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週刊スモールトーク (第440話) 金融庁の報告書・2000万円問題(1)~現状分析~

カテゴリ : 社会

2020.01.26

金融庁の報告書・2000万円問題(1)~現状分析~

■下り坂の人生

「老後、年金だけでは2000万円不足する」は人による。年金も生活費も、人それぞれだから。

たとえば、会社員・公務員の共稼ぎ夫婦なら、年金は月額40万円を超える(2020年)。贅沢しなければ、十分やっていけるだろう。夫が会社員・公務員で、妻が専業主婦なら、月額約25万円。生活を切り詰めるか、田舎やアジアに引っ越せば、なんとかなるだろう。

一方、自営業者は、国民年金なので、月額数万円。年金だけではムリだろう。ただし、定年がないので、死ぬまで働くぞ!が成立する。それに、若い頃から、節税と貯蓄に励めば、それなりの資産が築けるだろう。

逆に、年金が多くても、借金やローンを抱えていたり、大病したら、いつか行き詰まる。

つまり、老後が成立するかかどうかは、無数の要因の掛け算で決まる。「年金だけでは2000万円不足する」は、その一例にすぎないのだ。

ただし、一つだけ、普遍的な真実がある。老後は急な「下り坂」になること。それを考慮してライフプランを描かないと、高転びに転げ落ちる。下り坂は、下り坂の生き方があるのだ。

1791年12月5日、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが死んだ。言わずと知れた、音楽史上、燦然と輝く大天才。幼少から神童の名をほしいままにした。父に連れられ、ヨーロッパ中を旅し、類まれな演奏で観衆を魅了した。ところが、わずか35年でこの世を去る。しかも、遺体は墓標のない共同墓地に投げ捨てられた。

モーツァルトは気づいていただろうか?

自分の人生は、8歳からずっと下り坂だったことを。

哀しい話だ。でも他人事ではない。われわれにも、必ず「下り坂」が来る。死への一本道「老後」だ。体力も知力も意欲も衰え、できることが日に日に減っていく。

こう言うと、こんな反論をする人がいる。顔をキラキラさせて「要は心の持ちよう、気持ちさえ若くもてば、大丈夫!」

そんなわけない。

細胞が劣化しているのだから、肉体も精神も衰えてあたりまえ。これは、意識の問題ではなく、生物学の問題なのだ。それを受け入れず、頑張るから、車で逆走する老人が出てくるのだ。

取引先に元気な部長さんがいた。プログラマー出身で、「オレは生涯現役」が自慢だった。ところが、55才でプログラムを書いたら、バグが続出。若手が尻ぬぐいさせられた。後日、若手から、二度とコードを書かないようクギをさされたという。

つまりこういうこと。

「前向き」はけっこうだが、自然の摂理を受け入れないと、災いの元。本人は自業自得だが、周囲はたまらない。

もちろん、老後を否定しているのではない。「老後=下り坂の人生」を、真摯に受け入れること。「衰え」を前提に、ライフスタイルを変えていく。そうすれば、穏やかで満ち足りた老後を送れるかもしれない。人生は起承転結なのだ。

■金融庁の報告書

では、老後をいかに生きるべきか?

その手引書になるのが、金融庁の報告書だろう。正式タイトルは「高齢社会における資産形成・管理」。お役所らしい退屈なタイトルだが、我々の未来を描いている。つまり、老後。

この報告書が世に出ると、すぐに、野党やマスコミから非難の声があがった。老後、年金だけでは2000万円不足する?政府は責任を放棄するのか!というわけだ。

政府を叩く格好のネタになったわけだが、是非は人による。それは金融庁の報告書にも書かれている。個々の状況を把握し、老後に備えましょう、と。しかも、根拠と対処法も明記されている。

それのどこが悪いのだ?

そもそも、この報告書を精読した人は何人いるのだろう。ちゃんと読まないで、都合のいい部分だけ切り取って、声高に批判する輩。よからぬ意図があるに違いない。

個々人の損得で言えば、この報告書を精読して、老後に備えた方がいい。100人いれば100通りの老後がある。一般論的な老後を論じても、意味はない。重要なのは、自分自身の老後。不毛の政治談義じゃあるまいし、きれいごとではすまされない。

金融庁の報告書は優れた資料だ。すべて裏をとり、緻密で、網羅的で、スキがない。しかも、構成がしっかりしているので、全体がつかみやすい。

この報告書は、3つの大項目で構成される。

1.現状整理

2.視点及び考え方

3.対応

まず、現状を把握し、考え方を定め、対応策をねる。問題解決の王道だ。

とはいえ、そこはお役所の報告書。簡潔でわかりやすいのだが、なんか堅苦しい。突っ込まれないよう、網羅性、厳密性に気を配っているからだろう。「年金2000万円問題」騒動がそれを暗示する。

そこで、くだんの金融庁の報告書を、網羅性・厳密性より「本質」を重視して、整理してみよう。

■少子高齢化

まずは「現状整理」から。

少子高齢化が、社会にどう影響するか?

日本人の平均寿命は、この70年間で20年ものびている。このままいけば、「人生100年時代」が到来する。一方、「健康寿命」という概念もある。医療や介護に頼らず、自立した生活が送れる年数のこと。じつは、「平均寿命」と「健康寿命」には大きなギャップがある。男性の場合、平均寿命は81歳だが、健康寿命は72歳。女性は、平均寿命は87歳だが、健康寿命は75歳(2018年)。

つまり、生きていても、働けない、あるいは介護を要する時期が、10年ほどあるわけだ。収入が減り、出費が増えるので、当然、生活は苦しくなる。さらに、銀行の窓口にも行けない状況もあるだろう。だから、健康寿命と平均寿命の差を縮めることが重要だ。

では、どうすればいいのか?

報告書に、具体策は書かれていないが、カネかけて、ジムに通う必要はないだろう。暴飲暴食をさけ、刺激物とアルコールをひかえ、週に3回のウォーキングで十分。それでダメなら、寿命と割り切る。さらに、メタボ対策も重要だ。糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞の引き金になるから。ただし、運動では体重は減らない。そこで、食事の量をガツンと減らす。基礎代謝がおちているから、1日2食で十分だろう。空腹に悩まされるだろうが、それを快感に変えればいい。それがイヤならメタボ。カンタンな2択問題だ。

あと、脳の健康も重要だ。

近年、認知症が増えている。2012年、軽度も含めると、65歳以上の4人に1人が認知症になっている。80歳~84歳では、男性は6人に1人、女性は4人に1人。85歳~89歳では、男性は3人に1人、女性は2人に1人。凄まじい数字だ。社会の大問題といっていいだろう。

というのも、認知症になったら、施設に入れば解決するわけではない。銀行でお金を引き出すこともできない。それ以前に、金を引き出すかどうかの判断もできない。つまり、自分の資産が管理できなくなるのだ。そこで、財産管理能力を喪失した人を守るために「成年後見」の制度ある。

認知症だけはイヤだ、死んだ方はマシ、と言う人も多い。でも、認知症になったら、自殺もできない。誰が言ったか忘れたが、「自殺できる間に、死にたい」は至言だろう。

では、認知症はどうやったら防げるのか?

先日、脚本家の橋田壽賀子さんがTVに出ていた。かつて、「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」で一世風靡したが、すでに94歳。ところが、頭の回転も語り口も30代か40代。これにはビックリだ。文筆は認知症に効果があるというが、本当かも。

とはいえ、誰でも脚本や小説を書けるわけではない。手っ取り早いのは「日記」だろう。気軽に書けるし、他人の批評を気にする必要もない。しかも、人生の記録なので、後々役に立つ。たとえば、健康管理。いつどんな状況で、風邪をひきやすいかがわかる。また、過去の行動と結果から、何をしたらどういう結果になるかも予測できる。今、脚光をあびているAIの機械学習みたいなもの。

つぎに、少子高齢化と世帯モデルの変化について。

少子高齢化で「世帯」が変わりつつある。「高齢者>>若年者」で、夫婦のみの世帯が増えている。さらに、未婚率の上昇、ライフスタイルの多様化で、単身世帯が急速に増えている。かつて、世帯の標準モデルだった「親と子と祖父母の三世代世帯」が激減し、「子供が老後の親の世話をみる」社会システムが崩壊しつつある。

■貯金とリスク資産

収入が低下している、すべての世代で。

まずは賃金。バブル崩壊以降、伸び悩んでいる。さらに、公的年金も減少傾向にある。少子高齢化で「現役世代<引退世代」がすすみ、「納付額<給付額」で、給付額を減らすしかないから(マクロ経済スライド制)。

支出も、収入の低下に連動し、伸び悩んでいる。30代半ばから50代にかけては、支出の低下が顕著で、65歳以上はほぼ横ばい。先進国の中で日本だけGDPが伸びていないのは、当然だろう。

かつて、年金の不足分は、退職金で補填するのが一般的だった。ところが、近年、退職金が減る傾向にある。まず、退職金給付制度がある企業が減っている(2018年で約80%)。さらに、定年での退職給付額は、ピーク時から約3~4割も減少(平均で1700万円~2000万円)。

現役世代は、給料が減って、引退世代は退職金も年金も減る。踏んだり蹴ったり、「消費が増えない→GDPがj増えない」はあたりまえ。じつは、もう一つ「増えない」がある。日本人の金融資産だ。

日本の個人の金融資産は1800兆円(2018年)と、額は凄まじいが、増加率が低い。米国では、75歳以上の高齢世帯の金融資産はこの20年で3倍になっている。一方、日本の同年代の高齢世帯の金融資産はほぼ横ばい。

なぜか?

日本人は、現金・預金しか信用しないから。確かに、現金・預金は額面は減らないが、「実質的価値」は下がっている。預金金利は実質ゼロなので、物価や消費税が上がれば、現金・預金の相対価値は下がる。さらに、株などのリスク資産と比べれば、現金・預金の価値は暴落しているといっていいだろう。

日米の金融資産の内訳をくらべてみよう。日本は、現金・預金が51.5%で、リスク資産(株、投資信託など)は16.8%。一方、米国は、現金・預金は13.4%で、リスク資産は52.4%。うち、株式は35.8%を占める。現金・預金の比率が4倍も違うわけだ。ちなみに、日本の預金金利はほぼゼロで、米国株は過去23年間で5倍。金融資産に大差がついて、あたりまえ。

報告書は、日本の投資状況にも触れている。日本人は、4人に1人が退職金を投資(リスク資産)に回す。ところが、その半数は、投資の比率は退職金の1~3割程度。日本人の現金・預金至上主義は徹底している。一方、報告書は、投資に対し注意をうながしている。

いわく、「退職金は金額が大きので、投資を行う際には、金融の知識を身につけてから臨むことが望ましい」

望ましい?

これは問題だ。取り返しのつかない誤解を招くから。

「退職金をもらったから、金融の勉強をして、投資で儲けよう」と意気込んだら、どうするのだ?

投資に必要な知識は、金融だけではない。どの銘柄、どの分野が上がるかは、テクノロジー(特にディープテック・最先端の研究)によるところが大きい。株は、しょせん、未来の期待値だから。それに、知識は投資の必要条件だが、十分条件ではない。若い頃から、勉強しながら、少額で投資を繰り返す。そんな経験を積まないで、「大金=退職金」を賭けるのはリスクが大きすぎる。ロクな訓練もせず戦場にでるようなもの。株どころか、比較的安全な投資信託でも、損する退職者はたくさんいるのだ。

■日本人のトラウマ

では、退職金と年金で不足するなら、どうすればいい?

金融資産を取り崩すしかない。

65歳時点での金融資産の保有状況みてみよう。夫婦世帯は平均2252万円、単身男性で平均1552万円、単身女性で平均1506万円。ただし、ローン等の負債は引かれていない。「純資産=資産ー負債」でみるべきだろう。金融資産が2000万円あっても、家のローンが2000万円あったら、金融資産は実質ゼロ。

では、年金も退職金も金融資産もあてにならない場合、どうするのか?

報告書に、興味深い記述がある。

「老後に対する不安がある」人が多いが、その要因は「お金」。その対処法として、「働く期間を延ばす」、「生活費を節約する」をあげる人が多い。一方、約3割が「若い頃から資産形成に取り組む」をあげている。ところが、リスク資産をあげた者は2割以下。しかも、実際に投資している割合はさらに低い。意識と行動に大きなギャップがあるわけだ。

その理由として、「まとまった資金がない」、「投資に関する知識がない」、「どのように有価証券を購入したらよいのかわからない」をあげる人が多い。

でも、本当にそうだろうか?

もっと根源的な理由があるような気がする。

かつて、日本には「バブル時代」があった。1980年代後半に、地上に出現した夢の世界。毎年、凄まじいペースで給料があがり、ボーナス袋が直立するほど。若者たちは、クリスマス・イブを、大枚はたいて、高級ホテルで過ごす。主婦が借金して株式投資に精を出す。そんなバブリー社会の象徴が、伝説のディスコ「ジュリアナ東京」だった。ワンレン・ボディコンの女たちが、「お立ち台」で扇を振り回し踊り狂う。給料、土地、株、絵画、会員権、値のつくものはすべて暴騰した。それに浮かれて、金を湯水のように使う。今では、想像もつかない異世界。ところが、バブルが崩壊し、給料は下がり、すべての資産が大暴落した。破産者、破綻した会社は数知れず。

これが、バブル崩壊のトラウマ。だから、日本人は現金と預金しか信用しない。日本人の多くが、こう思っている。「株をやる奴はロクなもんじゃない。極めつけの拝金主義者、守銭奴。いつか、痛い目にあうぞ」

バブル時代は、主婦が借金して株式投資したのに、ウソのような変わり様。

以前、株が急落したとき、TVで街の声が報道された。

「損するのは、株をやっている金持ちだけじゃん。ボクたち関係ないもんね(ざまーみろ)」

ちょっと待って!

あなたの大事な年金、半分が株に投資されていますよ。

《つづく》

参考文献:
・金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
・週刊朝日百科世界の歴史、朝日新聞社出版
・世界の歴史を変えた日1001、ピーターファータド(編集),荒井理子(翻訳),中村安子(翻訳),真田由美子(翻訳),藤村奈緒美(翻訳)出版社ゆまに書房

by R.B

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