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週刊スモールトーク (第489話) 人間と火の歴史(1)~文明は火の賜物~

カテゴリ : 歴史科学

2021.12.31

人間と火の歴史(1)~文明は火の賜物~

■火は存在しない

火は、謎に満ちて、とらえどころがない。

火は、街を明るくすることができるが、灰にすることもできる。

火は、足すことも引くこともできない。

火は、質量がないから物質ではない。

では、エネルギーかというと、さにあらず。火が発する光と熱は、光エネルギーと熱エネルギーを持つが、「火エネルギー」は存在しない。

物質でもエネルギーでもないなら、一体何?

そもそも、この宇宙には物質とエネルギーしか存在しない。アインシュタインの特殊相対性理論によれば、この2つは等価で次の関係が成り立つ。

E=mc2(エネルギー=物質の質量×光速の2乗)

このように、物理の法則が成立すれば「存在」は確定する。つまり、質量をもつ物質、エネルギーをもつ光と熱は間違いなく存在する。ところが、火はどちらもないから、存在するかどうか怪しい。

でも、ロウソクの火はちゃんと見えるけど(しつこい)。

見えているのは、燃焼が発する光で、火ではない。燃焼は化学式で、光は物理の数式で表せるから、間違いなく存在する。ところが、火は物理でも化学でも説明できない。火は科学の対象外なのだ。

では火とは一体何?

おそらく、妄想か概念。科学では定義できない想像上の産物、たとえば「時間」のような。ところが、そんな曖昧なものが、霊長類100万年の文明を支えたのである。

古代人は、火を燃やすことで、暖を取り、暗闇を照らすことができた。洞窟暮らしには重宝したことだろう。さらに、火は調理や道具製作にも欠かせない。食材を焼けば美味しいし、保存もきく。木材は熱すれば曲げやすく、焼けば硬くなる。また、火は獣が怖れるから、身を守る武器にもなる。

火は情報伝達にも使われた。火は不完全燃焼すると、煙をともなうから、狼煙(のろし)になるのである。

とはいえ、火が人類に与えた一番の恩恵は金属精錬だろう。強火で鉱石を溶かせば、金属を抽出できる。とくに「鉄」は人類のテクノロジーを根本から変えた。農具、武器を劇的に進化させ、蒸気機関、内燃機関、鉄道、自動車、航空機、宇宙ロケットを生み出したのだから。

ブータンの鋼鉄切手
ブータンの鋼鉄切手

1969年、ブータン政府は鋼鉄の切手を発行した。厚さ25ミクロンの極薄の鋼鉄にイラストがプリントされている。全8部作で、描かれているのは人類5000年の鉄の歴史。第4作「コークス炉」では、赤々と燃え盛る火が鉄鉱石を溶かし、鉄を抽出している。

人類文明は火の賜物なのである。

■火と霊長類

人類は火のおかげで、地球上の食物連鎖の頂点に立つことができた。

では、地球上で初めて火を使ったのは人類?

ノー。

人類の遠い祖先「ホミニン」である。

ホミニン?

話が長くなるが、せっかくなので、霊長類の進化をからめながら、話を進めよう。

まず、霊長類とは、猿、類人猿、現生人類(ホモ・サピエンス)をさす。それが「猿→類人猿→現生人類」と進化したわけだ。

霊長類は、動物分類学上「霊長目」とよばれるが、大きな特徴がある。脳が大きく、手で物を握れること。その霊長類が、進化の過程で火を獲得したのである。

ことの始まりは、2000万年前にさかのぼる。

化石を研究する古生物学によれば、2100万~1400万年前、アフリカでプロコンスルという霊長類が出現した。猿に似ていたが尾がなかった。尾がないのは類人猿だけが持つ特徴である。つまり、プロコンスルは最古の類人猿であった可能性が高い。

類人猿と現生人類は、生物学上「ホミニッド」に分類される。ホミニッドは、猿より脳の容量が大きく、道具を使うことができた。やがて、ホミニッドは猿より身体が大きくなり、木から降りて、地上で暮らすようになった。現在のゴリラ、オランウータン、チンパンジーへと続く大型類人猿である。その一派が、直立二足歩行を獲得し、両手を自由に使えるにようなった。それが「ホミニン」である。

最初期のホミニン「オロリン・ツゲネンシス」の化石が、620万~600万年前のケニアで発見された。この種は100万年前に、火を調理に使い、その後、道具の加工にも使っていたことがわかっている。つまり、地球上で初めて火を使ったのはホミニンなのである。

ここで、霊長類が火を獲得するまでを整理しよう。

620万~600万年前、現生人類と類人猿の共通祖先「ホミニッド」から「ホミニン」が分岐した。ホミニンは、直立二足歩行する、脳の大きな、毛のない類人猿で、最初の火の使い手となったのである。

ホミニンには複数の集団があった。その一つがアウストラロピテクス属で、さらにその一派から、ホモ属が出現する。ホモ属は、完全な直立二足歩行、完璧な土踏まずがあり、足の親指が他の指と向かい合っていなかった。さらに、幅の広い骨盤にS字状の脊柱が直立する。この骨格のおかげで、ホモ属は地上を速く走ることができたのである。

そして、いよいよ人類にリーチ。

240万年前、ホモ属の最後の種「ホモ・ハビリス」が出現した。この種はアフリカ大陸の外へ出た形跡はないが、その後のホモ属はヨーロッパやアジアに分散していく。そして、ついに人類が出現する。25万年頃、アフリカで現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生したのである。脳容量はホモ・ハビリスの2倍に達し、火と道具を完全に使いこなすことができた。

その後、人類は火と道具を使い、環境や資源を利用していく。そして、現代の驚くべき文明を築き上げたのである。

ここで、霊長類と火の歴史を統括しよう。

霊長類は「猿→類人猿→ホミニン→ホモ属→現生人類」と進化してきた。最初に火を使ったのはホミニンである。その後、現生人類は火をさらに発展させ、原子の火(原子力)まで創り出したのである。

1940年、フランス南部のラスコー洞窟で、現生人類が描いた壁画が見つかった。1万5000年前頃のものだが、注目すべき点が2つある。第一に、壁画は真っ暗な洞窟の中にあること。第二に、人間の背丈より高い位置あること。つまり、この時点で、人類は火と梯子(はしご)を獲得していたのである。

■火は神格化された

古代人にとって、火は貴重なものだった。

火はつけることも、保持することも難しいから。火が神格化されたのも無理はない。事実、ギリシャ神話には有名な話がある。ギリシャ神プロメテウスのエピソードだ。

プロメテウスの弟ピメテウスは、動物に毛皮、角、爪、速い足、翼を大盤振る舞いしたので、人間に与えるものがなくなった。そこで、プロメテウスはアテナ女神に相談する。その結論というのがビックリだ。プロメテウスが神の鍛冶師ヘーパイストスの仕事場から火を盗み出し、人間に与えるというのだ。

天界の神が神のものを盗んで、下界の下等生物(人間)に与える?

メチャクチャだ。

だが、この話には重要なメッセージが隠されている。火は元々神のものだったこと、火を得るには知恵が必要なこと、火は人間に役に立つこと。さすがギリシャ神話、奥が深い。

ところが、中国の神話にも、同じような話がある。人間は元々食物を生で食べていたが、三皇の一人、燧人(すいじん)氏が、火打ち石で火を得て、人びとに調理を教えたというのだ。中国版はギリシャ版にくらべ、筋書きがあっさりで、食にフォーカスされているのが面白い。

そして、火を神格化する話はアフリカにもある。ウガンダのザンデ族の神話にこんな話があるのだ。半神半人のトウレが、他部族の鍛冶屋に弟子入りして、火を盗み出し、ザンデ族にもたらしたという。

というわけで、ギリシャでも中国でもアフリカでも、火は元々神の所有物だったのである。

そのため、火は地上の太陽として崇められた。たとえば、古代ペルシャのゾロアスター教は火を崇拝し、「拝火教」の異名をとる。現在、信者数は世界で10万人ほどだが、かつては古代ペルシャ帝国の国教だった。記録が残る中では、最古の一神教で、善悪二元論を唱え、倫理を重視したことが新しい。この教義は、後の一神教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に大きな影響を与えた。

また、火は錬金術師にとっても神聖なものだった。錬金術とは、鉛を金に変えたり(その逆はない)、早い話「元素変換」なのだが、昔も今もムリ。それでも、何かやらないと格好がつかないから、火で溶かしたり、混ぜたり、まぁ結果はみえているのだが、そんなインチキで自分のステータスをアピールしたのである。ところが、万有引力を発見した物理学者ニュートンも、本業は錬金術と人の道に外れた異端の宗教だったというから、ビックリだ。

そんなわけで、錬金術師は火を特別視した。さらに「火→光→天体」という大雑把な三段論法で、錬金術師は天体の運行にも執着した。つまり、錬金術師と占星術師はお仲間、というより兼業だったのである。錬金術と占星術をつなぐものがもう一つ。ともに怪しい疑似科学(フリンジ)。こんな不健全のものに人間は憧れるのである。

一方、火は健全な分野でも特別視された。オリンピックである。

オリンピックといえば、聖火リレー。この象徴的で手間のかかる儀式は、古代オリュンピア祭の「たいまつ競走」に由来する。それを「技術」になぞらえたのが、16世紀の哲学者フランシス・ベーコンである。いわく、

①技術は人びとの「ともしび」である。

②「ともしび」は多くの人びとの協力によって進む。

③「ともしび」は常に競争の中にある。

④あまり速く走ると、「ともしび」は消えてしまう。

くどくど、何が言いたいのか?

「ともしび=火」は「技術=文明」の象徴であり、人びとの協力と競争で保持される。一方、急ぎすぎると消えてしまう。まんま「聖火リレー」ではないか。最後の「急ぎすぎ」は超技術を意味するのだろう。現代風に解釈すれば核兵器かAI。ともに人類文明を「消し去る」運命にある。

ともあれ、聖火リレーは今も続く。あんな手間のかかる儀式、一体何のためにやっているのだろう。フランシス・ベーコンの意図をくんでやっているとは思えない。そんな話、聞いたことがないから。当事者のオリンピック関係者も惰性で続けているのだろう。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスが面白いことを言っている。

「火の故郷は天上である」

火は上に向って燃えさかる、横向きや下向きの火はない、と拡大解釈すると深みのある言葉だ。

火は謎に満ち、とらえどころがない。25万年間、人類文明のエンジンだったのに、科学上、存在しないのだから。

《つづく》

参考文献:
(※1)週刊朝日百科世界の歴史、朝日新聞社出版
(※2)ビジュアルマップ大図鑑世界史、スミソニアン協会(監修),本村凌二(監修),DK社(編集)出版社:東京書籍

by R.B

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