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週刊スモールトーク (第456話) スパコン富岳のルーツ~とある石川県のPFU~

カテゴリ : 人物科学

2020.09.05

スパコン富岳のルーツ~とある石川県のPFU~

■幻の重爆撃「富嶽」

富岳(ふがく)への熱い思いが2つある。

1つは「富嶽」。

読みは同じ「ふがく」だが、漢字がビミョーに違う。ともに富士山の別名だが、「富岳」はスーパーコンピュータ、「富嶽」は爆撃機。目的も用途も違う。一方、共通点もある。「巨大な超ハイテク」であること。

「富嶽」は、太平洋戦争中、日本で構想された大型爆撃機だった。アメリカ本土爆撃する戦略爆撃機で、中島飛行機(現SUBARUの源流)が担当した。スペックは超弩級で、当時、世界最大の米国B-29と比べると、その凄さがわかる。

・全長45m(B-29の1.5倍)

・全幅65m(B-29の1.5倍)

・爆弾搭載量20トン(B-29の2.2倍)

・航続距離は19,400km(B-29の3倍)

・エンジンは6基(B-29は4基)

すべて、B-29を凌駕している。ところが、富嶽は空を飛ぶことはなかった。戦局が悪化し、原材料が不足し、計画が頓挫したのである。もっとも、戦局が悪化してなくても、完成しなかっただろう。技術的ハードルが高すぎたのである。

じつは、B-29でさえ、完成が危ぶまれていた。米国の技術力、工業力をもってしても、試行錯誤の連続だったのだ。開発に成功したのは米軍首脳部の執着と、ボーイング社の高い技術と涙ぐましい努力のおかげ。

一方、日本は4発(4基のエンジン)の爆撃機さえ実用化できなかったのだから、6発(6基のエンジン)はムリ。

問題はまだある。

酸素の薄い高高度では、エンジンの出力が低下する。それを軽減するのが「排気ガス・タービン」だ。エンジンが排出する排気ガスを、タービン(羽根車)に吹き付け回転させ、圧縮空気をつくり、エンジンに送り込む。これで、低空と同じ濃い酸素が得られ、エンジン出力を維持できる。現在、乗用車で使われる「ターボ」と同じ原理だ。ところが、高温の排気ガスに耐えるタービン(羽根車)が作れなかった。日本には耐熱素材がなかったのである。

さらに、室内を一定気圧に保つ与圧システム。これがないと、室内は気圧が下がり、酸欠と低温で搭乗員の負担が大きい。というか、命が危ない。この技術も、当時の日本ではムリだった。

そもそも、「横須賀→サンフランシスコ」は、往復で16,600kmもある。航続距離はギリだし、フライト時間は40時間を超える。交代で操縦しても、ノンストップでこんな長距離はムリ(途中で故障して墜落するのがオチ)。

とはいえ、富嶽は、軍事マニアや航空ファンから「幻の爆撃機」として高い人気を誇る。実機は存在しないが、イラスト、プラモデルは数知れず、ラジコンまで製作されている。それが、実際に空を飛ぶのだからビックリだ。かくも、富嶽の人気は根強いのである。

富嶽の威容さは、イラストからも伝わってくる。6基のエンジンが搭載された翼は、とにかくデカイ。それにあわせ、胴体も巨大。この世のものとは思えない。

じつは、日本にはもう一つ、巨大兵器があった。イ号潜水艦「イ400型」である。当時、世界最大の潜水艦で、3機の航空機を艦載することができた。航空機を搭載した潜水艦?

そう史上初の潜水空母だったのだ。そのため、全長は122mと駆逐艦なみ。写真をみると異様に大きく、潜水艦とは思えない。日本人は、国土が狭いせいか、「巨大」が大好き?

というわけで、スーパーコンピュータと爆撃機は、目的も用途も違うが、共通するのは「巨大な超ハイテク」。だから、富岳と富嶽の相乗効果で、ココロが熱くなる。

技術オタクの戯言(たわごと)?

そうですね。米国では、こんな技術オタクを「ギーク(Geek)」とよんでいる。そこで、「ギークバイアス」がかかったエピソードをもう一つ紹介しよう。

■富岳とPFU

富岳への熱い思いは、もう一つある。

富岳は、前世代のスーパーコンピュータ「京」同様、石川県かほく市の「富士通ITプロダクツ(FJIT)」で製造された。FJITは、2002年、富士通とPFUの合弁会社として設立されている。PFUは、未上場企業だが、年商1400億円超える大企業だ。知名度は低いが、イメージスキャナ「ScanSnapシリーズ」はトップシェアを誇る。

FJITは、PFUと隣接しているので、地元では、スーパーコンピュータはPFUが製造していると思っている人が多い。製造技術の根っこはPFUなので、当たらずと遠からず。そんなこんなで、PFUは日本のスーパーコンピュータと深いつながりがある。

PFUの前身は「ユーザック電子工業」で、小型コンピュータを開発・製造するベンチャー企業だった。創業は1960年で、当時の社名は「ウノケ電子工業」。宇野気町(現かほく市)の歯科医が資金を出し、経営は日立出身の竹内繁が行った。その後「ユーザック電子工業」に社名変更し、次に「パナファコム」と合併して現在の「PFU」に至っている(富士通の100%小会社)。

社長の竹内繁は、天才肌の技術者だった。ところが、経営能力に問題があり、ユーザック電子工業を追い出されてしまう。その後、金沢工業大学の教授に就任したが、そこでも、学長とケンカして、2度目の追放。その後に創業したのがバンテック・データ・サイエンスだった。コンピューターのハードとソフト(OS・言語・アプリ)を自社開発できる日本有数のベンチャーで、1980年代、一世風靡した。ペン入力のオフコンで大成功したときは、年に3回ボーナスがでたほど。

じつは、この会社に2年間在籍したことがある。

社員の平均年齢は20代前半で、とにかく若い。総務、営業、部材調達、製造は、部長や工場長がいたが、設計部門だけは社長直下。設計上の問題はもちろん、最終検図も社長がみる。中間管理職がいない、超フラットな組織だ。今流行の「ジョブ型雇用」を飛び越えた「プロダクト型雇用」。時代を先取りしていた!?

とんでもない!

社長は神だが、社員は信用ならない。だから、社長が直接みるしかない、という身もフタもない話。

さては、社員がアホだった?

そうでもない。ハード設計部門の8割が国立大卒で、その半数が旧帝大卒だった。大企業でもありえない。もちろん、コンピュータの設計に学歴は関係ないから、社員が優秀だと言うつもりはない。ただ、アホではないと言いたいのだ。要は、社長が頭が良すぎただけ。

竹内繁社長は、音楽が大嫌いで、頭のテッペンから足のつま先まで「論理人間」だった。スタートレックのスポックを彷彿させるが、あんな冷静ではない。さながら瞬間湯沸かし器で、激情しやすく、社員をグーで殴る。織田信長みたいに、話が蔓延することや、ダラダラした前置きを嫌い、先ず結論を言え!のタイプ。そんな昭和の織田信長に仕え、洗脳されたおかげで、ニッチな分野だが頂点に立つことができた。

■天才か悪魔か

竹内繁は、この世で出会った唯一人の天才だった。東大卒の高級官僚で、その後、日立に転職し、大型コンピュータ事業を立ち上げた。ところが、それで満足する人間ではない。故郷に錦をかざり、2度起業、その後、東京で再び起業している。まさに波乱万丈の人生だ。

竹内繁は、頭の回転は爆速だったが、先を見る力も凄まじかった。インターネットどころか、LANも存在しない時代に、「やがて世界中のコンピュータが通信回線でつながる」と予言していたのだ。気は確かか?と口がすべりそうになったが、今ではあたりまえ。先見の明を超えて、預言者だったのだ。言動から推測するに、テスラモーターズのイーロン・マスクのタイプ。

ところが、竹内繁は、イーロン・マスクほど幸運には恵まれなかった。経営と人の使い方に難があり、会社は利益は雀の涙、というか、万年赤字。給料は激安で、残業時間は月に200時間超えるのに、残業手当はゼロ!

マジか?

今どきのブラック企業などかわいいものだ(10年以上経過したので時効)。

仕事はハイテクで面白いのに、給料は安いし、労働が過酷、あげく、グーで殴られる。ボク、ワタシの未来は?

当時、表面化していなかったが、うつ病の人がたくさんいたと思う。事実、毎週のように社員が辞めて行った。

竹内繁は織田信長を彷彿させる。たとえば、2020年6月に開催された「本能寺の変原因説50・総選挙」。

なぜ、本能寺の変がおきたか?をみんなで投票する楽しい企画。その中に、明智光秀の怨恨説がある。織田信長は人間というより悪魔、そんな半生物についていっても、5年後、自分はどうなるのか?

その閉塞感と絶望の中で、明智光秀は織田信長を討ったというのだ。

つまりこういうこと。

人間は、自分の明日、未来が描けないと絶望する。そのとき、選択肢は2つ。逃げ出すか、親分を討つか?

でも、私見と断った上で・・・竹内繁は、織田信長同様、生身の人間だった。しかも、(1ミリだけ)優しいところもあった。

冬の寒いある日のこと。

東京出張からの帰り、竹内社長と飛行機がいっしょになった。彼は、怪訝そうにこっちをみている。

「なんで、コートを着ないんだ」

「コートを買うお金がないんです」

一瞬、社長の強面がゆるんだ。そして、かみしめるように、

「そうか、もっと会社を良くして、給料をあげんといかんな」

だが、そうはならなかった。翌年、会社は倒産したのである。

竹内繁社長が亡くなって10年たつ。

自分が創業した会社が、世界一のスーパーコンピュータを作っている・・・それを目にしたら、きっと大喜びしたことだろう。経営より、金儲けより、社員の幸せより、超ハイテクを愛してやまない人だったから。

by R.B

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