金かけてパッケージソフトを開発しても、ショップにおいてももらえない。たいていのソフトは、インターネットでタダで入手できるからだ。

この世界で、経営が成り立つのは、「広告の自動販売機」付きの検索エンジンぐらい。並みの情報やコンテンツならタダ、中途半端なウェブサイトも無料販売、無料運営を強いられ、雀の涙ほどの広告料を得ている。

そして、このインターネット世界に君臨するのが、グーグル(Google)だ。マイクロソフトはグーグル打倒に執念を燃やし、一時猛追したが、再び引き離されている。マイクロソフトはかつて遭遇したことのない強敵と対峙しているのだ。グーグルは、IT業界に属しているように見えるが、じつは設備産業である。彼らの優位を支えているのは、10万台(2006年)を超えるコンピュータからなる「情報加工処理工場」だ。この工場の秘密は、処理能力に合わせ、安価に規模を拡大できること。また、収益源はテレビでおなじみの宣伝広告。つまり、革新の象徴にみえるグーグルのビジネスモデルも古典的商売の焼き直しに過ぎない。

とはいえ、この「情報加工処理工場」が提供するサービス、つまり検索エンジンは役に立つ。我々の時間を節約してくれるからだ。グーグルの目標は「情報の独占支配」にあり、ビル・ゲイツの夢「世界中のパソコンを自分のソフトで埋めつくす」よりはるかに危険である。両者の共通点は独占にあるが、歴史は再び繰り返されようとしている。

■消えたパソコンの楽園

ビル・ゲイツを悩ませるのは、グーグルだけではない。Mac上でWindowsを動かしたアップル社。新型CPU「Cell」で新たなプラットフォームを目論むソニー。そして、難敵のLinux。さらに、出荷が遅れるWindowsの新バージョンVista。マイクソロフトの虎の子までが、ビル・ゲイツを打ちのめしている。

Windowsは、ライバルのUnixやLinuxとは違い、GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)を前提につくられている。つまり、カーネル部分(OS本来の機能)と入出力部分(入力や表示)が完全に分離されていない。そのぶん、OSが複雑になるほど、機能の追加が難しくなる。このような厄介な問題をことごとく解決し、新たな成長をひねり出すのは神業にみえる。

個人資産数兆円の人間が選ぶ人生ではない。ビル・ゲイツといえども人の子、引退は必然なのである。ここで、問題提起に立ち戻ろう。パソコンの夢の楽園はなぜ消えたか?アップル社を創業したスティーブ・ジョブズは、「パソコンは人間の知性を増幅する」という夢をもっていた。ところが、パソコンの進歩はマネーに向かった。マネーを生むのは「欲求=需要」、つまり、ワープロ、表計算、データベース、ゲームソフトである。こんな世界では夢のソフトは生存できない。役に立つソフト、遊ぶソフトだけではなく、世界を奥の奥で総括しているものに触れるようなソフトは創れないのだろうか?

その可能性を探るため、まずはパソコン業界の現況を検証してみよう。

■アップル社

アップル社(Apple)がMacとiPodをからめ、音楽にフォーカスしている限り、マイクロソフトが苛立つこともなかった。ところが、MacがインテルCPUを搭載し、Mac上でWindowsが動くとなると、話は別だ。OSの力量で、MacOSXがWindowsに優るのは、誰もが認めるだろうが、問題は他にある。Macを買えば、Windowsソフトも動作するのだ。しかも、速度はそれほど落ちない。Macの心臓部が、Windowsパソコン同様、インテルCPUだからだ。今までMacに熱い視線を送りながら、Windowsソフトを使わざるをえなかったユーザーは多い。だが、彼らの一部は反旗をひるがえすかもしれない。Macの台数が増える可能性は十分ある。

影響を受けるのはマイクロソフトだけではない。デルを初めとするIBMPCのハードメーカーも同じだ。逆に、Mac用のOSXをIBMPCに移植するかもしれない。そうなれば、Appleの立場はマイクロソフトと同じになる。だが、アップルが5%にも満たないシェアで、利益をだせるのは、パソコン本体とOSを独占しているからだ。OSXがIBMPCで動作すれば、今度はMacが売れなくなる。というわけで、すべてが流動的だが、どう転がってもマイクロソフトに有利な状況は生まれない。

■Linux

ネットスケープ亡き後、マイクロソフトの最大の脅威はLinuxだった。マイクロソフトは、ネットスケープの収益源だったインターネットブラウザーをタダで配ることで、ネットスケープの息の根を止めたのだ。だが、相手がLinuxなら、立場は逆転する。Linuxは元々タダなのだから。幸い(マイクロソフトにとって)、Linuxはアプリケーションソフトはほとんどないし、ユーザーインタフェースも貧弱なので、クライアント市場ではWindowsの優位は保たれている。

一方、ワードもエクセルもGUIも不要なサーバー市場では大苦戦しているが、未来はさらに暗い。今後、コンピュータの需要が伸びる発展途上国は、お金もないし、無体物(ソフトウェア)に対価を払う習慣もない。当然、タダのLinuxを捨てて、高価なWindowsサーバーを買うわけがない。さらに、サーバーの世界では、もう一人強敵がいる。IBMだ。IBMは、すでにパソコン事業をレノボに売却し、何かを狙っている。IBMはLinuxの普及に熱心だが、Windowsの破滅を目論んでいるのかもしれない。

かつて、IBMはマイクロソフトと共同で、IBMPC用OS「OS2」を開発した。ネットワーク機能を備えた優れたOSで、一部のOAやFAで使用された。ところが、マイクロソフトはOS2と同根のWindowsを大成功させ、結果、OS2は消滅した。あの時のIBMの恨みは消えたのだろうか?さらに、Linux環境下で動作するワード、エクセル互換のタダ同然のソフトもすでに登場している。マイクロソフトにとって、Linuxは油断のならない強敵だ。

■ソニー

ところが、パソコン業界以外にも、マイクロソフトを脅かす強敵が現れた。ソニーである。ソニーは、2006年末にプレイステーション3を発売するが、ゲーム機に見えるのはメモリ256MBぐらい。どうみても新型のパソコンだ。Cellとよばれる強力なCPUを備え、「ハードディスク+Linux」を装備しているからだ。こんなゲーム機は見たことがない。これが意味するところはただ一つ、「みんなで、プレステ3のプログラムを作ろう!」だが、疑問もわく。プレステ3は、しょせんゲーム機。いまさら、ワープロや表計算ソフトを作ってみたところで、PCに変えて、プレステ3を使う物好きはいない。よって、ビジネスソフトがプレステ3用に作られる可能性はない。

一方、ゲームをアマチュアが作っても、映画並みの制作費をかけるプロのゲームソフトに勝てるわけがない。ソニーは、一体何を考えているのだ?ポイントは、プレステ3のCPU「Cell」にある。この新型CPUは、ちまたで流布する噂より、はるかに大きな可能性を秘めている。プレステ3はコンピュータの未来を変えるかもしれないのだ。

■パソコンの正体

前回、「コンピュータは『打出の小槌』なのに、『金づち』代わりに使われている」と嘆いた。大げさに聞こえるかもしれないが、これは真実である。それを証明するため、ここで、パソコンの正体を曝露する。現在、パソコンの進歩は停滞している。原因はたぶん、「複雑さ」にある。操作ではなく、装置の「構造」だ。

かつて、パソコン黎明期に、ハードとソフトの開発に携わったが、その頃とは、比較にならないほど複雑になっている。そりゃ当然だ、と思われるかもしれないが、機能が進歩したわけではない。プログラムに従って論理演算や算術演算を実行し、必要に応じて入出力処理を行う、今も昔も変わらない。たしかに、速度とデータ量は劇的に向上したが、それは量の問題であって、複雑さの問題ではない。ところが、内部構造は信じられないほど複雑になっている。

まず、CPU。そもそも、CPUのスタンダードがインテルになったのが間違いなのだ。昔、インテルに消されたモトローラーの68000、ナショナルセミコンダクターの32032、TIの9900は、インテルよりずっと洗練されたCPUだった。一度プログラムを書くだけで一目瞭然。コンピューター「複雑化」の起源はインテルのCPUにあるのだ。

では、なぜインテルが勝利したのか?インテルの不断の努力に尽きる。あんなグチャグチャなCPUを互換を保ちながら、高速化しつづけたあの力技、驚嘆に値する。次にOS。OSは、コンピュータの共有資源(メモリーや入出力装置)を制御するための基本ソフトウェアである。

そして、パソコンのOSの覇者は、言わずと知れたWindows。そのWindowsも複雑の極みに立っている。当のマイクロソフトでさえ、バージョンアップするたびに、死にもぐるい。だいたい納期が守られたためしがない。Windows最新バージョンのVistaに至っては、今回の目玉となる機能までが削除されている。信じられない話だ。開発現場はどれほど混乱しているのだろう。だが、これはマイクロソフトの怠慢ではない

初代OSのMS-DOSを継承し、パロアルト研究所のGUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)を真似て、いじくり回した結果、プログラムは恐ろしく複雑になってしまった。2つのジグゾーパズルをいっしょくたにはめ込んでいるようなものだ。Windows破綻の原因は律儀に互換を守ったこと、OSのカーネルとGUIをいっしょくたにしたこと、に尽きる。

Windowsのコードはすでに1億行を超えたというウワサもある。部品点数が1億個の機械装置など存在しない。もし存在したとしても、まず動かない。マイクロソフトは、常々、人間の上位5%の頭脳を集めていると豪語している。上位5%なら、IQ125はあるだろう。だが、その程度では、1億行のプログラムは頭に描けない。IQ180以上の天才が必要だ。でないと、そのうちメンテもできなくなる。Windowsは進歩しているのではなく、ただ複雑になっているだけだ。

■BeOS

以前、ある会合で、印刷会社の社長さんと話す機会があった。驚くことに、この会社は「BeOS」を販売しているという。というのも、「BeOS」はWindowsのようなOSなのである。BeOSは、Windowsが直面する「複雑化の問題」対する一つの答えだった。BeOSは映像や音などのマルチメディアを簡単に扱え、構造はシンプルで洗練されていた。結果、非常に高速に動作した。この成功の要因はいくつかあるが、一言でくくれば

互換を切り捨てて、一から設計した

ちなみに、先の経営者に、「ところで、BeOSは売れてますか?」と尋ねると、雄弁がとたんに無口になった。この経営者の反応同様、その後のBeOSも、すっかり沈黙してしまった。だが、BeOSの功績は大きい。互換を捨てて、一からつくれば、複雑化の問題を一刀両断にできることを証明したのだ。過去を断ち切るから革命なのであって、過去と互換のある革命などありえない。そして、進歩には革命が必要だ。

■複雑さの呪い

パソコンが誕生した後、パッケージソフトのビジネスモデルは繁栄を極めた。1万円のパッケージソフトも製造原価は1000円にも満たない。粗利90%はハードの商売ではありえない。だが、そのパッケージソフトビジネスも崩壊寸前。ソフトがタダになろうとしているのだ。ではどうして、こんなことになったのだ?

事の始まりはフリーソフト、そして、とどめはグーグル。グーグルはソフト会社をせっせと買収し、その会社の製品をタダで配っている。最近では、マイクロソフトを挑発すべく、表計算ソフトまで公開した。グーグルは広告収入で息ができるが、パッケージソフトを生業とする会社は窒息する。

マイクロソフトとグーグルのソフトには大きな違いある。ワードにしろ、エクセルにしろ、マイクロソフト製は巨大だが、グーグル製は小ぶりである。マイクロソフトはこの巨大なソフト(プログラム)をいじくる度に、複雑さに翻弄され、のたうちまわる。進歩の限界にきているのだ。

一方、グーグルのソフトは、シンプルで、進歩の「のびしろ」は大きい。なぜか?グーグルのソフトの心臓部はユーザーのパソコンではなく、グーグルのサーバーに集中しているからだ。入出力をクライアント(ユーザーのパソコン)で、実際の処理をサーバーで処理させることで、「シンプル」を実現しているのである。メンテナンスと機能拡張が容易なことは確かだ。まさに、「Simple is best」というわけで、このままいけば、未来は「コンピュータ=情報加工処理業=グーグル」になる。

パソコン・夢の楽園はどこへ行ったのだ?だが、あきらめるのはまだ早い。ソニーのプレイステーション3がある。未来は、決して一つではないのだ。

《つづく》

by R.B

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