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週刊スモールトーク (第490話) 人間と火の歴史(2)~人工発火の発明~

カテゴリ : 歴史科学

2022.01.14

人間と火の歴史(2)~人工発火の発明~

■自然火から人工火へ

文明は火の賜物である。とはいえ、火の扱いは難しい。

すぐに消えるし、そもそもおこすのが大変だから。今ならマッチやライターで一発点火だが、昔はそうはいかない。

では、古代人はどうやって火をおこしたのか?

おそらく、自然火

火山噴火の溶岩や、山火事の残り火からとったのだろう。落雷や猛暑で山火事が発生するのは、今も昔もかわらない。とはいえ、噴火や山火事をひたすら待つのは、芸がない。というか、あまりにも不便。火は日常生活に欠かせないから。

そこで、人類は人工発火の方法を模索した。問題は熱源をどうするか?

木や竹をこすれば摩擦熱、鉱物に石を打ちつければ火花、鏡やレンズで太陽光を集めれば太陽熱、空気を急激に圧縮すれば圧搾熱が得られる。これを熱源に火種を作れば、火はおこせるわけだ。ところが、どれも手間ヒマがかかり、一発点火にはほど遠かった。

では、最初の実用的な人工発火は?

マッチ。

マッチが発明されたのは19世紀である。つまり、人類は25万年の歴史の99.9%の期間、カンタンに火をおこせなかったのである。しかも、マッチの発明は、ワットの蒸気機関より60年も遅い。マッチは蒸気機関よりハイテクだった?

にわかには信じがたい。

最初の摩擦マッチは、1827年、イギリスの薬剤師ジョン・ウォーカーが発明した。「フリクションライト」と命名されたが、翻訳すれば「摩擦による光」とまんま。芸のないネーミングだが話はそこではない。どうやったら火がつくか?

マッチ棒の先っちょに燃えやすい「頭薬」が塗ってあり、そこをこすれば摩擦熱で着火する。このマッチの基本は今も昔もかわらない。

ウォーカーのマッチは、頭薬に塩素酸カリウム、硫化アンチモン、デンプン、アラビアゴムが使われた。意味不明の化学用語だが、塩素酸カリウムは酸化剤、硫化アンチモンは摩擦剤、デンプンは溶剤、アラビアゴムは皮膜剤で、それぞれ役割がある。たかがマッチ、されどマッチ、奥が深い。マッチは蒸気機関よりハイテクといわれる由縁だ(かなり強引です)。

ところで、摩擦マッチは摩擦熱を利用するから、発火温度が低いほどいい。軽くこするだけで発火するから。さらに、安価で量産できること。でないと日用品にならないから。その条件を満たすのがリン(燐)なのだが、科学の実験で見つかったわけではない。怪しい疑似科学(フリンジ)の産物なのだ。

■リン光と潜水艦

1669年、ドイツの錬金術師ヘニッヒ・ブラントは、ハンブルクの研究所で不気味な実験を繰り返していた。人間の尿を大量にかき集め、水分を蒸発させるのである。何を好んでそんな臭いを思いをするのか、はブラントにとっては重要ではない。尿の中に、銀を金にかえる液体があると信じていたのだ。

金銭欲は発明の母?

ところが、ブラントのあてははずれた。尿から出てきたのは、黄金の液体ではなく、リン(燐)だったのである。

リンは、元素記号「P」、原子番号「15」で、窒素族元素のお仲間だ。発火温度が低くく、空気中で神秘的なリン光を発する。そんな物珍しさも手伝ってか、リン発見のニュースはドイツ中に広まった。

1680年には、ロバート・ボイルがリンの工業的製法を確立し、安価なリンが大量に手に入るようになった。

リンは発火温度が低いためマッチに最適だが、もう一つ特長がある。燃焼をともなわない自然発光だ。とはいえ、リン光はホタルの光なみに微弱で、照明には使えない。ところが、リンの「発光」が歴史的な発明に一役買うのである。

1775年秋、米国コネチカット州で、世界初の潜水艦の実験が始まろうとしていた。実験を試みるのは、発明者でもあるブッシュネル兄弟。潜水艦は「タートル号」と命名されたが、亀さん(タートル)ソックリだったから。

ただし、ただ潜るだけの潜水艦ではない。敵船を破壊する能力を有する攻撃型潜水艦なのである。時代を考慮すると、場違いなハイテク「オーパーツ」の範疇なのだが、これには補足が必要だろう。現代の「攻撃型原子力潜水艦」の元祖と思われると困るから。

ブッシュネル兄弟の実験は、コネティカット川に廃船(仮想敵船)を浮かべ、タートル号で破壊する・・・ここまでは正真正銘の「オーパーツ」なのだが、ディテールに踏み込むと、怪しくなる。まず、潜水艦のサイズだが、高さ2mで幅1m、人間一人入るのがやっと。ペダルを漕いでスクリューを回す人力式。魚雷を発射するのではなく、廃船の船底まで潜航し、「ぶら下がり水雷」で撃沈する。設計図を元にイラストで再現した潜水艦「タートル号」。あらら、遊園地の潜水艇じゃん。

ところで、リン光と世界初の潜水艦とどんな関係が?

リン光がないと、タートル号は潜航できなかったのだ。潜水艦は水中に潜るから、船内は暗く、照明が欠かせない。ところが、この時代、電気照明はおろか、マッチもない。ロウソクはあったが、火をつけると、船内は密室なので、すぐに酸欠になる。そこで、燃焼しないリン光が使われたのである。ただし、尿からとったリンではなく、木に付着した菌類、それが発する「リン光」である。

とはいえ、リン光は微弱なので、船内全体は照らせない。一方、潜航するだけなら、水深計とコンパスだけ見えればいい。そこで、水深計とコンパスだけにリン光を使ったのである。

この時代の水深計は、ガラス管の中にコルクがあり、それが浮沈と連動して上下する。つまり、コルクが見えれば水深がわかるわけだ。そこで、水深計のコルクと、コンパスの針と東西南北の刻印に菌類を塗ったのである。水深計で潜水艦の垂直位置、コンパスで水平位置が把握できるわけだ。

というわけで、ブッシュネル兄弟の「攻撃型潜水艦」は現代の「攻撃型原子力潜水艦」とは似て非なるもの。とはいえ、リンの発見が潜水艦の発明に貢献したことは間違いない。だが、リンの貢献度は潜水艦よりマッチの方がはるかに大きい。

■マッチの発明

1831年、フランスのシャルル・ソーリアがリンのマッチを発明した。これが史上初の一発点火の道具となったのである。

リンは、白リン(黄リン)、赤リン、黒リン、紫リンの同素体がある。同素体とは、元素は同じで結晶構造が異なるもの。そのため性質に微妙な違いがある。ソーリアが使ったのは白リン(黄リン)だった。

白リンは、表面に赤リンの皮膜ができて淡い黄色になるので、黄リンとも呼ばれる。ところが、白リン(黄リン)は猛毒だった。手についたのを気づかず舐めれば、イチコロ。さらに、発火点が60度と低いので、ところかまわず火がつく。日用品としてはあまりに危険だ。そんな中、リンの新たな発見があった。

1847年、オーストリアの化学者アントン・フォン・シュレッターが、白リンから赤リンを得る方法を発見したのである。赤リンはほぼ無毒で、発火点は260度と低からず高からず。しっかり擦ったときだけ、発火する。これなら、安全だ。

最初に赤リンマッチを作ったのは、ドイツの化学者ルドルフ・クリスティアン・ベットガーである。ベットガーのマッチは、頭薬に塩化カリウム、丹鉛(赤色顔料)、ゴムの混合物が使われた。マッチ箱の側面には、側薬として赤リンが塗られた。頭薬を側薬でこすれば、その摩擦熱で頭薬に着火する。史上初の実用的なマッチが誕生したのである。

一方、マッチを本格的事業にしたのは、フランスのG.ルモアーヌだった。ルモアーヌは、1864年に硫化燐を用いた摩擦マッチを発明し、1898年に特許を取得している。知的財産までおさえた本格的なマッチビジネスが始まったのである。

とはいえ、初期のマッチは、こすれば火が飛び散るし、悪臭が鼻を突くし、なにかと都合が悪かった。そんなわけで、人間の歴史25万年の99.9%の間、火は貴重だったのである。火が技術のシンボルとされ、なかば神格化されたのもムリもない。

人間と火の歴史は、かくも長く奥深い。

■人工発火の方法

地球上で、初めて火を使ったのは「ホミニン」である。

ホミニンは、現生人類と類人猿の共通祖先「ホミニッド」から分岐した霊長類。100万年前に火を調理に使い、その後、道具の加工に使ったことがわかっている。ただし、ホミニンが人工発火を獲得していたかはわからない。状況証拠からみて、おそらく自然火だろう。

では、初めて人工発火を使ったのは?

ネアンデルタール人。現生人類(ホモ・サピエンス)の1世代前の霊長類で、旧人類とも言われる。姿形が人間ソックリで、現代の街中を歩いていても誰も気づかない。ゴリラっぽいね、ですむだろう。ちなみに、ネアンデルタール人が生存したのは、13万年前~2万5000年前。その時代に化石が集中しているから間違いない。

では、ネアンデルタール人はどうやって火をおこしたのか?

摩擦熱。ネアンデルタール人は道具を製作したから、そのプロセスで摩擦熱を発見したのだろう。木を削ったり、こすったりすれば、摩擦熱で発火することがあるから。

その後、現生人類(ホモ・サピエンス)がネアンデルタール人に取って代わり、様々な人工発火の方法を編み出した。その方法は、熱源で分類すれば4つある。

【摩擦熱】木や竹を強くこする。

【火花】鉱物に石を打ちつける。

【太陽光熱】レンズや鏡で集光。

【圧搾熱】空気を急激圧縮する。

いずれも、現代では無用の知識だが、知っておいて損はない。これからの日本、何がおこるかわからないから。「日本沈没」は考えたくないが、南海トラフ地震、首都直下地震、富士山噴火は覚悟した方がいいだろう。おこるのは確実で、問題はそれがいつか、だから。

根拠が2つある。

地震学と火山学に詳しい京都大学の鎌田浩毅教授によれば、

「2030年から2040年までの間に、南海トラフ巨大地震が発生する確率は100%に近い。太平洋ベルト地帯を直撃することは確実で、全人口の半分近い約6000万人が深刻な影響を受ける。その間に富士山噴火と首都直下地震が加わる」

さらに、慎重で端切れの悪い政府でさえ、

「今後30年で南海トラフ地震は70~80%で発生する。犠牲者の総数は約23万人、全壊または焼失する建物は約209万棟」

たしか、1995年の阪神淡路大震災の30年発生確率は0.02~8%だったはず。それが現実になったのだから、必ずおこると言っているようなものではないか。

ただし、地震や噴火は、どこでおきても不思議はない。日本は100を超える活火山を抱える「火山の島」だから。

というわけで、備えあれば憂いなし、火をおこす方法を知っていても損はないだろう。

《つづく》

参考文献:
(※1)週刊朝日百科世界の歴史、朝日新聞社出版
(※2)世界の歴史を変えた日1001、ピーターファータド(編集),荒井理子(翻訳),中村安子(翻訳),真田由美子(翻訳),藤村奈緒美(翻訳)出版社ゆまに書房
(※3)ビジュアルマップ大図鑑世界史、スミソニアン協会(監修),本村凌二(監修),DK社(編集)出版社:東京書籍(2020/5/25)

by R.B

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