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週刊スモールトーク (第400話) テンプル騎士団(3)~ヘルメス文書と異端疑惑~

カテゴリ : 人物思想歴史

2018.07.29

テンプル騎士団(3)~ヘルメス文書と異端疑惑~

■フィリップ4世と織田信長

フランス王フィリップ4世は血も涙もない冷血漢・・・は半分アタリで半分ハズレ。

免税特権のある聖職者に課税し、ローマ教皇を憤死させ、テンプル騎士団は解体のうえ、財産没収、しかも、すべて「お金」のため・・・これではフォローのしようがない。

でも、目的のためなら手段を選ばないは、指導者ならあたりまえ?

さらに、最終目的が政治改革なら、君主の鑑(かがみ)?

事実、フィリップ4世は優れたリーダーだった。しかも、実績がともなっている。彼の政治改革で、フランスは近代国家へと突き進むのだから。

フィリップ4世が目指したのは絶対王政だった。

官僚機構と常備軍をそなえた中央集権国家である。とはいえ、言うは易く行うは難し。莫大なお金がかかるのだ。しかも、旧勢力(封建諸侯)の抵抗は避けられない。ヘタをすると、こっち(君主)が寝首をかかれる(歴史上よくある話)。

というわけで、フィリップ4世は、問答無用、阿修羅のごとく戦ったのである。

この胸のすくような生き様は、日本の戦国時代の覇者、織田信長を彷彿させる。事実、フィリップ4世と織田信長は驚くほど共通点が多い。

たとえば・・・

1.超リアリスト

大業をなす人物の最大公約数だ。スターリン、ヒトラー、朱元璋、フィリップ4世、織田信長・・・彼らにとって、問題は「解決すべき対象」でしかない。

2.明確なビジョン

織田信長は「天下布武」、フィリップ4世は「絶対王政」だった。ココロに刷り込まれたビジョンがないと、苦難に遭遇すると、カンタンに折れる。

3.明晰な判断力、非情な決断力、圧倒的な行動力

日々の戦いで使う武器。これがないと、身が持たない。

4.実力主義

一人でできることは限られている。強力な家臣団が必要だ。とはいえ、頭数だけそろえても、枯れ木も山のにぎわい、コストにしかならない。身分や出自にとらわれず、「能力+実績」で登用するのが合理的。

5.イケメン

フィリップ4世は淡麗王とよばれた。織田信長は、バテレンが描いた肖像画が残っているが、映画俳優のような顔立ちだ。「国盗り」には関係ないけど。

最後に・・・二人とも、スタートアップがパッとしなかった。

まずは織田信長。大名家の生まれではない。父の織田信秀は、尾張国を支配する織田達勝の3奉行の1人だった。さらに、織田達勝も尾張国すべてを支配していたわけではない(尾張の半分)。つまり、織田信長の父は、尾張国半分の支配者の家来・・・こんな地方の一家臣からのし上がり、日本の半分を征服したのだ。

つぎにフィリップ4世。フランス王家(カペー朝)の跡取りだったが・・・ちょっと問題が。

カペー朝は、987年、ユーグ・カペーが創設した王朝だが、フランス全土を支配していたわけではない。王領は、パリを中心とするイル・ド・フランスに限られていた。

残りの土地は?

複数の諸侯が支配していた。つまり、フランスは寄せ集めの封建国家だったのである。

さらに、諸侯の中には、カペー朝より有力な名家があった。たとえば、アキテーヌ公爵家は、ポワトゥー伯爵とガスコーニュ公爵を兼ねる大公爵家だった。その領地は、なんと王領の3倍!カペー朝は「名ばかり王朝」だったわけだ。古代の中国の周王朝のように。

というわけで、フィリップ4世も織田信長も、スタートは「one  of them」・・・パッとしない。

■フランスの官僚制

フィリップ4世は、「名ばかり王」から脱皮したかった。王にふさわしい強大な王権を確立するのだ。そのためには、王が任命した官僚を取り立てて、諸侯(貴族)の力を削ぎ落とすしかない。つまり、貴族による封建体制から、官僚による中央集権体制へのパラダイムシフトだ。

フィリップ4世が官僚に登用したのは、市民階級や下級貴族だった。ローマ法に精通した「レジスト(法律家)」とよばれる専門家集団だ。彼らは大学出で、頭が切れて、知識も豊富だった。フィリップ4世は、このテクノクラート(専門家)集団を使い、政治システムを再構築した。内閣にあたる書記局、最高裁判所にあたる高等法院(パルルマン)、議会の原型となる三部会を設置したのである。

この新体制で、優秀な官僚が続出した。たとえば、ギヨーム・ド・ノガレ。フィリップ4世の腹心の中の腹心で、ローマ教皇との争いを勝利に導いている。

ギヨーム・ド・ノガレは、おそらく市民階級の出身で、トゥールーズ大学の法学教授だった。その後、行政機関に入り、高等法院(最高裁判所)の判事をへて、大法務官(国王の右腕)にのぼりつめる。

ちょうどその頃、フィリップ4世とローマ教皇の聖俗バトルが始まった。それを仕切ったのが、ギヨーム・ド・ノガレである。「アナーニ事件」、「教皇のバビロン捕囚」・・・神をも恐れぬ大技で、カトリック教会をおさえこんだ。

一方、正義を重んじる官僚もあらわれた。ジル・エスランである。

公明正大をモットーとし、「テンプル騎士団の解体」では、一人苦言を呈している。王命でも、ダメなものはダメなのである。それでも、ジル・エスランは失脚することはなかった(フィリップ4世の存命中は)。

フィリップ4世は器の大きなリーダーだった。たとえ反論されても、誰もが認める公正さ、潔癖さがあれば、重用する。イヤなところは目をつむり、良いところだけ使う。わかっちゃいるけど、実践は難しい。

一方、この時代、ヨーロッパの支配構造が変わった。

ローマ教皇や神聖ローマ帝国のような「超国家」が衰退し、主権国家が台頭したのである。普遍的権威が消失し、調停役がいなくなったわけだ。結果、戦争はルールもなく、広域かつ大規模なものになった。その象徴が「三十年戦争」だろう。1618年から30年も続いた史上初の国際戦争で、ヨーロッパの人口が3分の1に減った。

この凄惨な戦争に心を痛めたのがオランダの法学者グロティウスだった。彼は、「戦争と平和の法」を著し、戦争にもルールがあるべきだと主張した。「国際法の父」とよばれるゆえんである。

つまりこういうこと。

フィリップ4世は、血も涙もないけど、新しい時代の勝ち組だった!?

■テンプル騎士団の最期

ところで、テンプル騎士団は本当に無罪だったのだろうか?

じつは「異端」の疑いがあるのだ。

団員がサタンと通じていたとか、異端説を触れ回ったとか・・・そんなあからさまな異端ではなく、隠れ異端。

テンプル騎士団が「ヘルメス思想」の影響をうけていたというのだ(※1)。

ヘルメス思想の歴史は古い。起源は、2世紀~3世紀、エジプトで書かれた「ヘルメス文書」までさかのぼる。ただし、文書とはいえ、聖書のように体系化されていない。直接つながりのない複数の文書の寄せ集め。しかも、すべて匿名だ。だから、ちょっと謎めいている。

内容はもっと謎めいている。

「ギリシャ神+エジプト神=ヘルメス・トリスメギストス」が人間に授けた知恵という体裁をとる。そのため、古代地中海世界では、「太古の叡智」として一世風靡した。

特徴は、「神性」より「知性」を重んじること。ただし、「知性」といっても、「サイエンス」ではない。理屈っぽいが、どこか神秘的で、テーマも占星術、錬金術、魔術が多い。

「ヘルメス思想」を俯瞰すると、(新)プラトン主義をベースに、グノーシス主義をトッピングした感じ。展開はロジカルなのだが、最後はぜんぶ大八車にのせられて、神秘主義に直行。だから、サイエンスとは言い難い。とはいえ、読み物としては面白いし、サブカル・ネタが満載・・・おっと、話はそこではない。「グノーシス主義」はキリスト教最大の異端、ゆえに、ヘルメス思想は「異端」と言いたいのだ。

もっとも、ヘルメス思想の「異端」は、グノーシス主義をもちだすまでもない。

というのも、ヘルメス思想の核は、「天上は地上、地上は天上」、「全は一、一は全」・・・汎神論を彷彿させる。汎神論によれば、すべての存在は神と一致する、つまり、「世界=神」。

問題は、世界と神、どっちに目を向けるか。

もし、「世界」に目を向ければ、「神」は「世界」に呑み込まれ、「唯物論=無神論」となる。キリスト教にとって、サイアクの異端だ。

というわけで、テンプル騎士団は清廉潔白というわけではなかった。もっとも、フィリップ4世にとって、それはドーデモいい。カネさえ手に入ればいいのだから。ただし、バレバレの冤罪なので、証拠は完全に隠滅する必要がある。だから、事情を知る者は一人残らず・・・

1314年3月18日、パリのノートルダム大聖堂の前で、赤い炎が燃え上がった。

テンプル騎士団の23代目にして最後の総長ジャック・ド・モレーと、ノルマンデイ管区長ジョフロワ・ド・シャルネーが火あぶりにされたのである。ジャック・ド・モレーは、燃えさかる火の中でこう叫んだという。

「王と教皇は、すぐに神の御前で、わたしと会うだろう」

王(フィリップ4世)は陰謀の張本人、教皇(クレメンス5世)は家臣を見捨てた裏切り者・・・だから恨み骨髄。

1ヶ月後、クレメンス5世はこの世を去った。一方のフィリップ4世は脳梗塞で倒れ、同じ年の11月に死んだ。ジャック・ド・モレーの預言は的中し、呪いは成就したのである。

テンプル騎士団の都市伝説のはじまりだった。

参考文献:
(※1)週刊朝日百科 世界の歴史 37巻 朝日新聞社出版
(※2)世界の歴史を変えた日1001 ピーター ファータド (編集), 荒井 理子 (翻訳), 中村 安子 (翻訳), 真田 由美子 (翻訳), 藤村 奈緒美 (翻訳) 出版社 ゆまに書房

by R.B

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