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週刊スモールトーク (第417話) 大中華帝国の興亡(1)~世界最終戦論~

カテゴリ : 戦争歴史終末

2019.03.24

大中華帝国の興亡(1)~世界最終戦論~

■大中華帝国の夢

中国の最高指導者・習近平は「大中華帝国」を夢見ている。

かつて、イスラム帝国が世界を「イスラムの家」に、旧ソ連が世界を「マルクス・レーニン主義」に染めようとしたように、習近平は「冊封体制」をもくろんでいる。

「冊封体制」とは、古代から19世紀まで続いた中国の支配体制。周辺国が中国王朝に朝貢し、見返りに恩寵を受ける。「大国」中国の後ろ盾があれば国を治めるには都合がいい。一方、朝貢国は中国王朝に税金をおさめたり、出兵の義務はなかった。ただし、13世紀の元寇では、元朝は朝鮮軍を動員し、日本に侵攻している。

冊封体制は、後に結びつき度合いが異なる「羈縻制(きびせい)」に変わった。古代ローマ帝国の「クリエンテラ制」もこのたぐいだろう。歴史上、このような主従関係はたくさんみられる。

じつは、遠い昔、日本も中国の冊封体制の一員だった。

中国の正史「三国志・魏書・東夷伝(魏志倭人伝)」にこんな記述がある。西暦57年、日本の「奴国」が中国に使者を送り、金印を授かった。その金印が福岡市「志賀島」で見つかっているから、間違いないだろう。歴史の教科書でおなじみの「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」だ。

ところが、日本が中国王朝に朝貢したのはこれだけではない。

それ以前に、日本は定期的に朝貢していた。さらに、238年12月、卑弥呼も魏(三国志)に朝貢し、「親魏倭王」と認められている。その後、396年に倭の五王の初代「讃(さん)」が、443年には倭の五王の3代「済(せい)」が、462年には倭の五王の4代「興(こう)」が朝貢した記録が残っている。つまり、古代日本は、中国の朝貢国だったのだ。

ただし、習近平の「大中華帝国」は「冊封体制」とは似て非なるもの。「冊封体制」では、宗主国の中国と属国はゆるやかな主従関係だったが、「大中華帝国」は中華式の価値観・秩序を強いる。しかも、欧米式の価値観・秩序とは異質なものだ。欧米式は「人権」と「自由競争」を尊重するが、中華式は個より全体を優先する「全体主義」と統制経済の「国家資本主義」。最近、米国から批判をうけている「一帯一路」は「大中華帝国」の布石なのだ。

じつは、「中華帝国」は100年前にも存在した。たった3ヶ月で消滅したが。

20世紀初頭、中国最後の王朝「清」は崩壊に向かっていた。外には欧米列強の侵出が、内には不穏な革命の動きがあり、内憂外患だったのだ。それに便乗したのが内閣総理大臣の袁世凱(えんせいがい)である。袁世凱は北洋軍閥の頭領でもあった。軍閥とは、地方に割拠した私設の軍事組織で、中でも北洋軍閥は最大であった。つまり、袁世凱は清朝でダントツの実力者だったのである。

ところが、1912年2月12日、袁世凱は清朝の宣統帝を退位させる。清朝最高位にありながら、清朝を裏切ったのである。その見返りに、袁世凱は清朝にかわる「中華民国」の臨時大総統に就任した。ところが、強欲な袁世凱は共和国の総理大臣では満足しなかった。皇帝になろうとしたのである。

1915年12月12日、袁世凱は国号を「中華帝国」と改めた。さらに、翌年、帝位につき、洪憲帝と称した。ところが、袁世凱は哀しいほど人気がなかった。北京では学生の反対デモが吹き荒れ、他の軍閥は反乱をおこし、子飼いの北洋軍閥も背を向ける始末。

意気消沈した袁世凱は、1916年3月に退位した。明智光秀の三日天下ならぬ、三ヶ月天下だったわけだ。これが、袁世凱の中華帝国の三ヶ月天下の顛末である

では、習近平の大中華帝国はどうなるのだろう?

欧米相手に勝算はあるのだろうか?

■予言の書「世界最終戦論」

大日本帝国陸軍の石原莞爾は、1940年に予言の書「世界最終戦論」を著した。

遠くない未来に「東洋文明 Vs 西洋文明」の最終決戦が行われる。東洋の盟主は大日本帝国で、西洋の盟主は米国、その勝者が世界を統一するというのだ。

ところが、1941年に始まった太平洋戦争で、大日本帝国は敗北。「世界最終戦論」は修正にせまられている。東洋の盟主を、日本ではなく中国におきかえなくては。中国は、人口が13億人と規格外で、生産力と消費力も圧倒的だから。GDPを制する者が世界を制するのだ。

これは歴史が証明している。

18~20世紀初頭のGDPトップは大英帝国で、世界の覇者として君臨していた。ところが、その後、GDPで米国に抜かれ、米国が世界の覇者へ。覇権は時代とともに移り変わるのだ。というわけで、人類の歴史は「戦いの歴史」でもある。

人類の歴史は長そうで短い。

宇宙が誕生したのは138億年前、地球の誕生は48億年前、種としての人類が誕生したのは約1000万年。道具が使われだしたのは200万年前、文明が誕生したのは1万年前である。

1950年後半、トルコのコンヤ高原で古代遺跡が発見された。最古の文明「チャタル・ヒュユク」である。灌漑農耕を行い、小麦や大麦を栽培し、6000人が暮らしていたという。中世ヨーロッパの都市人口は2000人~3000人なので、立派なものだ。地球最古の都市が「シュメール」なら、最古の町はチャタル・ヒュユクだろう(今のところ)。

じつは、チャタル・ヒュユクが「人類の歴史=戦い」を示唆している。というのも、チャタル・ヒュユクは町の構造が尋常ではない。家と家がくっついて、すき間も道もない。町全体がモノリシック(一枚岩)なのだ。じゃあ、どうやって町中を行き来した?

屋上を使ったらしい。つまり「町の屋上=街路」。

なんと素晴らしい発想だろう、古代人、あなどりがたし、と讃えたいところだが、人間の(性悪な)素性を示唆している。というのも、町は一枚岩で「居住区=城壁」、つまり「外敵からの防衛」を意図している。人類は1万年前から「戦い」が日常化していたわけだ。

ところが、不思議なことに、いまだに地球は群雄割拠。「世界統一」は程遠い。

■世界統一への夢

これまで、幾多の文明が世界制覇に挑んできた。

古代ローマ帝国、ペルシャ帝国、アレクサンドロス帝国、イスラム帝国、モンゴル帝国、大英帝国、いずれも広大な領土を支配したが、世界統一には至らなかった。つまり、世界統一は征服者の見果てぬ夢なのだ。

一方、知識人も「世界統一」を夢見ている。物理学者のアインシュタイン、哲学者のバートランド・ラッセル、誰もが知る知の巨人たちだ。いわく、「世界連邦」が成立すれば、戦争がなくなり、みんなハッピー!

素晴らしい。でも、重大な問題が2つある。

一つは、世界連邦に到るまでに、無数の局地戦と最終決戦があり、大破壊と大殺戮が避けられないこと。しかも、最終決戦は核戦争になるだろうから、世界連邦が存続しているかどうかも怪しい。

もう一つは、「世界連邦」は自然の摂理に反すること。地球48億年の生物の歴史がそれを物語る。

この世界の基本ルールは単純な試行錯誤だ。生殖で新しいDNAを作り出し、まれに突然変異でDNAを書き換え、多種多様な種を創造し、自然淘汰でふるいにかける。結果、環境に適応した種だけが生き残る。これが進化の法則なのだ。

その「多種多様」ぶりが凄まじい。とくに数億年前のカンブリア紀、おびただしい数の生物種が出現している。ツッコミどころ満載の奇妙キテレツな生物でいっぱいだ。

たとえば、「ハルキゲニア」は、細長い胴の腹に一定間隔で足が何本も並んでいる。同じように背中にトゲが何本も並ぶ。何のためにあるのか、全然わからない。また「オパビニア」は目が5つもあり、口が細長く突き出ている。目が3つならナットクできるかも。第三の目が超能力をもたらすという漫画があるから(手塚治虫の「三つ目がとおる」)。

自然は、こんな稚拙な工作をせっせと繰り返し、多種多様の生物種を創りだした。それをまとめて、自然というアリーナに放り込み、淘汰したのである。そこで生き残った種だけが、次世代へと続くわけだ。

つまり、地球の基本原理は「多様化と淘汰(戦い)」にある。行き当たりばったりの試行錯誤といってもいいだろう。だから、「世界連邦」は自然の摂理に反するのである。地球上の生物種が一つになるようなものではないか(ありえない)。

というわけで、このまま推移すれば、石原莞爾の予言「世界最終戦」は的中するだろう。ただし、世界統一が実現するとは限らない。核戦争の問題があるから。

第二次世界大戦の連合国最高司令官で、後に米国大統領になったアイゼンハワーはこう言っている。

「核戦争は、敵を倒すことと、自殺することが一組になった戦争」

核爆発の直撃で死ぬ人は、まだ幸せかもしれない。放射能汚染で、のろのろ臼でひかれるように死ぬ方が怖い。それを題材したのが映画「渚にて」だ。音もなくしのびよる放射能、徐々に間引きされていく人間たち・・・直撃で蒸発した方が幸せですよね。

■東洋文明 Vs 西洋文明

では、「東洋文明 Vs 西洋文明」の最終決戦は、本当におきるのだろうか?

中国と米国のトップ次第だろう。

中国の習近平は、これまで米国とアジア諸国をあからさまに挑発してきた。経済しか興味がないクリントン、詩人のオバマなら通用しただろうが、今の米国政権はムリ。トランプ大統領は、正論だが品位に欠ける「アメリカ・ファースト」を押し出し、ペンス副大統領は、共産党が倒れるまで戦うと明言しているから。

しかし、習近平はリアリストだ。

エリート層出身だが、「お坊っちゃま」なところがゼンゼンない。機を見るに敏で、環境に適応する力がある。あれほど、米国を挑発していたのに、トランプ政権が引く気がないのを見て取ると一転、トーンダウン。米国側の顔色をうかがっている。

とはいえ、米国の言いなりになっていると、今度は自分のクビが危ない。そこで、足元を固めるため、ありとあらゆる手をうっている。国家主席の任期「2期10年」を撤廃したのもその一つだ。さすが、13億人のトップにのし上がるだけのことはある。

習近平は、今頃何を考えているのだろう?

鄧小平をみたいに狡猾にやった方が良かったかな。米国と付かず離れずで時間を稼いで、GDPで米国を抜いて、AI技術で凌駕したら、一気に勝負!そう考えているのかもしれない。

一方、米国はどうだろう?

じつは、トランプ政権はペンス副大統領のような対中国強硬派ばかりではない。米国の安全保障より、個人資産が大事な人もいるのだ。たとえば、中国に多額の投資をしている資本家たち。中国が米国に潰されてはたまらないですよね。

■グローバリストとナショナリスト

米国の支配層は2つに大別できる。グローバリストとナショナリストだ。

グローバリストは、国や民族や文化を超えた「世界標準」を作ろうとしている。リベラルな感じがして良さげだが、そうでもない。グローバリストの「世界標準」とは、つまるところ「マネー」なのだ。つまり、すべての価値基準をマネーにおく拝金主義者。その象徴が、米国のウォール街の住人だろう。

グローバリストは、米中冷戦には否定的だ。現に、米中貿易戦争がはじまって、世界経済は落ち込んでいる。今後さらに落ち込むのは間違いない。だから、米中冷戦なんぞさっさと終わらせて、商売繁盛!を願っていることだろう。

一方、ナショナリストは国の安全保障と民族を第一に考える。米国のペンス副大統領は、たとえ、世界大恐慌がおこうろと、中国共産党を倒すと明言したという。つまり、目先の経済より国家安全保障を優先しているわけだ。

米国のトランプ大統領も中国の習近平国家主席も、バリバリのナショナリストだ。だが、一方で、経済がダメになると自分のクビが飛ぶことも知っている。だから、決して経済をないがしろにしない。ここが、ペンス副大統領との違いだ。

とはいえ、今世界中でナショナリストが台頭している。クリントン政権やブッシュ政権の時代、グローバリズムが絶対正義のように喧伝されたのがウソのようだ。

中国の習近平皇帝、米国のトランプ閣下、ロシアのプーチン大帝、偉大なる指導者金正恩様、いずれも名うての勝負師だ。くわえて、バランス感覚に優れたリアリストでもある。一歩も引かないと見せかけて、状況が変われば、瞬時に対応する。変わり身の速さは天下一品だ。ところが、絶対ブレない芯もある。

彼らに共通するのは、問題解決力の高さだろう。しかも、意識が「1%でも生存確率を上げる」にフォーカスされている。躊躇も、迷いも、逡巡もない。恐るべき集中力だ。21世紀はこんなタフな指導者たちが相争う世界。何が起こるかは、神さえ知らない・・・

《つづく》

by R.B

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