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週刊スモールトーク (第393話) 火刑の歴史(2)~集団ヒステリー~

カテゴリ : 歴史社会

2018.04.21

火刑の歴史(2)~集団ヒステリー~

■舞踏病

「魔女狩り」はなぜおきたのか?

数人ならまだしも、村中の人間が「魔女」を信じたのだ・・・

ひょっとして、魔女が本当にいた?

それはないだろう。

悪魔のような性悪女はいるが、ほうきで空を飛び回る女はみたことがないから。そもそも、岩石が浮き上がるようなもので、万有引力の法則が成立しないではないか。

というわけで、「魔女狩り」の原因は「集団ヒステリー」が有力だ。

「集団ヒステリー」とは、個のヒステリーが集団のヒステリーに伝播・拡大すること。

たかがヒステリー、されど破壊力はあなどれない。ネズミ講式ドミノ倒し・・・核分裂と同じだから。

たとえば、17世紀アメリカ植民地でおきた「セイラム魔女裁判」。100人以上が、魔女・魔術使いの容疑で告発され、19人が処刑されたのだ。

つまりこういうこと。

伝染病のシーズ(種)は、「細菌・ウィルス」だけでなく「人間の心」もアリ。「心理戦」ならぬ「心理染」・・・

ところが、「集団ヒステリー」が引きおこすのは「魔女狩り」ばかりではない。

たとえば、南イタリアの「舞踏病」。

15世紀から17世紀頃、南イタリアで不思議な病気が流行した。手足がけいれんし、身体をばたつかせ、吐いたり、しゃっくりがでたり。大声で叫んだかとおもえば失神・・・ハタ目には発狂したとしか思えない。

当初は毒グモが疑われた。この地方に生息するタラントゥラだ。その姿形は、見るからに恐ろしげで、こんなのにかまれたらひとたまりもない、というわけだ。

じつは、「タラントゥラ」は、その地方の都市タラントに由来する俗称で、正しくは「コモリグモ」。

話はそこではなく、問題は、クモの毒は感染するか?

クモにかまれたら・・・「空気感染」はないだろうし、「接触感染」の可能性も低い。精神錯乱の人間に触りたい人はいないだろうから。つまり、毒グモの「伝染病」は考えにくい。

そもそも、タラントゥラの毒性は見てくれほどではないらしい。クモの中でも、特に強い方ではないのだ。

それに、かまれたとしても、命をおとすわけでもない。意味不明のパーフォーマンスを繰り返すだけ。そこで、南イタリアの人たちは、これを「舞踏病」と命名し、音楽までつけたのである。それが「タランテラ舞曲」で、舞踏病が消滅した今でも残っているという。

では、舞踏病の原因は何だったのか?

魔女狩りと同じ「集団ヒステリー」が有力だ。

じつは、日本にも似た話がある。言動がおかしくなったら、キツネが取り憑いた・・・これを「キツネ憑き」という。

というわけで、一件落着?

いや、舞踏病にはまだ謎がある。

なぜ、「南イタリア」なのか?

■スペインの世界征服

集団ヒステリーとは・・・神経質な人たちが、ストレスの多い環境に閉じ込められたとき起きる集団的現象。それが、陽気なラテン人、風光明媚な南イタリア?

ナポリ、ポンペイはいいところだ。抜けるような青い空と海、サンサンと降り注ぐ太陽の光。3月末でもポカポカ、神に祝福された土地としか思えない。そんな場所で、どうやったら、集団ヒステリーが発生するのだ?

じつは・・・

舞踏病が発生した15世紀~17世紀、南イタリアは強ストレスの環境だった。というのも、スペインに支配されていたのだ。

スペインがイタリアを支配?

この時代、スペインはヨーロッパの覇権国家だった。

イギリス、フランス、ドイツは?

イギリスはまだ小国だった。北部のスコットランドは独立していて、支配地はブリテン島の南部のみ。だから、正しくは「イギリス」ではなく「イングランド」。

フランスは、絶対王政に踏みだしていたが、お金がなかった(借金まみれ)。それが原因で、とんでもない事件がおきる。

14世紀初頭、フランス王フィリップ4世が、金欲しさに、テンプル騎士団を解体したのだ。騎士団に「異端」の濡れ衣を着せ、会員を逮捕し、全財産を没収。さらに、真実を隠蔽するため、騎士団総長ジャック・ド・モレーら幹部を火あぶりにした。それでも、財政難は解消しなかったのだが・・・

ドイツの状況は、もっとひどかった。ルターの宗教改革で、宗教戦争が勃発、全土が荒廃していた。小さな領国に分裂して相争い、中央集権にはほど遠かった。

というわけで、イギリスもフランスもドイツも、国内で手一杯で、「大航海時代」どころではない。

一方、スペインは違った。

1516年、カルロス1世が即位すると、都市や身分制議会(コルテス)の特権や自由を縮小し、強固な中央集権体制を確立した。さらに、悪名高い宗教裁判で新教(プロテスタント)を弾圧し、旧教(カトリック)の盟主として世界支配をもくろんだ。

世界支配!?

史実をみてみよう。

即位して3年後、カルロス1世は、南ドイツの財閥フッガー家の資金援助をえて、神聖ローマ皇帝に選ばれた(カール5世)。スペイン王と神聖ローマ皇帝を兼任したのである。くわえて、ネーデルラント(オランダ)、南イタリアを支配下におき、1580年にはポルトガルをも併合した(フェリペ2世)。

この時点で、スペインの支配地は・・・ドイツを中心とする西ヨーロッパ(フランスを除く)、イタリア半島、イベリア半島、アメリカ大陸の一部・・・ヨーロッパ最大の帝国である。

さらに、15世紀後半からはじまる大航海時代が、スペインに巨万の富をもたらした。

アメリカ大陸の植民地から、大量の金銀が持ち込まれたのである。とくに銀の量はすさまじく、歴史上有名な「価格革命」をひきおす。銀は装飾品の材料になるが、「貨幣の顔」ももつ。そのため、「貨幣>>モノ」になり、物価が高騰したのである。

この時代、スペインは軍隊も最強だった。

ワールドカップのスペインチームの別称「無敵艦隊」は、この時代のスペイン海軍に由来する。さらに、陸軍もヨーロッパ最強だった。いち早く火器を導入し、兵数も装備もダントツ。そんなこんなで、ヨーロッパ諸国はスぺインに戦々恐々で、「スペインが動けばヨーロッパは震える」というありさまだった。

ましてや、小国の南イタリアは・・・スペインにされるがまま。

事実、南イタリアはスペイン側の厳しい監視下にあった。住民は、抑圧され、不満がたまり、爆発寸前だった。ところが、村落は閉じられた社会で、外にむけて発散できない。社会的内圧が高まる一方だった。そこで、何かおきれば、あっという間に伝播・・・集団ヒステリーは必然だったのである。

■集団ヒステリー

集団ヒステリーは、子どもや女性におこりやすいといわれている。

通説によれば・・・

「ヒステリー」という語は、ギリシア語の「ヒステリア(子宮)」が語源で、婦人病とみなされていた。子宮が不規則に位置を替えることが原因とされたのだ。科学的根拠に欠け、気味が悪く、今なら女性蔑視と言われかねない。

もちろん、男は集団ヒステリーをおこさない、というわけではない。

米国ドラマ「プリズン・ブレイク」に面白いエピソードがある。

シーズン1で、刑務所内で、大暴動が発生する。原因はたわいもないこと。ところが、すべての檻の扉が開くと、集団ヒステリーが発生した。囚人たちは檻から飛び出し、日頃のうっぷんを晴らすべく、破壊と殺戮の限りをつくした。抑圧されたココロが炸裂したのだ。

冷静に考えれば・・・

刑務所を占拠したところで、州警察がやってくる、それでダメなら軍隊だ。どう考えても勝ち目はない。ところが、最後は捕まろうが、刑期が延びようが、みんなでやればコワくない・・・これが集団ヒステリーなのである。

もちろん、これはドラマ。でも、現実に米国の刑務所で暴動がおきている。2018年4月15日、サウスカロライナ州ビショップビルの刑務所で、暴動が発生、受刑者7人が死亡、17人が負傷した。

さらに、捕虜収容所や学生察でも、集団ヒステリーによる暴動の記録が残っている。つまり、程度の差はあれ、老若男女をとわず、集団ヒステリーは発生するのである。

人類の歴史は、魔女狩り、赤狩り(冷戦時代の米国の共産党員狩り)、民族差別(ユダヤ人迫害)、ジェノサイド(民族絶滅)、カルト教団の集団自殺・・・集団ヒステリーは枚挙にいとまがない。

みんな安心立命なら、集団ヒステリーの発生確率は低下する。だから、国家、企業、団体をとわず、ガバナンスのキモは、構成員のストレス軽減。「基本的人権とは生存権」なんて言っていると、革命がおきますよ、閣下。

《つづく》

参考文献:
・週刊朝日百科世界の歴史、朝日新聞社出版

by R.B

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