BeneDict 地球歴史館

BeneDict 地球歴史館
menu

週刊スモールトーク (第306話) IBMの人工知能(5)~人工汎用知能の挑戦者たち~

カテゴリ : 科学

2015.10.31

IBMの人工知能(5)~人工汎用知能の挑戦者たち~

■脳をコピペする方法

2021年に、東大合格をめざす「東ロボくん」

人間の知的ワークを奪いつつあるIBM「ワトソン」

いずれも、2015年時点で最強の人工知能だが、コグニティブ・コンピュータ(認知コンピュータ)の域を出ていない。つまり、「弱いAI」。

しかし・・・

その「弱いAI」があなどれない。

「東ロボくん」は、2014年大学入試センター試験で偏差値「50」を獲得し、私立大学の80%でA判定となった。さらに、「ワトソン」は、秘書やパラリーガル(弁護士の補助員)を仕事を奪い、コールセンター業務、医療診断、医薬品の開発、経営戦略にも進出している。

「弱いAI」でこれなら、「強いAI」が出現したら、人間はどうなるのだ?

穴があったら入りたい・・・なんてシャレている場合ではない。比喩ではなく、本当にそうなるかもしれないのだ。

というのも・・・

「強いAI=人工汎用知能」が誕生したら、「人工超知能」に進化することは確実で、その場合、人類は抹殺されるかもしれない。存在するだけで、地球資源を食い尽くすから。だから、穴を見つけて隠れなくては・・・

ただ、幸いなことに、「強いAI=人工汎用知能」のメドはたっていない。それでも、2015年現在、人工汎用知能を実現するアプローチは2つある。

コンピュータに最適化された「思考原理」に基づく「コンピュータ科学」と、人間脳をそのまま真似る「計算論的神経科学」だ。

前者は、肝心の「思考原理」が見つかっていない。それに、オープンソースの「OpenCog」がにぎわっているくらいだから、まだ趣味の段階。

一方、後者は、オリジナル(人間)が実在するので、なんとかなるかもしれない(魂なんてものがなければ)。

それに、脳の構造はハードウェアに限れば、意外にシンプル・・・ニューロン(脳細胞)があって、それを結ぶシナプスがあるだけ(数はハンパなく多いけど)。そこで、その仕組みをそのままコンピュータに置き換えようというわけだ。このアプローチを「計算論的神経科学」とよんでいる。

飛行機にたとえると・・・

計算論的神経科学は、鳥が羽ばたいて飛ぶを真似る。一方、コンピュータ科学は、羽ばたかない新しい飛行原理を見つける。もちろん、現在の飛行機は後者だ。

ところが・・・

「計算論的神経科学」派は「コンピュータ科学」派のことを小バカにしている。

いわく・・・

普遍的な「思考原理」を発見して、人工知能をプログラムするって?

バカじゃないのか。人間の「知能」がプログラムで書き下ろせるはずがない。そんなことも知らずに、人工知能の専門家ズラするんじゃない!

・・・と、そこまで言ったかどうかは定かではないが、バカにしていることは確かだ。

たしかに、人間の脳はすさまじい。

あんな小さな頭蓋の中に、1000億のニューロン(神経細胞)が詰め込まれている。しかも、一つ一つのニューロンは他の1000個のニューロンと接続されている。つまり、つながり(シナプス)の数は「1000億×1000=100兆」!

数は凄いけど、こんなカンタンな仕組みで、複雑な思考回路(プログラム)や記憶(データ)をどうやって作るのか?

ニューロンをつなぐシナプスの「つながり強度」を変えて実現している。

脳の構造がわかったところで、つぎは、人間脳をコンピュータにコピペする方法。

まず、PETやfMRI脳スキャン法を使って、ニューロン単体が何をしているか、ニューロンが集合として何をしているかを解明する。次に、解明したプロセスを計算可能な構造に変換し、コンピュータに置き換える。

このような手法をリバースエンジニアリング、その成果物を「エミュレータ」とよんでいる。

たとえば、昔懐かしいゲーム機「ファミコン」のゲームを、「パソコン」で動作させるソフトがある。パソコンの機能を使って、ファミコンをパソコン上で疑似的に動作させる「ファミコン・エミュレータ」だ。

なぜ、そんな面倒くさいことをするのかというと、ファミコンはもう売っていない、でも、ファミコンゲームはプレイしたい・・・そんな需要にこたえるため。

もし、「ファミコン・エミュレータ」がなければ、すべてのファミコン・ゲームをパソコン用に書き換える必要がある。ところが、ファミコン・エミュレータがあれば、ファミコン・ゲームはそのままパソコンで動作する。

このアイデアを脳に応用すると、

人間脳をコンピュータ上で擬似的に動作させる=脳エミュレータ

となる。

「脳エミュレータ」は、速度と容量はさておき、人間の脳の機能をすべて備えている。だから、立派な人工汎用知能だ。

じつは、脳エミュレータの研究はすでに始まっている。たとえば、ダートマス大学・脳エンジニアリング研究所所長リチャード・グレインジャー博士は、人間の脳の回路を真似たアルゴリズムを開発している。

そして、驚くべきことに、このアプローチでも、IBMがぶっちぎりのトップなのだ。

たとえば、2008年に開発がスタートした「SyNAPSE」。

「脳のリバースエンジニアリング」によって人工知能を実現するプロジェクトで、アメリカ国防高等研究計画局「DARPA」から、3000万ドルの資金援助をうけている。最初は猫、次にそれをスケールアップして、人間の脳を作る計画だ。すでに、猫は完了し、2019年には人間脳も完了するという。

IBMの「脳のリバースエンジニアリング」の計画はもう一つある。「ブルーブレイン」プロジェクトだ。

これはまさにSF・・・人間の脳を、丸ごと、分子レベルで、コンピュータでシミュレーションしようというのだから。

しかも、このシミュレーションは、人間脳を真似る一般的な手法「ニューラルネットワーク」を使っていない。より生物学的な神経細胞のモデルを使っている。

つまり、「人工知能」というより「人工脳」。

現在、IBMとスイス連邦工科大学が共同で開発を進めているが、もし完成したら・・・

人間脳が、丸ごと、コンピュータにコピーされる。つまり、オリジナルの「タンパク質脳」の記憶・思考・心・精神・意識が、「シリコン脳」に転写されるわけだ。

人間脳のすべての情報(ロジックとデータ)が、タンパク質からシリコンに移されるということ。ただし、「移動」ではなく「複写」、結果、まったく同じ脳が2つ存在することになる。

では、今、自分が意識しているのは、タンパク質脳、シリコン脳、どっち?

半分、哲学ですね。

■人工汎用知能の挑戦者たち

というわけで、IBMは、コンピュータ科学(コグニティブ・コンピュータ)と計算論的神経科学(SyNAPSEコンピュータ)の両分野で、世界のトップを走る。

では、IBMはなぜ人工知能にガチなのか?

さては・・・

映画「ターミネーター」に登場する謎のハイテク企業「サイバーダイン社」よろしく、自我を持つマシンを開発して、世界征服をもくろんでいる?

悪くないネタだが、IBMにそんな余裕はない。四半期決算で13期連続減収、あげく、2015年10月末、株価が急落・・・陰謀なんて言っている場合ではない、一刻も早く、金のなる木を見つける必要があるのだ。

というわけで、IBMはコグニティブ・コンピュータ「ワトソン」で一山当てようと目論んでいる。それは十分可能だし、知の産業革命をもたらす可能性もある。

ただし、人間の知的ワークのほとんどがワトソンに持って行かれる。こっちはどうなるの?

「ワトソン」こけたら、人工知能もこけて、IBMもこける・・・人の心配をしている場合じゃない、一刻も早く、ワトソンを金に変えなくては。

一方、IBMと並んで人工知能に熱心なGoogleは「計算論的神経科学」派だ。

「計算論的神経科学」の代表が、脳を真似る「ニューラルネットワーク」だが、大きな壁にぶち当たっていた。それを突破したのが「ディープラーニング」だった。

その「ディープラーニング」で世界のトップを走るのがGoogle。2012年には、コンピュータに猫の画像を自学自習させ、猫の概念を獲得することに成功した。現在、パターン認識の機械学習では「ディープラーニング」は最強である。

ただし、Googleも、海のものとも山のものともつかぬ「人工汎用知能」に興味はない。次世代の検索エンジン、画像認識、自動運転など実用的なAIにターゲットをしぼっている。ということで、行き着くところは「金のなる木」。

じゃあ、「人工汎用知能」は?

どこの誰がやっているのだ?

大学、怪しいステルス企業・・・まともな企業はやっていません。

じつは今、第3次人工知能ブーム花盛りなのだが、実用的AIがほとんど。つまり、弱いAI。第1次、第2次人工知能ブームで、風呂敷を広げすぎて大コケしたのだ。3度失敗したら、バカ、アホ、オオカミ少年、何と言われるかわかりませんからね(二度あることは三度あるというし)。

だが、しかし、いつの時代でもドンキホーテはいるものだ。

世間から、バカと呼ばれようが、アホと言われようが、気にもとめず、怪しい技術に挑戦するマッドサイエンティスト・・・ヒューゴ・デ・ガリスもその一人だろう。

21世紀後半に「人工知性(人工汎用知能のこと)」の開発をめぐって、人類が2派に分かれて戦い、数十億人が死ぬと予言した人物だ。彼は、ニューラルネットワークと進化的プログラミングを組み合わせた機械脳「ダーウィン・マシン」を開発している。

さらに、謎めいた企業「ヌメンタ」も、人工汎用知能を開発しているという。また、メンフィス大学の「LIDA」は原始的な意識の兆候が確認されたという報告もある。

ということで、アメリカのマイナーリーグは「人工汎用知能」花盛り・・・どれもこれも胡散臭いが。

ところが、胡散臭い「花」はまだある。

なんと、人工汎用知能のオープンソースまであるのだ。つまり、プログラムソースを公開しますから、みなさん、タダで使って下さいね!

これはウソではない。

ノヴァメンテ社のCEO・ベンジェミン・ゲーツェルが推進するオープンソースプロジェクト「OpenCog」だ。しかも、アプローチは、脳を真似る「計算論的神経科学」ではなく、思考原理による「コンピュータ科学」・・・大胆不敵。

しかも、ホームページのトップには、

「OpenCogは、他に類を見ない、野心的なオープンソース・ソフトウェア・プロジェクトです。私たちの目的は、AGI(人工汎用知能)のオープンな開発基盤を作ることです。いつの日か、人間に匹敵する、いや人間を超える汎用知能を世に送り出すことを目指しています」

と、言いたい放題。

でも、素晴らしいですね。

これがアメリカ式だから。

チャールズ・リンドバーグもしかり。

1927年、愛機「スピリット・オブ・セントルイス」を駆って、史上初の大西洋単独無着陸飛行を成功させた。この時代、飛行機で大西洋を横断するのは、月に行くようなものだった。つまり、命懸けの大冒険だったのだ。

事実、ロイド保険会社は、この無鉄砲な冒険飛行の成功率を10%と見積もっていた。もちろん、失敗は「死」を意味する。事実、リンドバーグの前に、6人が命を落としているのだ。コワイコワイ。

それでも挑戦する?

イエス!

それが、アメリカの十八番「フロンティア・スピリッツ」なのだ。

というわけで、人工汎用知能の挑戦はつづく。

もちろん、プレイヤーはアメリカ。

問題は、コンピュータ科学派、計算論的神経科学派、どっちが勝つか?

参考文献:人工知能・人類最悪にして最後の発明」ジェイムズ・バラット(著),水谷淳(翻訳)出版社:ダイヤモンド社

by R.B

関連情報