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週刊スモールトーク (第512話) 恩知らずの我が祖国よ(3)~スキピオ栄華の夢~

カテゴリ : 人物戦争歴史

2022.10.21

恩知らずの我が祖国よ(3)~スキピオ栄華の夢~

■スキピオの秘策

軍神、鬼神ハンニバル打倒の秘策は「騎兵」にあり。

スキピオがそれに気づいたのは、17歳のときだった。

ローマがハンニバルに大敗したティキヌスの戦い、トレビアの戦い、カンナエの戦・・・この3つの会戦に、スキピオは参加し、かろうじて生き延びていた。その死の戦場で、ハンニバルの天才的な用兵を目の当たりにしつつ、秘策を見つけたのである。

秘策の鍵は3つあった。

第一に、騎兵は極めて重要である。会戦の勝敗は歩兵戦で決するが、鈍重な重装歩兵に、機動力が高い騎兵は有効だから。

第二に、カルタゴ騎兵は精強だが、主力はヌミディア騎兵で、しょせん傭兵。カネ次第でどっちにも転ぶ。

第三に、ローマ騎兵はあてにならない。ローマ騎兵は、現地の部族とローマ貴族で編成されていた。現地部族は忠誠心が低く、あてにならない。一方のローマ貴族は、歩兵より上等というエリート意識で馬に乗っているだけ。これでは、騎兵のスペシャリスト、ヌミディア騎兵には勝てない。事実、勝ったためしがなかった。

スキピオは、この3つの問題を解決する手を見つけた。ヌミディア騎兵を、カルタゴから引き抜くのである。そうすれば、カルタゴの騎兵は弱体化し、ローマの騎兵は強化される。一挙両得だ。とはいえ、言うは易し、行うは難し。それを実現するまでに、10年の歳月が必要だった。

その8年後、紀元前210年、スキピオは25歳の若さで「前執政官(プロコンスル)」に選出される。最高位の執政官(コンスル)につぐ役職で、軍団の指揮権も与えられた。最初の任務はハンニバルの拠点ヒスパニアの攻略だったが、わずか2年で完了。スキピオは、卓越した指揮官であることを証明したのである。

その後、スキピオは海をわたり、北アフリカのヌミディア領に入る。ヌミディア騎兵をカルタゴから引き抜くためである。

スキピオは、ヌミディアのシュファクス王子とマシニッサ王子と交渉し、同盟を成立させた。その後、シュファクスはカルタゴに寝返るが、マシニッサはスキピオとの盟約を守った。故国を追われたマシニッサは、ローマ軍と合流する。

こうして、スキピオは10年の歳月を経て、ハンニバル打倒の秘策を手に入れたのである。

■スキピオの台頭

紀元前205年、スキピオは31歳の若さで、最高位の執政官(コンスル)に選出された。

ヒスパニア征服の手柄にくわえ、民衆の熱狂的な支持を得たからである。危機的状況においては、民衆はヒーローを求めるものなのだ。それは今も昔も変わらない。

執政官になったスキピオは、持久戦から主戦論へ方針転換する。もちろん、元老院は反対だ。過去の4度の大会戦で、一度も勝っていないから。しかも、最後のカンナエの戦いでは、90%の兵を失う体たらく。

一体どうやったら勝てるというのだ?

だが、スキピオには勝算があった。

まず、ハンニバルの本拠地ヒスパニアは、すでにローマが制圧している。よって、ハンニバルは兵の増強ができない。事実、2年前の紀元前207年、弟のハスドルバルの来援が最後だった。そのハスドルバルも、北イタリアのメタウルズの戦いで敗れ、首が斬り落とされ、ハンニバルの陣営に投げ込まれた。

さらに、スキピオは、マシニッサ率いるヌミディア騎兵の味方に引き入れいていた。最大の懸念だった騎兵の問題も解決済みだったのである。

一方、ハンニバルは、それを指をくわえて見ていたわけではない。まず、マケドニアと同盟。それから、イタリアでローマを孤立させようと、外交努力を続けていた。ところが、予想に反し、イタリアの諸都市はローマを裏切らなかった。カプアなど一部の都市をのぞいて。

残された手は一つ、イタリアの諸都市をしらみ潰しにする。ところが、それには兵力が足りない。兵を増強しようにも、本拠地ヒスパニアが奪われ、孤立無援なのだ。

祖国、カルタゴは?

カルタゴ本国を牛耳るのは、金儲けしか頭にない貴族ども。戦争とは無縁のお花畑の住人で、国の安全保障など1ミリも解さない。21世紀の日本と同じだ。

そんな連中に、一体何ができるというのだ?

何もできない。ハンニバルの足を引っ張っぱっただけ。

ハンニバルは軍神だから、用兵でなんとか?

なんともならない。

開戦当初ならいざ知らず、今、ローマ軍を指揮しているのは、あのスキピオなのだ。ハンニバルの本拠地ヒスパニアを、2年で征服した恐るべき軍事指導者だ。力ずくでイタリア諸都市を攻めれば、スキピオは背後を突くだろう。そうなれば、挟み撃ちにされ、ヘタをすると全滅する。スキピオは、これまでのローマの間抜けな指揮官とは根本が違う。わずかなチャンスも見逃さないだろう。

というわけで、ハンニバルに打つ手なし。

そんな中、紀元前202年、驚天動地の知らせが届く。スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴ本国に侵攻したというのだ。本国が伸るか反るかの状況で、イタリアにとどまる理由はない。カルタゴ本国は、ただちにハンニバルを召喚した。ハンニバルに援軍を送るどころではなかったのだ。

ハンニバル、絶体絶命。

というのも、ハンニバル軍は、多くの歴戦の勇士を失い、兵数も激減、戦力が大幅に低下していたのだ。これでは、スキピオは勝てない。そこで、ハンニバルはイチかバチかの賭けに出る。

人間兵の代わりに、戦う象さん!?

■ザマの戦い

紀元前202年10月19日、歴史に名高いザマの戦いが始まった。

ポエニ戦争
【ポエニ戦争】

戦力は以下のとおり。

【ローマ軍】

・司令官:スキピオ

・歩兵 :3万4000

・騎兵 :8700

【カルタゴ軍】

・司令官:ハンニバル

・歩兵 :5万8000

・騎兵 :3000

・戦象 :80頭

数の上ではほぼ互角だが、戦局を左右する騎兵は、ローマが圧倒的に有利。マシニッサ率いるヌミディア騎兵が、カルタゴからローマに寝返ったからだ。

ハンニバルは、騎兵の劣勢をおぎなうため、歩兵に重点をおいた。鈍重だが防御力が高い重装歩兵を、厚く3列にならべ、最前列に80頭の象を配置した。この戦象が突進し、騎兵の劣勢を補うはずだった。

ところが、スキピオは戦象対策を打っていた。重装歩兵の最前列に、機動力が高い軽装歩兵を配置したのである。

戦いは、カルタゴの戦象の突撃から始まった。

ローマ歩兵は阿鼻叫喚、大混乱に陥るはずだった。

ところが、ローマ歩兵の最前列にいた軽装歩兵が、軽快に動き回り、戦象に槍を投げた。その撹乱攻撃に、戦象はパニックにおちいった。隊列を乱し、暴走し始めたのである。一部の戦象は反転し、カルタゴ軍に突進、味方に大打撃を与えた。残りの戦象は、ローマ歩兵に突進したが、誰もいない空間を走り抜けるだけ。スキピオは歩兵隊に裂け目をつくっていたのである。

こうして、戦象は無力化された。

一方、騎兵の戦いは、予想どおりの展開となった。

マシニッサ率いるヌミディア騎兵とローマ騎兵は、カルタゴ騎兵を圧倒、ただちに追撃に移った。残された主戦場は、歩兵の大激戦になった。ここで、スキピオの用兵が光る。歩兵の戦線を、少しづつ横に広げながら、カルタゴ軍を包囲したのである。そこへ、カルタゴ騎兵を蹴散らしたヌミディア騎兵とローマ騎兵が戻ってきた。その騎兵が、カルタゴ軍の背後に回ると、包囲が完成した。こうして、カルタゴ軍は包囲殲滅されたのである。ハンニバルは、わずかの兵を伴って逃亡した。

ザマの戦いは、14年前のカンナエの戦いと同じ展開になった。騎兵が歩兵の背後を制圧し、包囲殲滅する。ただし、勝者と敗者は逆転したが。スキピオが見抜いたとおり、勝敗の鍵は騎兵だったのである。

《つづく》

参考文献:
(※1)週刊朝日百科 世界の歴史 20巻 朝日新聞社出版
(※2)世界の歴史を変えた日1001 ピーター ファータド (編集), 荒井 理子 (翻訳), 中村 安子 (翻訳), 真田 由美子 (翻訳), 藤村 奈緒美 (翻訳) 出版社 ゆまに書房
(※3)ビジュアルマップ大図鑑 世界史 スミソニアン協会 (監修), 本村 凌二 (監修), DK社 (編集) 出版社 : 東京書籍(2020/5/25)

by R.B

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