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週刊スモールトーク (第302話) IBMの人工知能(1)~弱いAI~

カテゴリ : 科学

2015.10.03

IBMの人工知能(1)~弱いAI~

■進撃の巨人

人工知能で、世界のトップをいくのは間違いなく米国IBMだ。年間売上高12兆円、社員数43万人、100年の歴史をもつコンピュータ業界の巨人は、第2のガリバーを狙っている。

第1のガリバーは、1964年、メインフレームコンピュータ「System/360」によってもたらされた。開発費は、現在の貨幣価値で3兆円、史上初の人間月面着陸「アポロ計画」の予算を上回る。とほうもない金額だ。

民間企業のプロジェクトが国家プロジェクトを超える規模?

一体何を作ったのだ!

10年先を行くコンピュータ。

事実、System/360は、アーキテクチャ(基本構造)、ハードウェア、ソフトウェア、すべてにおいて、時代を超越していた。ライバル企業の最新鋭コンピュータが、一瞬にしてガラクタになったのだから。

System/360はいわばオーパーツ、時代に不釣り合いなオブジェクトなのだ。ちなみに、近代以降、オーパーツといえば、ナチスドイツのV2ロケットマンハッタン計画の原子爆弾ぐらいだろう。

System/360は、IBMが好んで使うキーワード「破壊的イノベーション」そのもので、コンピュータ業界を一変させた。コンピュータ市場はIBMに独占され、「IBMと7人の小人たち(ライバルの7社)」と揶揄(やゆ)されたのだから。IBMは文字通り「ガリバー企業」になったのである。

ところが、「進撃の巨人」IBMに思わぬライバルが現れる。アメリカ合衆国政府である。アメリカ司法省がIBMを独占禁止法違反で提訴したのだ。つまり、IBMの唯一のライバルは政府!?

ところが、そんな栄華も長くはつづかなかった。コンピュータが、

メインフレーム(大型)→パソコン(小型)→モバイル(超小型)

とダウンサイジングするにつれ、IBMは適応できなくなったのである。IBMの重厚長大型の物づくりは、軽薄短小に通用しなかったわけだ。

つまり、最強の者が生き残るのではない、環境に適応した者が生き残る・・・ダーウィンの進化論を証明したのである。

とはいえ、IBMは今でも、年間売上高12兆円を誇る巨大企業である(Googleの2倍)。しかも、スーパーコンピュータ、大型コンピュータのようなハイエンド市場では、今も無敵。映画「ターミネーター」の謎の超ハイテク企業「サイバーダイン社」を彷彿させるではないか・・・これは、比喩やレトリックではない。

というのも・・・

サイバーダイン社は、映画の中で、世界を変える人工知能「スカイネット」を開発したが、IBMは、それを現実世界でやろうとしている。それをささえるのが、Apple、Google、Micorosoftが逆立ちにしてもかなわない基礎研究だ。最近、それを痛感する出来事があった。

箱崎のIBM本社を訪問した際、IBMの底力を見せつけられたのだ。

現在、進めている新規事業のためにIBMのハイパーフォーマンスコンピュータ「Power8」を購入し、その相談に行ったのだ。買った後に相談、というのもヘンな話だが、できるだけ多くの知見を得たかったから。というのも、今回の事業は背水の陣、絶対に失敗できないのだ。

これまでの人生は、スタートは華々しい成功、途中から雲行きが怪しくなり、最後は撃沈・・・の繰り返しだった。

最初はマイコンの黎明期・・・ノイズに強い工場専用の「FA(FactoryAutomation)コンピュータ」に目を付け、すべて自社開発した。CPUは当時最強の「MC68000」、OSはマルチユーザーマルタスクの「OS9」、万全のノイズ対策をほどこした500万円のオリジナルコンピュータだった。スペックは無敵で、日立のFAコンピュータに競り勝ち、オーディオの名門「サンスイ」、NECなど大手企業の工場に多数納入した。

ところが、最終的に、パソコンをカスタマイズした安価なFAコンピュータに駆逐されてしまった。

つぎはパソコン・ゲームの黎明期・・・シミュレーションゲームに目を付け、「GE・TEN~戦国信長伝~」で一世を風靡したが、最終的にはプレイステーションに駆逐された。コンテンツの善し悪し以前に、パソコンのゲーム市場が消滅したのである。

目の付けどころは悪くないし、作るものも悪くないのに、ある日突然、時代の壁に追い越される・・・これが毎度の必敗パターン。

つまり、こういうこと。

成功するのは難しくないが、成功を続けるのは至難・・・

というわけで、今回は市場をしっかり見据え、「長続き」を優先した。

本当は「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」をやりたいのだが、実装がチョー難しい(基本モデルはできている)。しかも、カネ食い虫・・・IBMの3兆円ほどではないが。

というわけで、今回は現実的に、

1.異形の人工知能・・・人間を模倣した人工知能でも、ルールベースでもなく。

2.次世代シミュレーション・・・ただのシミュレーションではなく。

3.ハイパーフォーマンスコンピュータ・・・フリー蔓延のモバイルでもパソコンでもなく。

これに、ソフトバンクの人型ロボット「ペッパー」をからませる。

ペッパー??

ペッパーはソフトバンクのヒト型ロボットだが、人工知能、ユーザーインターフェイスととらえると、本質を見誤る。ペッパーは「一挙手一投足がコンテンツ」なのだ。ここに着目すると、あるものが見えてくる・・・

というわけで、最近、ペッパーのアプリ開発を受注し、先日納品した。

■IBMの未来テクノロジー

話を元にもどそう、IBMの底力・・・

Power8の相談に、IBMを訪問したときのことだ。いつもは、エバンジェリストとエンジニアが応対してくれるのだが、今回は営業部長も参加した。彼は、Power8の購入の謝辞もそこそこに、IBMの先端テクノロジーを熱く語りはじめた。その内容は・・・恐るべきものだった。

すべて周知で守秘義務もないので、開示すると・・・

1.シナプス(SyNAPSE)コンピュータ

人間の脳を真似たコンピュータ。ただし、フォン・ノイマン型コンピュータ上で実行するありがちなエミュレーション方式ではない。脳のニューロンとシナプスを真似た専用のSyNAPSEチップを一から開発している。そのチップを搭載した正真正銘の非ノイマン型コンピュータなのだ。こんなことができるのはIBMぐらいだろう。

2.光コンピュータ

電子ではなく、光を信号として使うコンピュータ。並列処理が実現しやすく、消費電力が少なくてすむ。ただし、実装は難しく、コスパは悪い(たぶん)。

3.量子コンピュータ

原子を情報単位として使う量子レベルのコンピュータ。原子12個で1ビットを構成することに成功した(IBMチューリッヒ研究所)。量子力学の摩訶不思議な現象を利用するため、桁違いの並列処理を実現できる。そのため、計算速度は現在最速のスーパーコンピュータの数億倍!?

4.3次元半導体デバイス

これまでは電子回路を平面上に形成していたが、3次元で回路を形成する。当然、集積度は劇的に向上する。

5.7ナノメートルの製造プロセス(電子回路の線幅)

現在の最小は22ナノで、ムーアの限界も15ナノといわれている。ところが、IBMは7ナノを射程に入れているという。成功すれば集積度は4倍。

※ナノ:10のマイナス9乗メートル

これらの技術には共通点がある。基礎研究と実装技術、両面でハイレベルが要求されること。事実、ICT業界のトップのApple、Google、Microsoft、Intel、Facebook、Oracleでさえ、一切手がけていない。ところが、IBMはすべて手がけている。しかも、中でも超ハイテクの「1.シナプスコンピュータ」と「3.量子コンピュータ」では、ブッチギリでトップ。

このようなIBMの技術力(科学力)をささえているのが、世界中に展開する12の研究所だ。中でも、ワトソン研究所とチューリッヒ研究所は、ノーベル賞受賞者を擁し、ICT研究では世界最高水準にある。3兆円かけてSystem/360を世に送り出した底力は、今も健在なのだ。

じつは、そのIBMが、20年間、営々と研究を続けているテーマがある。それが「人工知能」だ。

そういえば・・・最近、第3次人工知能ブームで賑わっている。

さては、第1次、第2次ブームと失敗したので、今度こそ・・・と、当事者のICT業界と、AIネタでカネ儲けをもくろむメディア業界の陰謀?

と、うがった見方もあるが、今回の人工知能はホンモノ。とはいえ、中には怪しいのもある。つまり、玉石混合(宝玉と石が混在している様)。

ところが、IBMの人工知能には「確かなもの」を感じる。浮ついたところがなく、実現可能で、何に使うか、何に役立つかがハッキリしている。しかも、人工知能のゴール「人工汎用知能」に最も近い位置にいるのだ。

つまり、IBMは、現実的な人工知能と、夢の人工知能の両方にリーチをかけている。そんな企業は、世界中どこにもない。ところが、不思議なことに、IBMは自分たちの技術を「人工知能」と言っていない。「IA・IntelligentAugmentation(知能拡張)」とよんでいるのだ。

なぜか?

■弱いAI

ここで、人工知能を俯瞰(ふかん)しよう。

じつは、「人工知能」といってもピンキリで、範囲も広い。自動車のアンチロックブレーキのような低レベルなものから、人間脳のような高レベルのものまである。ちなみに、前者を「弱いAI」、後者を「強いAI」とよんでいる。

平たく言うと、

弱いAI・・・専門バカ的な専用の人工知能

強いAI・・・人間のような万能の人工知能

最近、成長著しいのが「弱いAI」だ。中でも、音声認識、画像認識の進歩は凄まじい。

音声認識、画像認識が人工知能?

イエス!

そもそも、脳機能の半分は「見る・聞く=パターン認識」、残り半分が「考える=論理的思考」。だから、音声認識、画像認識も立派な「知能」なのだ。実際、画像認識で、コンピュータが人間を超えることはない、と言われてきた。パターン認識はそれほど複雑な知能なのである。

ところが、2012年、パターン認識でブレイクスルーがおこった。

人間脳を真似たニューラルネットワークから「ディープラーニング(深層学習)」が生まれ、画像認識率で人間を超えたのである。

さらに、TVゲームでも、コンピュータが人間のゲーマーを超えた。Googleが買収したDeepMind社の人工知能「DQN」である。スペースインベーダーやブロック崩しなどゲームを、プレイしながら自学自習し、人間を超えるハイスコアをたたき出したのだ。

たかがTVゲーム?

とんでもない!

視覚と聴覚で外的環境をセンスし、ゲームに勝つ戦術と戦略を編み出し、現実に成果を上げる。これは、「職人の技能」と等価である。今後は、高い精度が要求される製造現場や検査現場で、人工知能が人間に取って代わるだろう。

さらに、この技術は自動車の自動運転にも応用できる。すでに、Googleは自動運転システムの実験を成功させている。事故はたったの1回で、それも、人間が運転する自動車に追突されたのである。

また、日本の名古屋大学では、自動運転ソフトウェアのオープンソース化(プログラムを公開)が進められている。自動運転・人工知能までフリー(無料)?

つまり・・・

人間脳の半分は、人工知能にキャッチアップされつつある。

では、「弱いAI」は、Googleがトップ?

半分はアタリだが、半分はハズレ!

じつは、「弱いAI」は、パターン認識や自動車運転のような「アナログ知能」だけではないのだ。

たとえば、世界チャンピオンのカスパロフを破ったチェス・コンピュータ「ディープ・ブルー」、クイズ番組で人間のチャンピオンを破ったコグニティブコンピュータ「ワトソン」も「弱いAI」に属する。ちなみに、ディープブルーもワトソンもIBMが開発した人工知能だ(IBMに言わせれば「IA(知能拡張)」なのだが)。

というわけで・・・

「弱いAI」の分野では、総合力ならIBM、ディープラーニング(深層学習)ならGoogle。

ところで、チェスコンピュータもコグニティブコンピュータも、なぜ、「強いAI」とは言わないのか?

チェスは「知能」の代名詞だし、クイズも自然言語と知識を扱う高度な「知能」なのに。

じつは、チェスもクイズも「論理的思考」には違いないが、用途が限られているから。平たく言うと、”専門バカ”的な知能。だから、「強いAI」とはよばないのである。

では、「強いAI」とは?

「専門バカ」の反対の「汎用知能」。つまり、人間のように、読み書きソロバン、会話、発見・発明、創作、なんでもできる万能知能・・・そして、この「強いAI」の最短距離にいるのがIBMなのだ。

《つづく》

by R.B

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