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週刊スモールトーク (第367話) 世界初の潜水艦(3)~アメリカ独立戦争~

カテゴリ : 人物歴史科学

2017.07.23

世界初の潜水艦(3)~アメリカ独立戦争~

■一発の銃声

歴史に残る大戦争も小さなイザコザから・・・はよくある話。

アメリカ独立戦争もそうだった。

この戦争は、アメリカ13植民地と本国イギリスが戦ったが、最終的に植民地が勝利した。現在のアメリカ合衆国である。戦いは8年も続いたが、始まりは小さなモメゴトだった。

1775年4月19日、アメリカのマサチューセッツ州レキシントンで、イギリス兵とアメリカ植民地側がもめた。

イギリス兵が、武器を徴発しようとして、アメリカの民兵が抵抗したのである。そのとき、一発の銃声がした。どちらが発砲したかは重要ではないだろう。その銃声で銃撃戦が始まり、アメリカ独立戦争に突入したのだから。

とはいえ、銃撃戦の犠牲者は、アメリカ側8名、イギリス側0名。時代と場所を考慮すれば、戦闘というより抗争だろう。

■凧の雷実験とフランクリン

ベンジャミン・フランクリンは、政治家、外交官、実業家、科学者、発明家、そして、アメリカ合衆国建国の大功労者である。

アメリカ独立戦争が始まると、フランクリンはヨーロッパに渡り、外交に奔走した。その結果、ヨーロッパ諸国は中立を守ってくれた。さらに、フランスはアメリカ植民地と同盟し、援軍まで出してくれた。だから、フランクリンの外交は、数個師団の軍事力に匹敵する。

ただし、すべてフランクリンのおかげというわけではない。もちろん、フランスの善意でもない。というのも、当時、イギリスは、世界最大の植民地を保有し一人勝ちだった。そのため、ヨーロッパ諸国のひがみ・ねたみ・そねみを一身に浴びていたのである(特にフランス)。だから、みんな損得勘定。

この構造は日露戦争に酷似している。

日露戦争は、20世紀初頭、日本とロシアが戦った戦争である。ところが、日本は軍資金がなかった。そこで、日本全権の高橋是清は、ヨーロッパで外貨獲得に奔走した。最終的に、資金は調達できたが、決め手となったのは、アメリカの銀行家ジェイコブ・シフの投資である。

ところが、シフが投資を決めた理由は、高橋是清の人徳でも心意気でもなかった。もちろん、善意でもない。シフはロシアに一矢報いたかったのである。ロシア帝政はユダヤ人を迫害していたから。シフはユダヤ人だったのである。

ユダヤ人の迫害はナチス・ドイツだけではない。ヨーロッパではデンマークをのぞき、根が深い。19世紀末フランスでも、ドレフュス事件がおこっている。ユダヤ人将校のスパイ疑惑から始まり、政府、国軍、国民を巻き込む大疑獄事件に発展した。

というわけで、外交に善意も正義もない。損得勘定が支配する「取引」の世界。そして、「取引」はお互いに欲しいものがないと成立しない。ところが、日本人はそれに気づかない。韓国、北朝鮮、中国、ロシア相手に、理屈が通らないと、嘆いているのだから。おとぎ話かファンタジーを観ているような気分だ。

話をもどそう。

フランクリンは、アメリカ合衆国独立の大功労者である。事実、フランクリンは、1776年、アメリカ独立宣言の起草委員に選ばれた。さらに、トーマス・ジェファーソン(第3代アメリカ合衆国大統領)らとともに、最初に署名する名誉にあずかった。

一方、フランクリンは科学者としても功績がある。教科書にもでてくる「凧の雷実験」だ。

凧の糸の先にライデン瓶をつないで、雷実験を行ったのである。

ライデン瓶とは、静電気を蓄積する物理実験の装置。この中に、雷を誘導しようというのだ。雷鳴とどろく中、この凧をあげたところ、ライデン瓶に静電気が確認された。

つまり・・・「雷=電気」が証明されたのである。

■必然の発明と偶然の発明

歴史上の発明は、たいてい高い必然性がある。ところが、まれに偶然がまじっている。

たとえば・・・

ナチスドイツのV2ロケット

V2ロケットは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の元祖で、史上初めて大気圏外を飛行した。だから、歴史的意義は大きい、でも、コスパは最悪(兵器として)。

というのも、V2ロケットは、火薬の量が1トンしかなく、破壊力が貧弱だった。V2ロケットが7ヶ月間かけて撃ち込んだ爆弾の量は、イギリス空軍の一晩の爆撃におよばなかったのである。

しかも、V2ロケットの火薬は、爆発力の低い60/40アマトール爆薬だった。高性能火薬は、大気圏突入時の高熱で自爆するからである。

さらに、開発費は現在の貨幣価値で2兆円・・・コスパ悪すぎ。

この壮大なプロジェクトは、ドイツのモノ不足をさらに深刻にしただけで、何も得るものはなかった。(開発者の)フォン・ブラウンの満足をのぞいて。

もう一つの偶然の発明が原子爆弾。

主導したのはアメリカのマンハッタン計画だが、V2ロケットと酷似している。ともに第二次世界大戦中に開発され、開発費も同じ2兆円、そして、兵器としてのコスパは最悪・・・も同じ。2兆円に見合った破壊力がないのだ。

たとえば、第2次世界大戦中、最大の破壊兵器といえば広島・長崎に投下された原子爆弾だが、東京大空襲で使用された焼夷弾の方が被害が大きい。

広島の原爆投下では、最終的に15万から20万人の市民が犠牲になった。ところが、1945年3月10日の東京大空襲では、1日で10万人以上が犠牲になっている。

このとき、使われたのが焼夷弾である。焼夷弾は爆風や爆弾の破片で破壊する爆弾ではない。「焼き尽くす」爆弾である。東京の下町は木造家屋が多いので、甚大な被害がでたのである。対象にあわせて、最も効率のよい兵器を作る。人間がいかに性悪で残酷な生物かがわかるというものだ。

「原子爆弾」偶然説には、もう一つ根拠がある。当時の技術では実現不可能だったのだ。

日本にも原子爆弾製造計画があったが、早々に断念されている。ナチスの原子爆弾もしかり。計画はあったが、中心人物のハイゼンベルクは実現は不可能と考えていた。

広島の原爆投下を知らされたとき、ハイゼンベルクはこう言ったという。

「ありえない・・・」

つまり、「1945年の原子爆弾」に必然性はない。というか奇跡だろう。量子力学を初めて体系化し、31歳でノーベル物理学賞を受賞したハイゼンベルクがそう言ったのだから。さらに、原爆投下を命じたアメリカ合衆国のトルーマン大統領もこう断言している。

「アメリカ以外が原子爆弾を保有することは未来永劫ありえない」(マンハッタン計画の責任者オッペンハイマー博士との会話の中で)

結局、偶然の発明は、行きつくところ「人」なのだろう。

もし、マンハッタン計画にオッペンハイマーがいかったら、1945年に原子爆弾は完成しない。フォン・ブラウンがいなかったらV2ロケットが完成しないのと同じように。

ブッシュネルの潜水艇「タートル号」も同じである。

わざわざ水中に潜って、敵艦に爆弾をしかけるくらいなら、艦載砲で攻撃した方が手っ取り早い。つまり、兵器としてのコスパは最悪。

しかも、電気も動力もない時代に、どうやって、潜航するのだ?

つまり、技術的にもムリ。

ではなぜ、1775年に潜水艇「タートル号」が発明されたのか?

3つの運命の糸が、都合よくつながったから。

デヴィッド・ブッシュネル、アメリカ独立戦争、ベンジャミン・フランクリン・・・やはり、「人」がキーなのだ。

■秘密基地

1772年、デヴィッド・ブッシュネルは、船を破壊できる潜水艇を研究していた。ただし、大学の研究テーマとして。

道には馬車、海には帆船、空には鳥という時代に、潜水艦?

ムリ。

だから、何ごともなければ、ブッシュネルの潜水艇は「大学の卒研」で終わっていただろう。ところが、1775年4月、大事件がおきる。アメリカ独立戦争である。

この戦争が、ブッシュネルと潜水艇の運命を変えた。

事の始まりはベンジャミン・ゲイル博士。

彼は、ブッシュネルの「タートル号」の熱心なファンだった。そして、アメリカ植民地政府の要人ベンジャミン・フランクリンの友人でもあった。

ゲイルはフランクリンにこんな手紙を書いている。

「(ブッシュネルの)タートル号は、画期的な水中機械で、イギリス戦艦を撃沈することができる」

時代を考慮すれば、一笑に付されるところだが、フランクリンは科学技術に明るかった。しかも、アメリカ植民地政府の有力な政治家でもある。

この頃、すでにアメリカ独立戦争が始まっていた。開戦早々、イギリスは優勢な海軍力を活かし、アメリカの港を海上封鎖していた。

一方のアメリカ植民地側は、打つ手なし。海上封鎖を解こうにも、海軍すらないのだから。だから、フランクリンはタートル号に賭けるしかなかったのかもしれない。ワラにもすがる思いで。

この頃、アメリカ軍の新しい総司令官にジョージ・ワシントンが就任した(アメリカ合衆国初代大統領)。ベンジャミン・フランクリンは、そのワシントンに会うために、マサチューセッツのケンブリッジに向かった。その途中、セイブルックに立ち寄り、ブッシュネルの潜水艇を視察した。

タートル号をみて・・・フランクリンは感動した。これなら、イギリス艦隊に一泡吹かせられるかもしれない。そこで、ワシントンにタートル号を推挙したのである。

こうして、ブッシュネルの研究は、アメリカ植民地政府の支援をえることになった。

とはいえ、時代は18世紀、しかも、貧乏な植民地アメリカに、大金を投じる余裕はない。

そのため、研究施設はつつましいものだった。

場所は、ブッシュネルの実家に近いコネティカット川のプーヴアティ島。島に小さな小屋があり、それが潜水艇開発の秘密基地だった。周囲の住民には、漁船の倉庫業だと偽った。イギリス側にバレるとおしまいだから。

それにしても、離れ小島の掘っ立て小屋が秘密基地・・・ナチスドイツのV2ロケットの「ペーネミュンデ秘密基地」とは比べようもない。

■リークした国家機密

1775年10月、ベンジャミン・フランクリンは、コネティカット川の岸辺に立っていた。ブッシュネルの潜水艇の実験を確認するために。

ブッシュネルの弟エズラが操縦するタートル号は、潜水し、廃船を木っ端微塵に吹き飛ばした。実験は成功したのである。フランクリンは、タートル号がイギリス艦隊に対抗しうる「秘密兵器」だと確信した。

実験の成功を喜んだのは、フランクリンだけではなかった。推薦したゲイル博士も大喜びで、友人にこんな手紙を書き送っている。

「(ブッシュネル)のタートル号は、水中に潜り、廃船を爆発した。イギリスの戦艦に対抗できる兵器になるだろう」

ところが・・・

この手紙がイギリス側に漏れてしまった。

一体、どうやって?

コネティカット州キリングワースの郵便局長は、イギリス国王の支持派だった。さらに、ゲイル博士がアメリカ独立支持派だということを知っていた。そこで、ゲイル博士の手紙を検閲していたのである。

こうして、「ブッシュネルのタートル号」はイギリス側に露見する。

まず、郵便局長が、ゲイル博士の手紙の写しをニューヨークの元総督ウイリアム・タイロンに送った。

それを読んだタイロンは驚愕した。すぐに、ボストン港を封鎖しているイギリス艦隊の司令官モリニュー・シュルダム中将に連絡する。

「アメリカ人が発明した潜水艇が、戦艦を吹き飛ばす威力をもっている」

ところが、迅速な伝言リレーもここで終わった。

シュルダム中将が警告を無視したのである。

水に潜る水中機械?

戦艦を吹き飛ばす?

はぁ? ヤンキーがそんなモノ作れるはずがない・・・シュルダム中将は、真に受けなかったのである。

結局、ブッシュネル兄弟が逮捕されることも、タートル号が破壊されることもなかった。

幸運の女神は、ブッシュネル兄弟に微笑んだのである。

《つづく》

参考文献:
(※1)「兵器メカニズム図鑑」著者 出射忠明 グランプリ出版
(※2)「戦争と科学者・世界を変えた25人の発明と生涯」著者 トマス・J・クローウェル 訳者 藤原多伽夫 原書

by R.B

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