BeneDict 地球歴史館

BeneDict 地球歴史館
menu

週刊スモールトーク (第515話) 恩知らずな我が祖国よ(6)~カルタゴ滅亡~

カテゴリ : 人物戦争歴史

2022.11.11

恩知らずな我が祖国よ(6)~カルタゴ滅亡~

■カルタゴの復興

ローマ・シリア戦争の後、大カトの陰謀は次々と成就していく。

まずは、ハンニバル。

紀元前188年、セレウコス朝で居場所を失ったハンニバルは、シリアを脱出する。その後、地中海世界を転々とした後、紀元前183年、黒海沿岸のビテュニア王国で毒を仰いだ。自決したのである。

つぎに、大スキピオ。

紀元前185年、贈収賄容疑で弾劾され、完全に失脚する。その後、ナポリに引きこもり、人知れず死んだ。奇遇なことに、ハンニバルが死んだのと同じ年だった。

すべて、大カトの謀(はかりごと)だが、まだ終わらない。

鍵はローマ・シリア戦争にある。この戦争は何をもたらしたか?

第一に、シリア・セレウコス朝が衰退し、ローマのヨーロッパ支配が確立した。

第二に、大スキピオが失脚し、ローマに大カトの時代が到来した。

第三に、ハンニバルが死んで、カルタゴを守る人間がいなくなった。

お気づきだろうか?

大スキピオ、ハンニバルというカルタゴの守護者がいなくなり、カルタゴの天敵、大カトだけが残ったのである。その後に、何が起きるかは明らかだ。

その翌年、それを暗示する事件がおこる。

カルタゴが、50年ローンの賠償金を、一括返済したいと申し出たのだ。もちろん、ローマは拒否する。目先のカネより、50年間、返済の義務を背負わせておくが優位に立てるから。

ところが、話はそれで終わらなかった。元老院議員の大カトが、警戒モードに入ったのである。

賠償金を一括返済する?

50年ローンを、たった14年で完済!?

それほど、早く復興していたのか、油断ならない国だ。だから、あのとき滅ぼしておけばよかったのだ!

大カトは、カルタゴの復興を喜ぶどころか、破滅を願ったのである。

■カルタゴ滅亡計画

その36年後、紀元前151年、カルタゴは賠償金を完済する。返済不可能と思われた10,000タラントを、全額返済したのである。

これはまずかった。

ローマが喜ぶとでも思っただろうか。だとしたら、カルタゴは思慮が浅さすぎる。ローマが警戒するのは目に見えているではないか。案の定、大カトは警戒モードを戦闘モードに切り替え、恐ろしい陰謀を企てる。カルタゴを完全に滅亡させようというのである。

このとき、大カトは83歳、残された寿命はあと2年。

それを予感したのか、大カトは、カルタゴ滅亡に余生を捧げる。のんびり、オリーブ畑で日なたぼっこするわけでもなく、孫と遊ぶわけでもなく。

この男は、一体何を楽しみで生きていたのか?

栄華に包まれる英雄や、繁栄する国家を陥れるため・・・心がねじ曲がっています。

大カトの「カルタゴ滅亡」計画は徹底していた。陰謀どころか陽謀、あからさまな行動に出たのである。

大カトは、ことあるごとに、どんな演説をしようが、最後はこうしめくくったものだ。

「それはさておき、カルタゴ、滅ぼすべし」

それだけではない。

元老院の議場で、わざとカルタゴ産のイチジクを落としてみせ、その大きく立派なことにみんなが驚くと、こう言ったものだ。

「おー、なんと見事なイチジクだ。だが、諸君、このイチジクを産する国は、ローマからたった3日の距離にあるのだ」

イチジクは日持ちがしないのに、カルタゴ産のイチジクは生で食べることができる。つまり、カルタゴの脅威はそれほど身近であると言いたいのだ。なんという芸の細かさ、なんという嫌らしさ。この意地悪で偏屈な老人は、ひがなカルタゴをおとしめることを考えていたに違いない。

■大カトの動機

ではなぜ、大カトは、カルタゴ滅亡に執着したのか?

学者が唱える有力な説がある。

大カトは、ローマ人が華やかなギリシャ文化に憧れることに危機感を抱いていた。そこで、カルタゴという仮想敵国をでっちあげ、ローマ人に危機意識を植え付けるためだったというのだ。つまり、お国のため。

だが、これは間違っている。史実と矛盾するからだ。

まず、大カトが、大スキピオとハンニバルに陥れた陰謀を思い出そう。

大カトは、2人を破滅させた理由は、国益でも自分の利益のためでもない。ただの嫉妬・怨みである。

証拠がある。

大カトが、大スキピオを弾劾したのは、政界を隠退した後である。大カトが、ハンニバルを死に追い込んだのは、ハンニバルが逃亡者になった後である。大カトが、カルタゴを滅ぼそうとしたのは、カルタゴが戦争に敗れ、武装解除された後である。

つまり、すべて無力化された後。

無力なら、ローマにとっても、大カトにとっても、脅威にはならない。動機が、合理的な損得ではないことは明らかだ。

では、何が動機なのか?

大スキピオ、ハンニバル、カルタゴには共通点がある。栄光、繁栄、賞賛・・・それを破滅させようとするのは嫉妬・怨みしかない。もしくは、相手を痛めつけて喜ぶダークコアサイコパスか。子供が虫の羽根をとって遊ぶ、あの残酷さだ。

一方、大カトのような過激な意見に反対する者もいた。スキピオ・コルクルムもその一人だった。彼は、皮肉をこめて、演説の最後をこうしめくくったものだ。

「それはさておき、カルタゴ、存続させるべし」

大スキピオの従甥スキピオ・コルクルムも、カルタゴを存続させようとした。潜在的なライバルがいないと、ローマは堕落し衰退すると考えたのだ。しごく真っ当な考えだが、主流にはならかなった。大カトの「カルタゴ、滅ぼすべし」に押し切られたのである。

とはいえ、ローマは法を重んじる国だ。戦争を仕掛けるには、理由が必要だ。

では、何を口実にしたのか?

第二次ポエニ戦争の講和条約には、こんな条項があった。

カルタゴの境界紛争は、すべてローマが調停する(勝手に戦争してはならない)。

■カルタゴ滅亡

紀元前151年、隣国のヌミディアが、カルタゴの国境を侵犯した。そこで、カルタゴは軍を編成し、応戦した。ところが、ローマは、これを条約違反だと非難したのである。カルタゴは自衛のためのやむえない戦い、と主張したが、ローマはとりあわない。それもそのはず、ヌミディアをたきつけたのは、大カトだったのである。

ローマは、カルタゴに最後通牒を突きつけた。

「カルタゴの全市街を焼き払うので、住民は内陸に移れ」

メチャクチャだ。

主権国家なら絶対に呑めない。ここにおよんで、カルタゴは初めてローマの悪意に気づいた。気づくのが遅すぎるのだが、気づいたどころで、どうにもならない。ローマ(大カト)は、初めからカルタゴを滅ぼすつもりだったのだから。

これは、太平洋戦争前夜、日本が米国からハルノートを突きつけられ、開戦にふみきったのと同じ。相手が戦争をしたい確信犯なのだから、話し合い(外交)が通じるはずがない。それは、今の日本も同じだ。リベラルや親中派が、まずは「話し合い」と言うが、ウクライナ侵攻という現実をどう考えているのか?

何も考えていません!

紀元前149年、大カトの50年越しの夢がかなった。第三次ポエニ戦争が始まったのである。大カトは、これを見届けて、この世を去った。もっとも、カルタゴの滅亡を目にすることはできなかったが。

ローマは大軍を派遣し、カルタゴを包囲した。ところが、防壁が堅固で、なかなか落城しない。そこで、紀元前147年、元老院は新しい指揮官を任命する。スキピオ・アエミリアヌ、あの大スキピオの孫である。彼は小スキピオとよばれたが、祖父の大スキピオに負けず劣らず有能だった。

小スキピオは、カルタゴが堅固な城塞都市であることを知っていた。力攻めすれば、自軍の損失が増えるだけ。そこで、ネズミ一匹抜け出せないよう、カルタゴを完全包囲した。補給を完全に絶ったのである。

紀元前146年春、カルタゴの兵糧は尽きた。飢餓が発生し、戦うどころではない。そこへ、ローマ軍が防壁を突破し、市内になだれ込んだ。カルタゴ市民は、死に物狂いに抵抗したが、ムダだった。生き残った約5万人は捕えられて、奴隷として売り飛ばされた。一方、降伏を拒んだ者たちもいた。900人の有志が神殿に火をつけ、その中で命を絶ったのである。

凄惨な戦いだった。

ローマ軍は、数日間、略奪を行ったあと、街に火を放った。街は焼き払われ、跡地には塩がまかれた。草木が1本も育たないように。

こうして、地中海の女王と謳われたカルタゴは、地上から完全に消滅したのである。

経済最優先で、軍事をないがしろした国の哀れな末路だった。日本が同じ運命をたどらないことを願うばかりだ。

■ハンノ周航記

一方、この戦争で歴史的発見があった。

ローマ軍に同伴したギリシアの歴史家ポリュビオスが、焼け落ちたカルタゴの寺院で、「ハンノ周航記」を見つけたのである。その中には、貴重な史実が記されていた。

「紀元前480年、カルタゴの将軍ハンノが、60隻の船で3万人の植民団を引きつれ、ヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)からアフリカ西海岸を探検した」

これは興味深い。

というのも、その120年前に、カルタゴの先祖のフェニキア人が、ハンノの逆回りでアフリカを就航しているからだ。ヘロドトスの「歴史」によれば、ファニキア人はインド洋を南下し、喜望峰を回り、アフリカを周航したという。

カルタゴの将軍ハンノは、そのフェニキア人の120年後の子孫なので、船も航海術も進歩していたばず。であれば、将軍ハンノも、アフリカ西岸だけではなく、アフリカを周航していたのではないか。さらに、足を伸せば、インド航路も発見が可能だ。

ヴァスコ・ダ・ガマの2000年前に!

物的証拠がなく、すべて憶測にすぎないが、こんな歴史の妄想は楽しい。

話をもどそう。

これで、ハンニバルと大スキピオとカトの群像劇は終幕。3人の怨念が編んだ壮大な一大叙事詩は、これからも語り継がれるだろう。

参考文献:
(※1)週刊朝日百科 世界の歴史 20巻 朝日新聞社出版
(※2)世界の歴史を変えた日1001 ピーター ファータド (編集), 荒井 理子 (翻訳), 中村 安子 (翻訳), 真田 由美子 (翻訳), 藤村 奈緒美 (翻訳) 出版社 ゆまに書房
(※3)ビジュアルマップ大図鑑 世界史 スミソニアン協会 (監修), 本村 凌二 (監修), DK社 (編集) 出版社 : 東京書籍(2020/5/25)

by R.B

関連情報