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週刊スモールトーク (第344話) トランプがゆく(1)~ナチスの原子爆弾~

カテゴリ : 人物戦争歴史科学

2017.01.08

トランプがゆく(1)~ナチスの原子爆弾~

■アメリカファースト

2017年1月20日、世界のリーダーが変わる。

第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプだ。

彼がかかげるのは「アメリカファースト」、有り体に言えばアメリカ第一主義。これまでのパクス・アメリカーナを一変させるわけだ。

パクス・アメリカーナ・・・

超大国アメリカ合衆国が盟主となり、世界に「平和と秩序」をもたらすこと。古代ローマ帝国の「パクス・ロマーナ」をもじった言葉だ。

響きはいいが、本当に「平和と秩序」をもたらした?

国と民族による。

1932年、イギリスの物理学者ジェームズ・チャドウィックは「中性子」を発見した。人類を破滅に導く悪魔の発見である。原子爆弾の種子となったのだから。

物質はすべて原子でできてる。

量子力学の原子模型によれば、原子は・・・

中心に原子核(陽子+中性子)があり、そのまわりを電子が周回している。地球と月の関係だ。ただし、原子核と電子が引き合うのは引力ではない。プラスの電荷とマイナスの電荷が引き合う電気力(クーロン力)だ。ちなみに、原子核の陽子はプラス、電子はマイナスである。

一方、中性子は電荷をもたない(電気的に中性)。そのため、プラスの陽子にも、マイナスの電子にも邪魔されず、原子核に接近できる。そのまま衝突すれば、原子核は分裂する。これが「核分裂」だ。

そのとき、原子核の一部がエネルギーに変換されるが、大した量ではない。ただし、「核分裂」が連鎖的におこると、エネルギー量は幾何級数的に増大する。これが原子爆弾だ。

原子爆弾は、桁違いの破壊力をもつ兵器と思われているが、それは違う。

1発で都市を丸ごと破壊し、20万人を焼き殺すのは「兵器」ではない。「新しい何か」なのだ。

中性子が発見されれば、その後は鉄板の「因果の連鎖」がつづく・・・

中性子→核分裂→連鎖反応→原子爆弾

そして、それが現実になったのである。

■核分裂

「中性子発見」から6年経った1938年・・・

ドイツの化学者オットー・ハーンは「核分裂」を成功させた。ただし、「核分裂」を狙ったわけではない。そもそも、原子核が割れるなんて誰も信じていなかったから。

おどろくべきことに・・・

史上初の原子爆弾を製造した「原爆の父」オッペンハイマーでさえ信じていなかったのだ。その証拠もある。

初めてオットー・ハーンの「核分裂」を聞いたとき、オッペンハイマーはこう言ったという。

「ありえない」

ところが、少し話を聞いただけで、

「なるほど」

あまりの頭の回転の速さに同僚も仰天・・・オッペンハイマーの天才ぶりを示すエピソードの一つだ。

ちなみに、「核分裂」を証明したのはオットー・ハーンではない。彼は実験をして、手紙を出して、手柄を横取りしただけ。

実験と手紙と横取り?

その経緯が面白い・・・

オットー・ハーンは放射線の実験をした。放射性元素のそばに硝酸ウランをおいたのである。放射性元素の原子核は不安定なので、中性子がひとりでに飛び出す。その中性子がウランの原子核に当たると考えたわけだ。

事実、中性子はウランの原子核に命中した。ところが、結果は驚くべきものだった。ウラン(原子量238)よりはるかに軽いバリウム(原子量137)が生まれたのだ。

原子核が分裂した?

ありえない!

頭がフリーズしたオットー・ハーンは女流物理学者のリーゼ・マイトナーに手紙を出した。

「原子核が分裂したようにみえるけど・・・ありえない。何がおこったのだろう?」

マイトナーは、かつて、ベルリンでオットー・ハーンと共同研究していた。ところが、ドイツでヒトラー政権が成立し、ユダヤ人の迫害がはじまった。そのため、スウェーデンに逃れていたのである(マイトナーはユダヤ人だった)。

マイトナーはオットー・ハーンの手紙を読んでピンときた。

原子核が割れたのではないか?

彼女には、偏見や思い込みはなかった。すぐに計算し原子核が割れたことを証明した。史上初の「核分裂」が確認されたのである。誰もがありえないと信じていた時代に。だから、マイトナーの功績は絶大である。

ところが、ノーベル賞をもらったのはオットー・ハーンの方だった。その後、オットー・ハーンは手柄を独り占めにしようと画策した。「核分裂」はすべて自分の功績だと言い張ったのである。結果、マイトナーは名誉もお金も得られなかった。

この事件は「進化論」に酷似している。

「進化論」を発見したのはチャールズ・ダーウィンではない。アルフレッド・ウォレスという在野の昆虫学者である。ダーウィンはウォレスの論文を盗用し、手柄を横取りしたのだ。だから、本当は「ダーウィンの進化論」ではなく「ウォレスの進化論」。

この2つの盗用事件には共通点がある。

手柄を横取りされた側にハンディがあったこと。マイトナーは「女性」、ウォレスは「在野の学者」・・・この時代の「ガラスの天井」は今よりずっと厚かったのだ。

■オットー・ハーンの懺悔

ただし、オットー・ハーンが性悪かというと、そうでもない。むしろ、善良な人間だったように思える(特に日本人にとっては)。というのも、こんな記録が残っているのだ(※3)。

ドイツが降伏して間もないころ・・・

ドイツを代表する科学者たちは、イギリスのファーム・フォールという大邸宅に軟禁されていた。ある日、イギリス軍将校T・H・リトナーはオットー・ハーンにこんな事実を告げた。

「アメリカ軍が広島に原子爆弾を落としたらしい」

すると、オットー・ハーンは、ひどく打ちのめされ、(原爆投下の)責任は自分にあると言ったという。あまりの取り乱しように、ハーンが自殺しないか周囲が心配したほどだった。ハーンは自分が成し遂げた「核分裂」が、原子爆弾を導いたと考えたのである(事実だが)。

その日の夕食。

ドイツの科学者たちが集まった。その中には、ドイツ物理学界の至宝、ヴェルナー・ハイゼンベルクもいた。彼は量子力学を初めて体系化し、31歳の若さでノーベル賞を受賞している。しかも、ドイツの原子爆弾開発の責任者だったのだ。

オットー・ハーンは、リトナーから聞いた原子爆弾の話をもちだすと、全員が驚愕した。ありえないと思ったのだ。彼らは原子爆弾について熱く語り合った。イギリス軍によって録音されているとは知らずに・・・

「ドイツに勝たせたいと私たち全員が考えていたら、(ドイツの原子爆弾は)成功していたはずです」

とカール・フォン・ヴァイツゼッカーが言った。

「そうは思わない。でも自分たちが成功しなくてよかった」

とオットー・ハーン。

ヴァイツゼッカーは納得しない。

「アメリカ人が1945年の夏に完成させたのなら、われわれも運がよければ、1944年の終わりにはつくれたかもしれない」

オットー・ハーンも譲らない。

「ひざまずいて神に感謝したいくらいだ。私たちがウラン爆弾をつくらなくて本当によかった」

ふとハイゼンベルクが問いかける。

「今ごろスターリンは何を考えているだろうね」

この頃、ソ連は原子爆弾に悪戦苦闘していた。ただし、つくるのではなく、情報収集で。アメリカ合衆国にスパイを放ち、マンハッタン計画の原爆資料を盗ませていたのである。それから4年後、ソ連のカザフ共和国の平原で巨大な火球が出現した。ソ連が原子爆弾の開発に成功したのである。

では、ドイツは?

ヴァイツゼッカーが言うように、「ナチスの原子爆弾」は可能だったのか?

■ナチスの原子爆弾

「原子爆弾」にいたる重要なステップは4つある。

①中性子→②核分裂→③連鎖反応→④原子爆弾

史実では、

①「中性子」の発見:1932年、イギリスのジェームズ・チャドウィック

②「核分裂」の実験:1938年、ドイツのオットー・ハーン

③「連鎖反応」の実験:1942年、アメリカのエンリコ・フェルミ

④「原子爆弾」:1945年、アメリカ:マンハッタン計画(オッペンハイマー)

次に、各ステップに要した期間は、

①中性子→核分裂:6年

②核分裂→連鎖反応:4年

③連鎖反応→原子爆弾:3年。

進歩が加速していることがわかる。

ところが・・・

「中性子」の発見は10年早まってもおかしくなかった。チャドウィックがもっと手ぎわがよかったら・・・

この場合、史上初の原子爆弾は、アメリカ製ではなくドイツ製だった可能性がある。

というのも・・・

ドイツが第2次世界大戦をしかけたのは、1939年9月1日。一旦戦争が始まれば、国の資源は戦争に呑みこまれる。最優先は戦車、戦艦、爆撃機など「現実の兵器」だ。海のものとも山のものともつかない「夢の兵器(原子爆弾)」にかまっていられない。

ところが・・・

もし、中性子が10年早く発見されていたら、その後のプロセスも前倒しになり、1932年頃には「連鎖反応」に到る。これは「原子力」を意味する。ここまでくれば、原子爆弾は「現実の兵器」だ。

そして・・・ヒトラーが政権をとるのは1933年。

この時すでに、ヒトラーはヨーロッパとロシアの征服をもくろんでいたから、ただちに「現実の兵器」原子爆弾の開発を命じてもおかしくはない。というのも、実史では、ドイツは原子爆弾よりコスパの悪い「V2ロケット」に巨額の資金を投入じているのだ。

つまりこういうこと。

ヒトラーが政権をとり、原子爆弾が「現実の兵器」と認識されるのは、1933年頃。それから、ドイツが戦争を始める1939年まで6年ある。この間に、原子爆弾を完成させてもおかしくはない。というのも、アメリカのマンハッタン計画では原子爆弾を3年で完成させているのだ。

だから、「ナチスの原子爆弾」は荒唐無稽でも妄想でもない。

事実、「原子科学史」を著したブーズもこう言っている・・・

中性子の発見が遅れたことはたいへんな幸運だったのかもしれない。もし、1920年代に中性子の分離に成功していたら、原子爆弾は最初にヨーロッパで、間違いなくドイツ人の手によって開発されていただろう(※1)。

■アメリカの原子爆弾

一方、「アメリカの原子爆弾(マンハッタン計画)」は、現実になるという点で、「ナチスの原子爆弾」より分が悪いかもしれない。

原子爆弾の理論的裏付けは「量子力学」である。その大功労者ハイゼンベルクは「広島・長崎の原爆投下」を聞いてこう言ったという・・・

「ありえない」

原子爆弾はそれほどの難物だったのである。もちろん、それは「ナチスの原子爆弾」も同じ。ところが、「マンハッタン計画」にはもっと大きなハンディがあった。

第2次世界大戦がはじまった頃、アメリカは、国民も大統領のルーズベルトも戦争は望んでいなかった。アメリカは、ヨーロッパの紛争に関与しない「モンロー主義」をかかげていたのだ。

じつは、モンロー主義はヨーロッパに限った話ではない。アメリカの「孤立主義」の代名詞なのである。

だから・・・

もし、アメリカ大統領がルーズベルトでなかったら、日本に先に銃を抜かせるような真似はしなかっただろう(ハル・ノート→真珠湾攻撃)。当然、アメリカとの戦争(太平洋戦争)もない。

アメリカと日本が戦争しなければ、ドイツがアメリカに宣戦布告する理由もない。その場合、ヨーロッパの戦争は「ドイツVsヨーロッパ・ロシア」、中国の戦争は「日本Vs中国」に限定される。第2次世界大戦のような「世界大戦」に発展しないわけだ。

アメリカが参戦しないなら、原子爆弾を作る必要はない。結果、マンハッタン計画も広島・長崎の原爆投下も歴史年表から消える。

つまりこういうこと。

「ナチスの原子爆弾」が歴史を都合よくくっつけたものなら、「アメリカの原子爆弾」も似たようなもの。だから、現実世界も仮想世界も「鼻の差」なのである。

■ドイツと日本が勝利した世界

では、「ナチスの原子爆弾」が現実になった世界は?

ドイツはロシア(ソ連)に勝利するだろう。

アメリカは中立を守るので、実史で行われたロシアへの物資援助はなくなる。結果、ドイツ軍はモスクワの西方まで難なく征服するだろう。

それでも、モスクワ攻防戦は史実どおり熾烈を極める?

そうはならない。

ドイツ軍はモスクワに原子爆弾を使うだろう。モスクワを跡形もなく消し去ることがヒトラーの望みだったから。

その結果・・・

ヨーロッパ全土とウラル山脈から西方のロシアは、ドイツの直轄領になる。史上初の「大ユーラシア帝国」が出現するわけだ。

そして、アジアでは太平洋戦争がない世界、大日本帝国を盟主とする大東亜共栄圏が生まれる。

この世界では・・・

ドイツを盟主とするパクス・ゲルマニア、日本を盟主とするパクス・ジャポニカが成立する。ドイツと日本にとって「平和と秩序」がもたらされるわけだ。一方、ヨーロッパ諸国とアジア諸国は隷属を強いられるので、平和かどうかはビミョー。

どうビミョーかは、フィリップ・K・ディックの小説「高い城の男」に詳しい。

この作品は、第2次世界大戦でナチスドイツと大日本帝国が勝利した世界を描いている。いわゆる歴史改変SFだが、SF小説の金字塔「ヒューゴー賞」を受賞している。

2016年にはAmazonビデオでドラマ化された。ストーリーは一部改変されているが、原作より面白い。それに世界観(映像)が秀逸だ。

ということで、「平和と秩序」は国と民族による。

ところが、2016年、パクス・アメリカーナを全否定する人物が現れた。冒頭のアメリカ合衆国トランプ大統領だ。

彼がかかげるのは、

アメリカファースト!

他がどうなろうが知っちゃいねー、アメリカさえ良ければオッケー!

あからさまなアメリカ第一主義だ。

そうは言っても、現実は甘くないから、そのうち妥協する?

ノーノー!

トランプ閣下に限って、それはない。

トランプが、2枚のカードをみせて、1枚取るよう催促する。カードに手をかけた瞬間、トランプはニヤリと笑う。

まさか・・・ジョーカー!?

《つづく》

参考文献:
(※1)「人類が知っていることすべての短い歴史」
ビルブライソン(著)楡井浩一(翻訳)
日本放送出版協会
(※2)ヒトラーと第三帝国(地図で読む世界の歴史)
リチャードオウヴァリー(著),永井清彦(翻訳),秀岡尚子(翻訳),牧人舎(翻訳)
河出書房新社
(※3)原爆を盗め!史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた
スティーヴ・シャンキン(著)梶山あゆみ(翻訳)
紀伊國屋書店
(※4)原子爆弾の誕生
リチャードローズ(著),神沼二真(翻訳),渋谷泰一(翻訳)
紀伊國屋書店

by R.B

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