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週刊スモールトーク (第496話) ウクライナ侵攻(2)~ゼレンスキー演説の表と裏~

カテゴリ : 人物戦争終末

2022.04.03

ウクライナ侵攻(2)~ゼレンスキー演説の表と裏~

■ゼレンスキーの表と裏

ウクライナのゼレンスキー大統領の演説には表と裏がある。

ナニゴトにも「裏」がつきものだが、彼の「裏」はわかりやすい。ところが、彼の表と裏は一枚岩で、一点の曇りもなく論じるから、裏に気づかない。一方、日本のマスメディアは表しか報じないが、後ろめたさが漂う。おそらく、裏を知っている。

とはいえ、マスメディアが真実を伝えないのは毎度のこと。

マスメディアとは、マス(大衆)に情報を伝えるメディア(媒体)で、現代なら、テレビ・新聞・雑誌・ラジオ。社会的影響力が大きいから、ここを間違うと、国民はミスリードされる。

ではなぜ、マスメディアは真実を伝えないのか?

第一に、発信側の論理的思考力が欠落し、ちゃんと考えられない。

第二に、外部圧力に屈して、意図的に真実をねじ曲げる。

もちろん、ちゃんと考えて情報発信する識者やメディアは存在する。だが、その内容が権力者にとって都合が悪いと潰されるし、それがマイナーなら、洗脳された多数派に潰される。それは、20世紀前半の日本の歴史をみれば明らかだ。その構図は今も昔もかわらない。

たとえば、ウクライナ侵攻。

ウクライナのゼレンスキーのオンライン演説が、世界に発信されている。2022年3月23日、日本の国会でも演説が行われ、絶賛された。タレントコメンテーターの発言を要約すると「ゼレンスキーの演説は素晴らしい、ロシアはひどい、ウクライナはかわいそう」。

有名人が、名声にまかせて偉そうに外交問題や社会問題を説教することに、視聴者はうんざりしている。だから、まともな人間はTVを観なくなったのだ。そもそも、「素晴らしい、ひどい、かわいそう」は事実ではなく、個人的「印象」である。そんなものを公共の電波で垂れ流すのだから、マスメディアの凋落ここに極めり。

ここでゼレンスキーの演説の表と裏をみてみよう。

「表」は一つしかない。

「プーチンは残忍な侵略者だ、だから世界のみなさん手をかしてください」

ゼレンスキーは演説がとても上手い。まっすぐ前を見すえて、端的で明快な言葉で核心を突く。しかも、口調にメリハリがあり、聞く者を惹きつける。そこはいい、問題はその「裏」だ。

■ウクライナ侵攻の原因

まず、「プーチンは残忍な侵略者」。

プーチンは残忍な男で、武力行使もいとわない侵略者。だから、ウクライナ侵攻のすべての責任はプーチンにあると言いたいのだ。だが、この「表」には「裏」がある。たしかに、主権国家に軍事侵攻するのは問題だが、ウクライナ侵攻の責任はゼレンスキーにもあるのだ。

根拠がある。

プーチンは初めからウクライナ併合をもくろんでいたわけではない。公開された情報をみれば明らかだ。

1991年12月、ソ連が崩壊し、旧ソ連共和国は、次々とNATO(欧米の軍事同盟)に加盟、ロシアの西方はNATOに侵食されていく。国家安全保障の一大事だ。さらに、ウクライナでウクライナ人とロシア人の対立が激化し、ロシア系住民が多いドネツク州とルガンスク州で内戦が始まった。

だから、プーチンはウクライナに軍事侵攻した?

ノー、外交で解決しようとしたのだ。

2014年、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4か国で「ミンスク合意(ミンスク議定書)」が締結された。内容は、歯切れが悪く、わかりにくいが、要点は3つ。

(1)ウクライナと親露派分離勢力は停戦する。

(2)ウクライナから外国人部隊(傭兵など)は撤退する。

(3)ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国へ自治権を与える。

最終解決には程遠いが、悪くない落とし所だ。少なくとも、国民は死なずにすむ。

ところが、2019年にウクライナの大統領に就任したゼレンスキーは「ミンスク合意」を履行しなかった。さらに、内政に失敗し、支持率が急落すると、外交に目を向ける。EUとNATOへの加盟を画策したのだ。

では、この政策はプーチンにどう映ったか?

ミンスク合意は反故にされ、プーチンは面目丸つぶれ。さらに、隣国ウクライナがNATOに加盟すれば、国境をはさんで敵(NATO)とにらめっこ、シャレにならない。ロシアの国家安全保障は万事休すだ。そこで、プーチンはゼレスキーに外交をもちかけたが拒否された。外交でダメなら武力行使しかない。だから、プーチンは軍事侵攻したのである。「戦争は外交の最終解決」という事実を世界は思い知らされたのだ。

つまりこういうこと。

ウクライナ軍事侵攻を命じたのはプーチンだが、その引き金を引いたのはゼレンスキーである。その事実を隠すためには、プーチンを絶対悪にするしかない。ところが、日本のマスメディアは、プーチンの言い分を1ミリも報じず、先に手を出したプーチンが悪い、の一点張り。

ところで、先に手を出したら本当に「絶対悪」?

■先に手を出した方が悪い?

第94回米アカデミー賞の授賞式のこと。

人気俳優ウィルス・スミスが、壇上で、コメディアンのクリス・ロックを平手打ちした。ウィルスの妻ジェイダは、脱毛症に悩まされ短髪にしていたのを、クリスがイジったのだ。晴れの舞台で平手打ちは論外だが、晴れの舞台で妻を笑いものにされたら、誰でも激怒するだろう。そんなわけで、ウィルス・スミスの暴力を非難する声は多いが、擁護する声もある。つまり、どっちもどっち。

ところが、ウクライナ侵攻は全く違う。プーチンが侵攻した理由は1ミリも語られず、侵攻したことだけで絶対悪にされている。

平手打ちと軍事侵攻は違うでしょ?

論理は同じです。論理の本質は、モノゴトの軽重で変わらない。モノゴトは抽象化して考えないと真実は見えてこないのだ。

偉そうに言うけど、どうすれば良かった?

ゼレンスキーが、約束した「ミンスク合意」を守り、ロシアの安全保障を揺るがすNATO加盟を口にしなければよかったのだ。

我々の未来は3つある。和平か、プーチンの失脚か、核戦争だ。

もし、和平なら、ウクライナはNATOに加盟しない、中立を守る、ミンスク合意を履行する、が落とし所になるだろう。

お気づきだろうか?

それは、ゼレンスキーが大統領になる前の状態。

元にもどっただけ?

はい。

それなら、あんな戦争しなきゃ良かったのだ。何千、何万の人が死んで、数百万人が難民になることもなかったのだ。戦争は、破壊と殺人が正当化される異常な世界。だから、総合的で考えて、あらゆる手を尽くして、戦争を回避すべきだなのだ。

とくに、プーチンのような勝つためには手段を選ばない冷酷な勝負師が相手なら、妥協点を見つけるしかない。約束を反故にし(ミンスク合意の不履行)、相手の安全保障を脅かす(NATO加盟)は論外だろう。その結果、ウクライナの都市が破壊され、多数の国民が死傷し、難民になったのだ。先に手を出す方が悪いなんて言ってる場合ではない。

■内戦に巻き込まれる世界

つぎに、ゼレンスキーの第二の主張「世界のみなさん手をかしてください」の表と裏。

ゼレンスキーはウクライナの国家元首だから、そう訴えるしかない。単独でロシアに勝てる見込みはないし、国の存亡がかかっているから、猫の手も借りたいのだ。亡命もせず、命を張っているから、そう訴える資格はある。彼の表と裏は、国を存続させるための手段なのだ。それを何の迷いもなく遂行するのだから、優れた指導者と言っていいだろう。

こんな骨のある政治家は日本にいるかな?

底の浅いご機嫌取りならいるけど。

たとえば、ウクライナ侵攻が始まったとき、「我々はウクライナとともにある!」と気勢を上げる政治家がいた。あまりの軽薄さに、見ていて恥ずかしくなった。さすがに、一部の識者から、

「それを言うなら、ウクライナに行って戦え」

「ウクライナに行って火炎瓶を作って、ロシアの戦車に投げろ」

という声もあがった。この発言を非難する向きもあったが・・・戦場(ウクライナ)から9000kmも離れた安全地帯(日本)にいて、調子のいいこと言ってんじゃねえぞ!それで自分の評価が上がると思ったのか?国民はそれほどバカではない。そもそも「ともにある」なら、日本じゃなくウクライナでしょ。

話をもどそう。

「世界のみなさん手をかしてください」の裏は何か?

今回のウクライナ戦争は、歴史視点でみれば、旧ソ連の「内戦」である。

何が言いたいのか?

ローカルな内戦に、世界が巻き込まれようとしている。

その先に何が待っているのか?

ロシアは、ウクライナを獲ろうが獲るまいが、国際社会で孤立し、衰退の一途をたどる。EUは、ロシアからの天然ガスが絶たれ、エネルギー価格が高騰し、生活が苦しくなる。一方、米国はすべての資源を自給自足できるから、かすり傷ですむ。行き着くところ、米国の一人勝ち。プーチンが、それに気づいたらどうするのだ?

プーチンは稀有の勝負師だ。死んでも負けを認めない。そんな人間が、勝ち目がないと悟ったら、何をするか?

引き分けに持ち込む。つまり、全面核戦争だ。

何億人もの人が死んで、文明が崩壊し、石器時代にもどって、あれはプーチンが悪かった、なんて言ってられるだろうか。

つまりこういうこと。

世界がウクライナ戦争に加担すれば、ローカルな内戦が世界戦争に拡大する。それが「世界のみなさん手を貸してください」の裏なのだ。

■第一次世界大戦と第二次世界大戦の教訓

小戦争が大戦争に一変した例は、歴史上枚挙にいとまがない。

たとえば、第一次世界大戦。

1914年6月28日、ボスニア・ヘルツェゴビナの首府サラエヴォで、オーストリア=ハンガリー帝国のフェルディナント皇太子夫妻が暗殺された。暗殺犯はガブリロ・プリンツィプという名のセルビア人学生だった。元々、オーストリア=ハンガリー帝国はドイツ人の国、セルビアはスラヴ人の国で「ドイツ人Vs.スラヴ人」の対立があった。そこへ、この暗殺事件

オーストリア=ハンガリー政府は、セルビアに無理難題を突きつけ、それが受け入れられないと、セルビアに宣戦布告した。すると、スラヴ人国家の盟主を自認するロシア帝国がセルビアにつく。一方、ドイツ人国家の盟主を自認するドイツ帝国は、オーストリア=ハンガリー帝国につく。

さらに、露仏同盟を結んでいたフランスと、フランスとロシアと協定を結んでいたイギリスがロシアにつく。こうして、宣戦布告のドミノが始まった。その30日後には、「オーストリアVs.セルビア」の2国間戦争が、ロシア、イギリス、フランスを巻き込むヨーロッパ大戦に拡大していたのである。この戦争は5年続き、2000万の人命が失われた。

さらに、第二次世界大戦

1939年9月1日、ヒトラー率いるナチス・ドイツがポーランドに軍事侵攻した。ポーランドと相互援助条約を結んでいたイギリスとフランスは、ドイツに宣戦布告。一方、ドイツとくんでポーランドに侵攻したソ連は、ドサクサに紛れ北欧に侵攻する。こうして、ヨーロッパ列強を巻き込む大戦争が勃発した。一方、極東では別の戦争が始まった。日本がアジアに侵出すると、環太平洋地域の覇権を脅かされた米国は、日本を戦争にひきずりこむ。すると、日本と軍事同盟をむすぶドイツが米国に宣戦布告。こうして、第二次世界大戦が始まったのである。この戦争は6年続き、1億人が死んだ。

お気づきだろうか?

この2つの戦争が巨大化した原因は「軍事同盟」にある。

■軍事同盟は戦争を大規模化する

軍事同盟は、巻き込みの論理が働き、戦争を大規模化する。

小さな戦争が、同盟国を巻き込みながら、雪だるま式にふくれあがり、戦争を巨大化させるのだ。

ウクライナに同盟国はないから、ゼレンスキーは世界を巻き込むしかない。彼の立場を考えれば当然だが、ウクライナの利が世界の利とは限らないのだ。そんな視点で、ゼレンスキーの演説を見直せば、裏が見えてくる。それを伝えるマスメディアは皆無だが。

マスメディアの中にも、ゼレンスキーの演説の裏に気づいている人はいるだろう。だが、日本は米国の属国だ。米国がロシアに敵対するなら、「ロシアにも一理ある」とは口が裂けても言えない。さらに、80年間、平和ボケの日本人は「武力行使したロシアが悪い」しか頭にない。マスメディアは、世論を敵にまわすと視聴率がとれないから、大衆に迎合する。だから、日本は「ロシアが絶対悪」なのである。

とはいえ、日本は米国の核の傘がないと、生きていけない。隣に核兵器をもつ敵対国があるから。ここは、米国に尻尾を振って、ロシアに敵対するのが賢明だろう。それがイヤなら自国で核を保有するしかない。

この世界には普遍的な原理が存在する。強者ほど選択肢が多く、弱者ほど選択肢が少ない。ちなみに、日本の選択肢は2つしかない。米国のポチになるか、核を保有するか。

さらに、普遍的原理がもう一つ。この世界は弱肉強食だ。きれいごと言っていると、国は滅ぶ。核兵器を放棄して、兵力を削減し、平和国家をめざしたウクライナが、こうもカンタンにロシアに攻め込まれたのだ。そのロシアが日本に隣接していることを忘れてはならない。

つまりこういうこと。

国にとって最優先事項は「生存」、そのキモが「国家安全保障」なのである。

《つづく》

by R.B

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