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週刊スモールトーク (第445話) 明智光秀(2)~GE・TEN~戦国信長伝・下天~

カテゴリ : 人物歴史

2020.04.04

明智光秀(2)~GE・TEN~戦国信長伝・下天~

■過酷な人生

マラソンを全力疾走する、それが織田信長の人生だろう。武田を滅ぼし、天下統一にリーチをかけたら、3ヶ月後に本能寺の変。燃えさかる炎の中で、信長は何を考えていたのだろう。

織田信長の人生は2つのフェイズからなる。第1フェイズは上洛するまでの地区予選。陰湿な謀略と小競り合いで、尾張と美濃を統一した。第2フェイズは上洛後の本戦。大軍を動員する総力戦で、日本の半分を支配した。

ともに苦難の連続で、息つく暇もない。とくに第2フェイズは熾烈を極めた。それが、1570年に極大化する。織田信長の敵対勢力が「信長包囲網(反信長同盟)」を完成させたのだ。黒幕はおそらく足利義昭で、これに、全国に一向宗門徒をかかえる本願寺、西の毛利、北の朝倉と浅井、南の松永と三好、東の武田信玄がくみする。いわば「面の敵」で、「桶狭間の戦い」の時のような「点の敵(今川義元)」とは、次元が違う。

正気を保つことさえ難しい・・・そんな人生を、信長は勝ち続けたのだ。他人の人生でよかった、でも、怖いもの見たさもある。そんなとき、役に立つのがコンピュータシミュレーションだ。

1990年代、まだ日本が輝いていた頃、歴史シミュレーションゲームが流行した。中でも、戦国時代が人気で、3つのビッグタイトルがあった。

まず、コーエーの「信長の野望」。歴史の楽しさと陣取りの面白さを兼ねそなえた名作で、販売本数はダントツだった。つぎに、システムソフトの「天下統一」。陣取りに特化したゲームで、囲碁のような面白さがあった。そして、最後に「GE・TEN~戦国信長伝・下天~」。

このゲームは一風変わっていた。まず、ゲームが第2フェイズ(上洛した後)から始まること。プレイヤーが選べるのは織田信長のみ。そして、史実に忠実なこと。

史実に忠実?

歴史上おきたイベントが、次々とおこる。それを迅速に対応しないと、信長が討たれて、ゲームオーバー。必要なスキルは、ボードゲームの論理的思考ではなく、歴史の知識。GE・TENは、他の歴史ゲームと違い、プログラムに「歴史の因果律」が組み込まれているから。歴史の原因と結果を読み解かないと、勝ち目はないのだ。

現在、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放映されている。テンポが悪いとか、話が動かないとか、ケチをつけながら、毎回観ているのは、戦国時代が大好きだから。

このドラマに触発され、ふと「GE・TEN」をプレイしようと思い立った。倉庫を物色していたら、1998年にリリースされたwindows95版が見つかった↓

お~、懐かしい!
ほとんど骨董品なので、動くかどうか心配だったが、WindowsXPとwindows7で動作した。ただし、16bitアプリなので、64bitOSのWindows10では動作しない。
 もちろん、22年前の商品なので、もうどこにも売っていない。アマゾンで中古品を一つ見つけたので、現存するパッケージは世界で2本?

■GE・TEN~戦国信長伝・下天~

GE・TENは、織田信長が上洛したときから始まる。他の歴史シミュレーションとは違い、ターン制ではなく、リアルタイムで進行する。なので大忙し。しょっぱなから、家臣のご注進が続くので、他国を攻める暇もない。そう、このゲームは、陣取りは二の次なのだ。実際、歴史の因果律を読み解かないと、コロコロ負ける。

そこで、まず、マニュアルの攻略法を精読し、歴史の因果律を脳に刷り込んだ。その後プレイしたら、7度目でやっと天下統一。というわけで、第2フェイズを勝ち抜くのは難しい。

ところで、歴史の因果律って?

まず、本願寺と堺に矢銭を要求する。カネがなくては、戦さはできないので。

つぎに兵制。徴兵制ではなく、募兵制にする。徴兵制は、領内の農民を徴兵するので、兵数に限界がある。一方、募兵制はカネで兵を雇うので、「領内」という制限がない。つまり、大軍を編成できる。じつは、織田軍は弱兵で、数をそろえないと勝てなかった。一方、カネで兵を雇えば、莫大なカネがいる。そこで、楽市楽座で規制緩和し、関所を撤廃し、収入を増やすしかない。これは、織田信長が実際にやったこと。

さらに、カネに糸目をつけず、鉄砲を買い占める。武田勝頼を討つには、馬防柵と大量の鉄砲が欠かせないから。ただし、カネを積むだけでは鉄砲は手に入らない。鉄砲鍛冶の町「国友」と鉄砲が流通する町「堺」を支配下におかないとダメ。

鉄砲を買い占める理由はもう一つある。買い占めないと、鉄砲が宿敵の本願寺に流れるから。本願寺配下の雑賀衆は、日本最強の鉄砲隊。実史では、織田軍を散々苦しめ、筆頭家老の柴田勝家が重傷を負ったほど。その雑賀衆に、実史を超える鉄砲が渡ったら・・・一大事。

というわけで、陣取りの前に、やることがてんこ盛り。それが、一段落したと思ったら「信長包囲網」が完成。徳川家康以外すべて敵・・・悪夢のような現実だ。

歴史どおり、三好三人衆が畿内を荒らし回り、本願寺の一向宗門徒が織田の城を攻撃する。あげく、同盟者の浅井長政が裏切り、朝倉義景と手を組んで反旗を翻す。あわてて、徳川家康に出願依頼し、浅井・朝倉をやっと滅ぼしたら、つぎは武田信玄。大軍を率いて上洛を開始する。

なんで、このタイミングで?

「信長包囲網」、反信長同盟の一斉攻撃が始まったのだ。

ところが、その難敵、武田信玄が、上洛途上であっけなく病死する。ほっと胸をなでおろしたら、今度は息子の勝頼。信玄のあとを継いで、最強の騎馬隊を率いて、長篠城を包囲する。信長を見習い、2000丁の鉄砲で撃退したら(長篠の戦い)、つぎは上杉謙信。2万を超える大軍を率いて上洛するのだ。ここで、あわてて出兵すると痛い目にあう。鉄砲2000丁でも役に立たないのだ。上杉謙信は、大量の鉄砲を確認すると、陣形を縦長にして、高速で突進してくる。鉄砲をロクに撃つひまもなく、全滅。

はぁ~、やっとれん。織田信長の人生・・・胃に穴が開く。

テキストばかりでは分かりづらいので、ゲーム画面を紹介しよう。

GE・TENは、戦略モードと合戦モードがある。戦略モードでは、制度を決めたり、書状を出したり、援軍を要請したり、内政と外交を行う。

戦略モード画面↓

合戦モードでは、部隊の移動と鉄砲・大砲の砲撃を指示する。部隊の戦闘力は、指揮官の指揮力と陣形で決まる。そこで、合戦が始まったら、素早く部隊を移動させ、陣形を組む。部隊の兵士がワラワラとアニメーションするので、当時「ワラワラ」という造語ができた。

合戦モード画面↓

というわけで、GE・TENは史実に忠実。

でも、気になることが・・・信長の歴史を追体験するだけでは、大河ドラマと同じでは?

ノー。GE・TENは、造りがシミュレーションなので、歴史を変えることもできるのだ。ただし、他の歴史シミュレーションゲームのように、カンタンに歴史は変わらない。「歴史の因果律」がガッツリ組み込まれているから。

■GE・TENの歴史のIF

そこで、GE・TENで「歴史のIF」を試してみた。

まずは、足利義昭を滅ぼしてみる。

実史では、織田信長は足利義昭を担いで上洛する。その頃、足利義昭は落ち武者同然だったが、室町幕府の創始者・足利尊氏の末裔。信長にとって利用価値がある。一方、足利義昭は軍兵をもたないので、信長の後ろ盾があれば、鬼に金棒。事実、その後、足利義昭は室町幕府第15代将軍に就任している。というわけで、織田信長と足利義昭はウィンウィン。

ところが、その後、二人の関係はギクシャクし、足利義昭は「信長包囲網」を画策する。それが、信長の最大の危機につながるわけだ。であれば、上洛後、すぐに足利義昭を亡き者にすれば、「信長包囲網」は起きない?

そこで、足利義昭のいる二条城を攻めてみた。兵数が少ないので、カンタンに落城。足利将軍家は滅亡した。

ところが、義に厚い上杉謙信が激怒。大軍を率いて、織田家の居城・岐阜城を包囲する。あわてて、最強部隊でうって出たが、ほぼ瞬殺。上杉謙信、強すぎる・・・

つぎの「歴史のIF」は、武田信玄。

実史では、武田信玄と織田信長との直接対決は一度もない。ただし、盟友の徳川家康が、三方原の合戦で信玄に惨敗している。そこで、織田信長を総大将に、織田家最強メンバーで、三方原で戦ってみた。鉄砲は2000丁あったのに、まったく刃が立たず、惨敗。あげく、撤退中に信長が討ち死し、ゲームオーバー。あまり兵力差が大きいと、撤退中に討ち死することがあるのだ。

第2フェイズは、実史も歴史のIFも過酷という話。

じつは、最初のプレイで、上杉謙信や武田信玄より格落ちの朝倉・浅井に大敗してしまった。実史では、織田軍は朝倉・浅井軍に姉川の合戦で勝利したはずなのに、なんで?

実史の姉川の合戦は、織田陣営は次々と突破され、徳川家康の奮戦で、かろうじて勝利した。そこで、徳川軍に出陣依頼をかけて、織田・徳川連合軍で、いどんだら、ギリで勝利。歴史まんまですね。

そして、最後の「歴史のIF」は、本能寺の変。

じつは、本能寺の変は、起こす方が難しい。明智光秀に大軍をあたえ、プレイヤー(信長)は、わずかの手勢を率いて、本能寺にいて、他の武将たちを遠方に遠ざける・・・明智光秀は、悪魔のように狡猾だから、スキを与えないと乗ってこないのだ。

というわけで、本能寺の変は、シミュレーション上、奇跡に近い。信長のような切れ者が、あんな初歩的ミスを犯すとは・・・

GE・TENを、20回以上プレイして、わかったことがある(1回の所要時間は数時間)。

織田信長の戦略・戦術がベストに近いこと(本能寺の変を除く)。浅井の裏切りはわかっているので、試行錯誤で浅井・朝倉を実史より早く滅ぼせたが、本願寺、武田信玄、上杉謙信はムリ。歴史の本流を変えることはできなかった。

というわけで、「GE・TEN~戦国信長伝・下天~」は、史実に忠実、信長の胃に穴のあくような人生を疑似体験できる。

初代「GE・TEN~戦国信長伝・下天~」は、1991年にリリースされた。対応機種は、当時の国民的パソコン「PC9801」。派手な雑誌広告もあって、大ヒットした。実売1万3000本で、PCゲーム雑誌のキング「ログイン」に総合第3位にランクイン。1991年度のログインのベスト・ヒットソフトウェア大賞に輝いた。

関わったスタッフは総勢4名で、開発期間は10ヶ月。

最終売上は、13,000本×12,800円×0.6(仕切り率)=99,840,000円

つまり、4人×10ヶ月で、1億円稼いだわけだ。PCゲームビジネスで、こんな夢のある時代があったのだ。

ところで、なんでそんな詳しい?

作った本人なので。

■明智光秀の暗黒面(ダークサイト)

GE・TENをプレイすれば、第2フェイズの熾烈さを体験できる。その第2フェイズだが、じつは、明智光秀なくして乗り切れなかったのだ。

信長が上洛すると、すぐに朝廷とのやりとりが始まった。ところが、この仕事は織田家の家臣にはムリ。朝廷のしきたり、作法、以前に、言葉が通じないのだ。というのも、織田の家臣は尾張言葉(名古屋弁)、朝廷は京言葉(京都弁)。ところが、明智光秀は尾張言葉と京言葉を操るバイリンガルだった。織田信長は、明智光秀を片時も離せなかっただろう。後に、明智光秀は文武両道の武将として頭角を現すが、初めは「通訳」だったのかもしれない。

明智光秀は、信長より年長で、野戦も攻城戦もうまかった。戦さのみならず、計略と策略も得意。しかも、行政手腕も高かった。最高の武官にして最高の文官、しかも、通訳機能付き。潜在的能力だけでない、実績も凄いのだ。これほど使える男はいない。

織田の家臣団で、一番格上は柴田勝家、信長の一番のお気に入りは羽柴秀吉、でも、信長が一番頼りにしていたのは明智光秀・・・

それを示す記録も残っている。

1579年8月9日、明智光秀は播磨の黒井城を攻略した。このとき、明智光秀は信長から異例の感謝状をもらっている。

「長期間にわたり、丹後の国に在国し、粉骨砕身の活躍による名誉は、ほかに比べようもない抜群のものである」

天上天下唯我独尊、傲慢不遜の信長の言葉とは思えない。太田牛一も、信長公記の中で、「惟任日向守(明智光秀)にとって、この世の名誉としてこれ以上のものはない」と称賛している。

織田信長が光秀を高くかっていた証拠は、まだある。

本能寺の変だ。信長公記には、こう記されている。

信長と小姓衆たちのいる本能寺に軍勢が攻め入り、鉄砲を撃ち入れてきた。信長公が「さては謀反か、いかなる者のしわざか」とお尋ねになったところ、森乱(蘭丸)が「明智の手の者と思われます」と申し上げると、「やむをえない」と覚悟された。

戦運が己に背いても意気衝天、あきらめない信長が「明智」の名を聞いて、死を覚悟したのだ。

つまりこういうこと。

信長の家臣で・・・一番有能なのは明智光秀。一番出世は明智光秀。一番頼れるのは明智光秀。

ところが、その光秀が、信長を裏切ったのだ。

これほどの皮肉はないだろう。

ではなぜ。光秀は裏切ったのか?

信長のパワハラに耐えきれず、しかたなく?

それとも、初めから、主人に取って代わるつもりだった?

もし、前者なら情状酌量の余地があるが、後者なら血も涙もない大悪人。

では、どっち?

信長公記」と「フロイス日本史」を精読すると・・・後者。そこには、明智光秀の底しれぬ「闇」が記されている。

《つづく》

参考文献:
・信長公記 太田牛一著 榊山潤訳富士出版

by R.B

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