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週刊スモールトーク (第488話) ピタゴラス教団(2)~万物に数が宿る~

カテゴリ : 人物思想歴史科学

2021.12.17

ピタゴラス教団(2)~万物に数が宿る~

■ピタゴラスの音楽論

ピタゴラス学は難解だ。

森羅万象を「数の比」で説明しようというのだから、ムリもないが。

とはいえ、はるか2500年前の古代人の考えを理解できないのは哀しい。一方、ピタゴラス学派のレパトーリーは哲学、数学、天文学、音楽と幅が広い。くみしやすい分野から踏み込めばいいわけだ。

ただし哲学と数学は避けた方がいい。ピタゴラス学派の哲学はニーチェの哲学より抽象的で難解だし、数学はそもそも難解だから。

では何がオススメ?

音楽と天文学。成り立ちも内容も、具体的でイメージしやすいから。

まず、ピタゴラス学派の基本は「数の比」にある。これはギリシャ人のDNAと関係があるかもしれない。というのも、古代ギリシア語の「ロゴス」は真理、論理にくわえて、「比」の意味もあるから。ギリシャ人にとって「数の比」は「真実」と直結していたのだろう。

ということで、まず音楽から。

弦を弾くと音が鳴るが、弦が短いほど高い音がでる。そのカラクリは「弦が短い→弦の振動数が多い→音の周波数が高い→高音」。つまり、音の高低は弦の長さと比例関係にあるわけだ。

さらに、西洋音楽には「オクターブ」という概念がある。たとえば、長さ1の弦に比べ、長さ1/2の弦は1オクターブ高い音がでる。1オクターブとは、ドレミファソラシの7音からなる全音階で、8度(8音)離れた音をさす。ここで「度(音)」はドレミファソラシドを数字であらわす方法で、以下のとおり。

「ド(1度)、レ(2度)、ミ(3度)、ファ(4度)、ソ(5度)、ラ(6度)、シ(7度)、ド(8度)」

つまり「ド」の1オクターブ高い音はつぎの「ド」、「レ」ならつぎの「レ」だ。

このように、弦の長さが自然数(1、2、3・・・)の比で構成される音は心地良い。これを純正律というが、ピタゴラスが発見したという説があり、「ピタゴラス音階」ともいう。

つまりこういうこと。

数の比(ロゴス)が音の調和(ハルモニア)を生み出す。

というわけで、ピタゴラスの音楽論はそんなに難しくない。そこで、つぎは天文学に行こう。

■ピタゴラスの天文学理論

ピタゴラス学派の天文学は想像的というか、どこか妄想的。

まず、惑星と恒星を含む「天球」を考える。その天球が複数個、宇宙を周回し、周回速度によって異なる音を奏でる。その和音が宇宙の調和を生み出すというのだ。

音楽と合体した天文学?

謎の天文学だが、これを継承し、発展させた人物がいる。古代ギリシャの大哲学者プラトンだ。彼は自著「ティマイオス」の中でこう書いている。

オクターブを構成する7つの音は、7つの天球に相当する。この7つの天球は、各々が弦に相当する宇宙霊魂とよぶ振動子をもつ。その振動数の比は天球の回転半径の比に等しい。そして、7つの天球が宇宙を回転し奏でる音楽は、完全な調和と秩序を生み出す。これを「天体の音楽」という。

なんのこっちゃ?

なのだが、じつは難しいことは言っていない。整理するとポイントは4つ。

1.音楽は7つの音から、宇宙は7つの天球からなる。

2.音楽は弦の振動で生まれ、天体の音楽は天球の振動で生まれる。

3.弦の振動数は弦の長さの比、天球の振動数は天球の回転半径の比に等しい。

4.7つの天球が発する和音は、宇宙の調和と秩序を生む。

と、けっこうわかりやすい(正しいかどうかはておき)。

お気づきだろうか、ピタゴラスの天文学は音楽論のアナロジー、古典的な手法によっている。結局、ピタゴラスとプラトンはこう言いたいのだろう。

万物に数の比(ロゴス)が宿り、それが森羅万象の調和(ハルモニア)を生み出す。

なんか、騙されているような。惑星が運行しても音はしないし、そもそも、宇宙霊魂って何。科学というより宗教?

ところが、この謎の天文学が物理学の大法則につながるのである。だから歴史は面白い。

■ケプラーの法則と万有引力の法則

17世紀初頭、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーは「ケプラーの法則」を発見した。

この天文学史上最大級の発見は、3つの法則からなる。

(1)第1法則:惑星は太陽を焦点の一つとする楕円軌道を描く(円軌道ではない)。

(2)第2法則:惑星と太陽を結ぶ線分が単位時間に描く面積(面積速度)は一定である。つまり、惑星は太陽に近い軌道では速く、遠いところではゆっくり周回する。

(3)第3法則:惑星が太陽を周回する公転周期の2乗は、惑星と太陽との平均距離の3乗に比例する。

お気づきだろうか、数式を用いて定量的に説明している。ケプラーの法則は史上初の本物の天文学なのである。

ところが、ケプラーは自著「世界の調和」の中でこう記している。

「第3法則は惑星が発する音の研究から導き出した」

あらら、まんまピタゴラス学ではないか。ケプラーの第3法則は「調和の法則」といわれるゆえんだろう。

ところが、この法則が物理学の大理論につながるのである。

カンのいい人なら、ケプラーの法則から「惑星は距離の2乗に反比例する力で太陽に引かれている」に気づくだろう。抽象化すると「2つの物体は距離の二乗に反比例する力で引き合う」。そう、あの有名なニュートンの万有引力の法則だ。ニュートンはケプラーの法則から数学的に万有引力の法則を導いたのである。この導出は、理工系大学の教養課程でやらされるから、覚えている人もいるだろう。

つまり、ピタゴラス学派は2000年後の天文学、物理学にも影響を及ぼしたのである。一方、ピタゴラス学派には謎の奥義もある。

大宇宙と小宇宙に共通な数的秩序である比(ロゴス)と調和(ハルモニア)を認識することが、輪廻の鎖を断ち切って、魂本来の純粋な存在へと還り行く道である。

あらら、論理に羽が生えたよう、もうついていけません。

■聖なる数と邪悪な数

ピタゴラス学派の「数の比」は、中世の文学にも影響を与えた。

ルネサンス文学を代表するダンテ・アリギエーリである。この有名な大詩人は「3」に取り憑かれていた。ダンテが永遠の恋人ベアトリーチェと初めて出会ったのは、2人が9(3×3)歳の時。2度目に会ったのは、その9年後(3×3)の18歳。さらに、ベアトリーチェが死んだのは24歳(3×8)。

みごとな「数の比」だが、こじつけでは?

ノー、ダンテは「3」を運命の数と信じたフシがある。自分の作品を「3」で埋め尽くしたのだ。

ダンテの代表作「神曲」は「地獄篇、煉獄篇、天国篇」の「3部作」で、各篇は「33歌」で構成されている。ただし「地獄篇」だけは34歌構成だが、第1歌が作品全体の導入部のためで、実質は33歌。さらに、全編1万5000行が、すべて「3行」を一組で脚韻を踏む詩型「テルツア・リーマ」で書かれている。カネの亡者ならぬ「3の亡者」?

「3」にこだわったのはダンテだけはない。ピタゴラス学派、ユダヤ教のカバラ、キリスト教の三位一体も「3」を聖なる数と考えた。

一方、「7」も重要な数である。旧約聖書の創世記によれば「神が天と地を6日間で創造し、7日目を安息日(休息日)とした」。つまり「7」は物事の区切りをあらわす数なのである。

不思議なことに、この「7」のルールは仏教も同じだ。たとえば「四十九日」。葬儀の後、49日後に行う法要だが「49日=7日×7回」。人は死ぬと、7日ごとに7回、極楽行きか地獄行きかの裁判が行われる。そして、最後の49日目に最終審判がくだるという。つまり、「7」はキリスト教でも仏教でも「区切り」を意味するのだ。

一方、仏教の「四十九日」には別の意味がある。人間は死後49日間、現世とあの世の境界をさまよう。まるで「渚にて」の世界ではないか。

「渚にて」はネビル・シュートが書いた近未来小説で、映画化もされた。物語の舞台は、全面核戦争後のオーストラリアのメルボルン。コバルト爆弾が使用され、北半球は壊滅、南半球も放射線量が急増し、「死」が迫っている。すべての人間が現世に半分、あの世に半分身をおいた世界。作品のタイトル「渚にて」はこれを示唆しているのかもしれない。「渚」は、海と陸という異世界の境界だから。

話を「7」にもどそう。

キリスト教では、「7」はもう一つ重要な意味をもつ。「完全数」である。その真逆が「6」で、不完全だが、完全にあと一歩だけおよばない。そのため、キリスト教では「6」は不完全な神、つまりサタン(悪魔)を意味する。ヨハネの黙示録(12章18節~13章18節)にはこう記されている。

「聡明な者は、獣の数字を読み解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。その数字は666である」

■ピタゴラス学徒の業績

ピタゴラス教団は秘密主義を徹底する秘密結社だった。

創設者ピタゴラスのこと、教団の内部情報、教義もよくわかっていない。そもそも、ピタゴラス本人が著した書は1点も残っていないのだから。一方、ピタゴラス学派の後継者たちの業績は一部確認できる。彼らはピタゴラス教団の本拠地クロトンを中心に活動した。

まず、医者のアルクマイオン。

アルクマイオンは、紀元前6世紀頃、南イタリアのクロトンで生まれた。アルクマイオンは人体の諸要素の調和がとれていれば健康、そうでない状態が病気と考えた。この「調和」を重視する学説は、ヒッポクラテスの四体液説にも影響を与えた。「四体液説」とは、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の4つが人間の基本体液で、そのバランスが崩れると病気になるという。また、アルクマイオンはみずから解剖を行い、目と脳がつながっていることを発見したという。

つぎに、機械工学者のアルキュタス。

アルキュタスは、紀元前4世紀、南イタリアのターラス生まれた。かの大哲学者プラトンの友人だったらしい。アルキュタスは、機械技術を数学を用いて体系化し、初歩的な機械工学を構築した。さらに、自動機械(ロボット?)の製作も行ったという。一方、立方体の倍積問題を三次元の作図によって解き、等比数列を発見し、数学を幾何学、数論、球面額学(天文学)、音楽(和声学)に分類した。音楽が数学の一分野なので、アルキュタスがピタゴラス学徒であったことは間違いない。

つぎは、天文学者のフィロラオス。

フィロラオスはクロトンで生まれ、紀元前5世紀頃に活躍した。宇宙の中心に中心火をおき、その周囲を対地球、地球、月、太陽、5つの惑星、恒星天が回るとする宇宙システムを考えた。対地球は目に見えないが、天球の数を10にするために考えられたという。なぜ「10」なのかはわからない。太陽が中心ではないが、地動説のさきがけと言っていいだろう。

つぎは、天文学者のピロラオス。

紀元前5世紀に活躍したピタゴラス学徒で「地動説」をとなえた。だが、当時支持されたのは「天動説」。空を見上げれば、他の天体が地球を回っているように見えるから、当然だろう。ところが、16世紀、ニコラウス・コペルニクスが古代の地動説を復活させ、世界がひっくり返った。そのため、物事の見方が180度変わる事を「コペルニクス的転回」と言う。

最後は、哲学者のイアンブリコス。

イアンブリコスは、シリア生まれの新プラトン主義者(プラトン哲学の分派)で、250年~325年頃に活躍した。西方の哲学と東方の神秘主義を融合させ「エジプト人の密儀について」を著した。それによると、世界は至高にして唯一の存在「ト・ヘン(一なる者)」から、より下位の層までの位階秩序があるという。魂はこの位階を一段づつ登り「ト・ヘン」と合一するに至る。ウパニシャッド哲学とヒンズー教の影響を受けているが、「ト・ヘン」の概念は新しい。

というわけで、ピタゴラス教団は百花繚乱(ひゃっかりょうらん)。人類文明への貢献度も大きいのに、衆知は「ピタゴラスの定理」のみ。

なぜか?

秘密を漏らす者を処刑したから。話が後世に伝わらないのは当然だろう。

参考文献:
・週刊朝日百科世界の歴史、朝日新聞社出版

by R.B

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