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週刊スモールトーク (第465話) ペストの贈り物(1)~万有引力の法則と魔女裁判~

カテゴリ : 歴史社会

2021.01.08

ペストの贈り物(1)~万有引力の法則と魔女裁判~

■万有引力の法則

パンデミックは災厄だが、人類に恩恵をもたらすこともある。たとえば、14世紀のペスト。

科学史にのこる大発見「万有引力の法則」はペストのおかげ。忌まわしい「魔女狩り」が終息し、「産業革命」がおこったのもペストのおかげ。一方、ペストで1億人が死んでいる。究極の祝福と呪い、どっちが優勢か天秤にかけるのは不毛だろう。

まず、万有引力の法則。万人が知る物理の法則だが、物体が引き合う力を数式で説明する。発見者はアイザック・ニュートン。ただし一番の功労者はペストだろう。その証拠もある。

1665年、ニュートンはケンブリッジ大学で学位を取得した。そこへ、最後のペストがロンドンに襲来、大学は閉鎖された。ニュートンは故郷のウールスソープへ帰郷するしかなかった。これからというときに、ツキがない。ところが、これが幸運の始まりだった。

ニュートンは前年にスカラーシップ(奨学金)を取得していた。だから生活には困らない。くわえて時間もたっぷりある。そして、ここが肝心、不要不急の外出は自粛、外はペストでいっぱいだから

ではどうすればいい?

ひきこもるしかないだろう。

現代ならTVゲーム。それは新型コロナで証明された。ほとんどの業種が未曾有の大不況なのに、ゲーム業界は増収増益、ウソみたいな話だ。もちろん、17世紀にはTVゲームはない。これは人類にとって幸いだった。ニュートンは、ペストが終息するまでの1年半、思索に没頭したから。この消極的な「知的ひきこもり」が「ニュートンの三大業績」につながったのだ。人生は何が幸いするかわからない。

この三つの業績は科学史上最大級の発見といわれる。

まず「流率法」。現在の「微分積分学」である。その原理を自動車の運転で考えみよう。アクセルを強く踏むと、速度は急上昇し、弱く踏むと、速度はゆっくり上昇する。いわば速度の変化率で、これを加速度という。このような剛体の運動の解析に、微分・積分が使われる。速度を微分すれば加速度、逆に、加速度を積分すれば速度が得られる。

つまりこういうこと。

ある量を微分すると変化率がえられ、その変化率を積分すれば、元の量にもどる。微分と積分は真逆の関係にあるわけだ。とくに、微分を応用した微分方程式は、物理学(古典力学から量子力学)、工学(電気工学や機械工学)で広く使われている。

それにまつわる歴史的事件がある。20世紀初頭のテスラとエジソンの「交流Vs.直流」戦争だ。最終的に、テスラの交流が勝利したが、エジソンが直流に執着したのは理由がある。エジソンは交流理論が理解できなかったのだ。というのも、交流理論には微分方程式が欠かせないから(エジソンは独学で小学校を出ていない)。

つぎに、万有引力の法則。重さをもつ物体は互いに引き合う。その力の大きさは、2つの物体の質量に比例し、距離の2乗に反比例する。2つの物体が重いほど、距離が近いほど力が大きいわけだ。これが引力で、直感でも理解できる範囲だ。

この万有引力の法則と、3つの運動の法則(運動の第1法則、第2法則、第3法則)とあわせ、ニュートン力学という。この力学体系は、現在もマクロ世界の剛体の最強理論として君臨している。

そして最後に光学。

ニュートンは、プリズムを使って、分光の実験をおこなった。プリズムとは、ガラスでできた透明な三角柱のこと。このプリズムの一面に、太陽光を入光すると、その反対面から赤色から紫色の七つの単色光が出光する。太陽光(白色光)が、7つの単色光の合成光であることが証明されたのだ。ではなぜ、プリズムで分光できるのか?それぞれの単色光は、屈折率が違うので、プリズムを通せば、違う角度で出てくる。この象徴的な実験は、のちのニュートンの「光学」につながった。

というわけで、「ペスト流行 → ニュートンのひきこもり → 三大業績」の因果関係が成立する。

つまり「ペスト → 三大業績」。とはいえ、ペストを讃えるのは問題なので、ひきこもりを讃えて「ニュートン創造的休暇」とよんでいる。だから、奇人変人天才・ニュートンの歴史的業績はペストのおかげ。とはいえ、ニュートンがペストで死んだら元も子もないから、ニュートンの強運は欠かせない。

2021年1月、日本も世界も、新型コロナの感染拡大が続いている。終息どころか、収束の気配もない。感染して周囲に迷惑かけるのはイヤだし、命懸けで頑張っている医療従事者に負担をかけるのもイヤ。そこで、必要火急をのぞいて、引きこもり。さすがにこれは辛い。でもまぁ、お金を使わなくてすむから、悪いことばかりじゃない。ペストの恩恵にくらべれば、ケチな話だが。

そんなこんなで「ニュートンの創造的休暇」を見習うことにした。ひきこもりを利用して、新しい価値を生み出そう!

ただ悲しいかな、ニュートンとは「脳の造り」が違う。ホモ・サピエンスとホボ・サピエンスの差はあるだろう。そこで、ニュートン先生とのハンディを埋めるため、現代のハイテクを使うことにした。Boseのノイズキャンセリングヘッドホンだ。周囲の音と逆位相の音を発生し、外部の音を相殺するスグレモノ。大枚はたいて購入し、装着すると、一瞬にしてシ~ン、あまりの静寂さにビックリコックリ。それにしても、世界がこんなに騒々しかったとは・・・数分後、集中力が高まり、思考が意識の中に沈み込んでいく。おー凄い、でも、待てど暮らせど、何も浮かばない。やっぱり「脳の造り」かな。

■魔女狩り

ペストの贈り物はまだある。中世ヨーロッパの忌まわしい悪習「魔女狩り」が終息したのだ。

ペストが終息したのが17世紀中、魔女狩りが終息したのは17世紀末。相関関係はありそうだ。では因果関係は?

14世紀、ペストの流行が始まると、教区の牧師たちは真っ先に逃げ出した。本来、医療をになう教会や修道院が責任を放棄したのだ。結果、民衆のキリスト教会に対する信用は大きく失墜した。つまり「ペスト → キリスト教の信用失墜」の因果関係が成立する。

じつは、中世の「魔女狩り」を主導したのはキリスト教会だった。魔女狩りを扇動し、魔女の容疑者を捕まえ、魔女裁判にかけたのだ。もし、有罪なら火あぶりの刑。そんな血も涙もない判決を下したのは、キリスト教の聖職者だった。つまり、魔女狩りと魔女裁判の責任はキリスト教会にある。

ではなぜ、民衆は「魔女」を信じたのか?

(それまで)キリスト教会は、民衆の厚い信頼をえていたから。

じつは、キリスト教には波乱万丈の歴史がある。イエスの死後、キリスト教はユダヤ教の1セクトに過ぎなかった。多神教を信じるローマ人たちからは、偏屈者の集団と見なされ、ユダヤ教徒からは嫌われていた。イエスが、自分を神の子と言ったことを根に持っていたのだ。つまり、この時代、キリスト教が生き残る見込みは薄かった。

ところが、歴史的事件「パウロの回心」で状況が一変する。キリスト教弾圧に余念がなかったユダヤ教徒のパウロ(サウロ)が、キリスト教に改宗したのだ。パウロは、ローマからエルサレムにいたる広大な地域を伝道した。期間は10年、距離は地球半周。パウロはキリスト教のトップセールスマンだったのだ。紀元65年、パウロはローマ皇帝ネロによって磔刑にされたが、彼が蒔いた種は、その後実を結ぶ。キリスト教が地中海世界で急拡大したのである。

紀元313年、ミラノ勅令で、ローマ帝国内でのキリスト教の信仰が認められた。さらに、紀元380年、キリスト教は、ついにローマ帝国の国教になる。キリスト教は皇帝と比肩する権威をえたのだ。ところが、その後、キリスト教は世俗化していく。神の権威ではなく、世俗の権威へと。

時代を象徴する権威は、建物の高さでわかる。現在なら商業ビル、つまりビジネスだ。ところが、中世で一番高い建物は教会と寺院だった。つまり、この時代の最高権威は「信仰=キリスト教」。だから、民衆はキリスト教を信じ、教会が主導する魔女狩りに加担したのである。

ところが、ペストが襲来したら教会は責任放棄。それを見て、民衆はこう思ったに違いない。

ペストも魔女も神がもたらした災厄、人間への懲罰というけれど、本当?

神は懲罰を与えるだけで、救いはない?

教会も何もしてくれない?

教会は本当に信用できるのか?

魔女は本当にいるのか?

つまりこういうこと。

キリスト教会はペスト流行で信用を失い、魔女裁判も信憑性を失った。その後、ペストは終息したが、キリスト教会万歳!の声はあがらなかった。そして時期を合わせるように、魔女狩りは終息したのである。

というわけで、ペストは悪いことばかりではなかった。良いこともあったのだ(後世の人々にとって)。一見、不条理にみえるが、因果関係は明々白々。万有引力の法則はニュートンのひきもり、魔女狩りの終息はキリスト教会の信用失墜がもたらした。そして、どちらも元締めはペストだったのである。

《つづく》

by R.B

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