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週刊スモールトーク (第278話) 複雑化する世界(2)~「つながる」恐怖~

カテゴリ : 社会科学

2015.01.18

複雑化する世界(2)~「つながる」恐怖~

■つながる恐怖(仮想世界)

われわれの文明は、「複雑爆発」を起こしている。

複雑が複雑を生み、それが絡み合って、あらたな複雑を生みだし、爆発炎上しているのだ。その結果、問題は積み上がるばかりで、一向に減る気配はない。

例えば・・・1986年のチェルノブイリ原発事故、2011年の福島第一原発事故と、2度の最悪の事故(レベル7)を起こしながら、原発推進派が勢力を盛り返しつつある。未だ、解決方法は見つかっていないのに。では、なぜ、そんなムチャをやるのか?原発を廃止すれば、エネルギーコストが跳ね上がって、経済に大打撃を与えるから。資本主義世界は、行き着くところカネ、そして、地獄の沙汰もカネ次第。だから、この世も地獄も似たようなものなのだ。経済(カネ)が破綻すれば、人の心は荒(すさ)み、内にあっては内乱・革命、外にあっては侵略・戦争を引き起こす。

つまり、カネの破綻は、カネにとどまらないわけだ。問題は他にもある。自然界の脅威、地球温暖化と異常気象だ。近々、最大風速80mの「スーパー台風」が発生するという。そんなものが日本列島に上陸すれば、木造家屋などひとたまりもないだろう。ところが・・・「ストップ・ザ・温暖化」と掛け声は勇ましいが、やっていることは「ガンガン行こうぜ・温暖化」。一体、何を考えているのだ?何も考えていないのだろう。

さらに・・・金融界もメガトン級の爆弾をかかえている。1929年の世界恐慌、1987年のブラックマンデー(史上最大の株価大暴落)、2008年のサブプライムローン&リーマンショック、と何度痛い目にあっても、カジノ経済を止める気配はない。人間の強欲は、破滅の恐怖さえ吹き飛ばすのか。もっとも、全面核戦争が勃発すれば、株もカネもないのだが。というわけで、われわれの文明は問題だらけの四面楚歌。それもこれも、すべて「複雑化」のせいなのだ。人間は道具をつくることで、文明を築いてきた。ところが、道具が複雑化の一途をたどり、人間の手に負えなくなったのだ。結果、解決不能な問題が積み上がり、文明を押しつぶそうとしている。

ではなぜ、文明は複雑化するのか?原因は2つある。第一に、道具の「部品数」が爆発的に増えたこと(コンピュータ1チップで部品数50億個)。第二に、社会のいたるところで「過剰結合」が起きていること。部品数が増えれば、複雑になるのはあたりまえ。ではなぜ、「過剰結合」が複雑化を引き起こすのか?

1988年11月2日、アメリカ合衆国で、それを象徴するような事件が起こった。この日、コーネル大学の大学院生ロバート・T・モリスは、人の道に外れた実験に夢中だった。コンピュータ上で、「自己複製プログラム」を走らせようとしていたのだ。自己複製プログラム、それが、人の道に反するって?モリスのマシンは「ARPANET」につながっていた。じつは、それが問題だった。

「ARPANET」は、大学と研究機関をつなぐネットワークで、6万台のコンピュータが接続されていた。つまり、自己複製は、自分のマシンだけでなく、「ARPANET」上のマシンでも実行される。ちなみに、この時代、インターネットはまだ存在しない。というのも、「ARPANET」が発展してインターネットになったのである。

モリスは、自分の悪ふざけが深刻な事態を引き起こすとも知らず、のんきに食事に出かけた。そして、食事から帰って、ログインしようとすると・・・キー入力できない。何度やっても同じ一体、何が起こったのか?

自己複製・・・それが問題だった。モリスのプログラムは、ネットワーク「ARPANET」上のコンピュータに侵入し、その中に自分がいなければ、自分自身を複製する。それだけの処理なのだが、CPUパワーを占有するので、他の処理が一切できなくなる。だから、キー入力さえできなかったのである。

現在、このような自己複製プログラムを「ワーム」とよんでいる。とくに、モリスが書いたワームは、歴史的意義をかんがみ、畏敬の念を込めて「モリスのワーム」とよばれている。ワームは、ファイルを破壊したり、改ざんするわけではない。だから、厳密には「コンピュータウィルス」とは言えない。とはいえ、CPUに過負荷をかけるので、本来の処理ができなくなる。だから、悪事を働くプログラムに変わりはない。そこで、こんな迷惑プログラムを総称して「マルウェア」とよんでいる。

そもそも、ソフトウェア(プログラム)には本来の目的がある。役に立つか、楽しむか・・・ところが、ワームはそのいずれでもない。コンピュータをダウンさせて、災いをもたらすだけ。一言で言えば、「悪意に満ちた不正プログラム」。そこで、「malicious(悪意のある)」と「software(ソフト)」をくっつけて、「malware(マルウェア)」と命名されたのである。ただし、世間一般には「コンピュータウィルス」の方がとおりがいい。

じつは、マルウェアはワームだけではない。他にもいろいろある。笑えるものから、笑えないものまで・・・でも、被害にあったら絶対に笑えない(当然です)。たとえば・・・ファイルを媒体に伝染する「ウィルス」、キー入力された文字列を丸ごと盗み出す「キーロガー」、コンピュータを乗っ取る「トロイの木馬」など。トロイの木馬の中で、最悪なのが「バックドア」だ。これを仕込まれたら最後、自分のマシンがネットワークを介して、完全に乗っ取られる。しかも、プログラムの構造が正規の遠隔操作ソフトと同じなので、見分けるのが難しい。モリスの話にもどろう。モリスのプログラムは「自己複製」と聞こえはいいが、正体は「ワーム」である。

では、モリスに悪意はあったのか?

本人は否定しているが、悪意はあっただろう。そもそも、自己複製するには、コンピュータに不正に侵入する必要がある。「不正侵入=悪意」と考えるのが自然だろう。実際、モリスは、コンピュータ詐欺および不正使用取締法で有罪となり、400時間の労働奉仕と1万ドルのペナルティを課せられた。ところが、その後、その経験を買われてMITの教授におさまっている・・・いやはや。では、モリスのワームはどれほどの被害を与えたのか?

ARPANET上のホストコンピュータ6万台のうち、数千台をダウンさせた。つまり、被害率は10%。たったの10%?というのも、モリスのワームは、特定のグループに属するコンピュータだけを攻撃するようになっていた。だから、10%ですんだのである。では、モリスには真の悪意はなかった?

たぶん。「不正侵入」という軽い悪意はあっただろうが、「破壊」などという大それた悪意はなかっただろう。では、真の悪意をもつハッカーが、同じことをやったら?2015年現在、インターネット上で約6億台のホストサーバーが稼働している。モリスの制限付きワームでも6000万台がダウン(単純計算で)。

では、無制限のワームなら、ン億台・・・世界中の基幹システムがダウンするだろう。予約システムがダウンすれば、ホテルや飛行機が利用できなくなる。まあ、でも、最悪ではない。でも、飛行管制システム、鉄道管制システム、原子力発電所の制御システムがダウンしたら・・・大惨事。さらに、金融システムが破壊されたら、取引・決済ができなくなり、経済活動も停止する。それに、預金データが消えたらどうする・・・通帳残高「5円」?大根1本も買えない!もう、お気づきだろう。この背筋が凍るようなリスクは、すべて、インターネットの「過剰結合」が生み出したものなのだ。

つまり・・・今、起きている「複雑爆発」は、「部品数の増加」と「過剰結合」のシナジーが引き起こした必然なのである。さらに突き詰めれば・・・諸悪の根源はコンピュータとインターネットにある!たしかに・・・でも、「部品数の増加」と「過剰結合」は、今に始まったことではない。その起源は、18世紀の「複雑時計」までさかのぼる。その象徴が天才時計職人ブレゲの「マリーアントワネットの懐中時計」だろう。

■つながる恐怖(リアル世界)

人類を破滅に追い込むのは、コンピュータウィルスだけではない。リアル世界のウィルスも人類を破滅させる可能性をもっている。人間に感染し、直接、命を奪うのだから。たとえば・・・2014年、西アフリカで発生したエボラ出血熱は、2万人が感染し、8000人が死亡した。しかも、現在も、収束する気配はない。もし、先進国に飛び火したら、「スペイン風邪」の二の舞は避けられない。「スペイン風邪」は、記録が残る史上初のインフルエンザのパンデミック(感染爆発)である。1918年から1919年に、全世界で流行し、感染者は6億人、5000万人~1億人が死亡した。世界人口がまだ20億人の時代である。地球の全人口の2~5%が疫病で死んだ?恐るべき数字だが、歴史上、それを上回る事件がある。

歴史の授業でも登場する「14世紀のペストの大流行」だ。このときの犠牲者の数は、ヨーロッパだけで約2,000万~3,000万人。ヨーロッパの総人口の1/3~2/3に相当した。さらに、全世界でみると、死者の数は8500万人。この時代、世界の総人口は4億人だから・・・地球上の人間の20%がペストで死んだ!?ところが・・・ペストが流行したのは、これが初めてではない。記録によれば、ヨーロッパで最初にペストが流行したのは542年~543年、東ローマ帝国である。ところが、このとき、感染エリアは帝国内に限られた。つまり、パンデミック(感染爆発)には至らなかったのである。

なぜか?世界の「つながり」が弱かったから。

ところが、それから700年後、世界の「つながり」を一気に強める事件が起こった。モンゴル帝国のヨーロッパ遠征である。1219年9月、ジンギスハーン率いるモンゴル軍は、西方に向け進軍を開始した。兵力は15万~20万、当時のヨーロッパ諸国はもちろん、イスラム王朝をも圧倒する大軍団である。その後、モンゴル軍は、西征を2回敢行し、モンゴル高原から東ヨーロッパまで支配した。こうして、ユーラシア大陸の東と西はつながったのである。そして・・・そこで、ペストが発生・・・ただし、ヨーロッパではなく、東方の中国で。

1253年、モンゴルのフビライは、10万の大軍を率いて、雲南の大理国を包囲した。このとき、モンゴル軍の陣地でペストが発生したのである。その後、モンゴル軍は大理国を征服し、支配地の中国に凱旋した・・・ペスト菌をつれて。結果、1320年~1330年、中国でペストが大流行した。

その17年後の1347年・・・モンゴル軍がクリミア半島のカッファを包囲していた。モンゴル軍の総司令官はジャーニー・ベク、モンゴル帝国の分国「キプチャク・ハン国」のハーンである。カッファは、黒海に面した港湾都市で、中央アジアとヨーロッパの中継貿易で栄えていた。ジェノヴァ商人やヴェネツィア商人が、ヨーロッパの産物をもちこみ、中央アジアの産物をヨーロッパに持ち帰り、売りさばくのである。そこに目をつけたのがジャーニー・ベクだった。カッファを征服し、中継貿易の富を独占しようというのである。

ところが、カッファは守りが固く、なかなか落ちなかった。そんなおり、モンゴル軍内部にペストが発生した。戦況がかんばしくないのに、疫病まで流行ってはたまらない。撤退するしかない・・・ところが、総司令官のジャーニー・ベクは腹の虫が治まらなかった。そこで、彼は悪魔のような手を思いついた。ペストに感染した死体を、カタパルト(投石機)でカッファの城壁内に投げ込んだのである。効果は絶大だった。住民の半分がペストで死んだのである。

その後、モンゴル軍は撤退した。生き残った商人たちはすっかり怖じ気づいた。長居すれば、感染するのは時間の問題だ。そこで、船でカッファを脱出することにした。カッファは黒海に面しているので、船で黒海を西進すれば、東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルに行ける。そして、その2ヶ月後・・・コンスタンチノープルの住民の1/3が死んだ。さらに・・・1347年10月、12隻のガレー船がシチリアの港町メッシーナに到着した。コンスタンチノープルから来た商人の船団である。ここでも、ペストが大流行し、死体の山が築かれた。惨事は繰り返されたのである。

その後も、ジェノヴァ商人やヴェネツィア商人は交易のため、地中海沿岸の町を訪れた。サルディーニャ島を経由して、イタリア本国のヴェネツィア、ジェノヴァへ。さらに、マルセイユ、スペインへ・・・行く先々で、ペストが大流行したのは言うまでもない。そして、ペストはついに、ヨーロッパの内陸部へ伝染する。1349年に、オーストリア、ハンガリー、スイス、南ドイツ、オランダ、イギリス、さらに、翌1350年には、スカンディナヴィア半島、バルト海沿岸に達した。こうして、ヨーロッパ全域がペストに汚染されたのである。結局、ペストを広めたのは商人?

そうともいえない。商人は交易路に沿って移動するだけ。つまり、諸悪の根源は、交易ネットワークにある。つまり、「過剰なつながり」・・・ペストは恐ろしい病気である。感染すると、吐血と激痛で苦しんだあげく、1週間で死ぬ。死体が黒く変色することから、「黒死病」とよばれた。死亡率は50%で、人類が遭遇した最も危険な疫病の一つである。それにしても、なぜ、このとき、ペストはヨーロッパ全域に広まったのか?

ペストに感染した死体は、その場で焼かれるか、捨て置かれるか、だから、移動するはずがない。また、船で脱出する際、ペスト感染者を同伴する物好きもいないだろう。ペスト菌が海を泳いで渡ることも、たぶん、ない・・・では、どうして、ペスト菌はヨーロッパ中に拡散したのか?ペスト菌はノミに寄生する。そのノミが人間や衣服、ネズミにくっついて、海をわたったのである。ノミがクマネズミの血を吸えば、クマネズミはペストに感染する。そのクマネズミの血を、ノミが吸って、その口で人間の血を吸えば、人間も感染する。つまり、ノミやネズミがペスト菌を運んだのである。

こうして、ペストは、14世紀末まで、3回の大流行と無数の小流行を繰り返しながら、50年間、猛威を振るった。人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり信長が好んで詠んだ敦盛の一節だが、人間の人生はわずか50年・・・では、この時代に生まれた人にとって、「人生=ペスト」?一体、何のために生まれてきたのだろう・・・ところで、このペスト事件は、700年前の出来事のわりには、情報量が多い。なぜか?人類存亡がかかった非常事態、さらに、エリアが全世界におよんだからだろう。実際、複数の文献でこのペスト事件の記述が見られる。

中でも、有名なのはイブンバトゥータの「三大陸周遊記」だろう。イブンバトゥータは、14世紀、ペストが大流行した時代、世界中を旅している。もちろん、ナップサック背負ったお気軽なトレッキングではない。生まれ故郷のモロッコから、ヨーロッパ、インド、中国、中央アジアを、30年もかけて・・・ところで、旅行資金は?行く先々で、王や諸侯に仕え、俸給をもらったのである。というのも、イブンバトゥータは、イスラム世界では名の知れた大法学者だった。

彼の旅行記「三大陸周遊記」の正式題名は、「諸都市の珍奇さと旅の驚異に興味をもつ者への贈り物」意味深で愉快なネーミングだが、内容を的確に言い表している。当時、世界には、3つの大文化圏があった。モンゴル帝国、イスラム教国、キリスト教国である。イブンバトゥータは、そのすべてを旅している。だから、「都市の珍奇さと旅の驚異」を語る資格はあるだろう。じつは、その中に、疫病(ペスト)の描写もある。表現は淡々としているが、状況は深刻だ。というわけで、「三大陸周遊記」は歴史資料としても価値があるが、「珍奇さ」と「驚異」にあふれ、ドキュメンタリードラマのように面白い。日本語の抄訳も出ているので、ぜひ、ご一読あれ。

■過剰なつながり

話を「つながり」と「複雑化」にもどそう。結論ははっきりしている。過剰なつながりは複雑化を加速し、人類に災いをもたらす。それを証明するのが、前述の2つのウィルスなのだ。リアル世界のウィルス(疫病)は、過剰結合した交易ネットワークを介して、迅速かつ広域に人間に感染する。

一方、仮想世界のウィルス(マルウェア)は、過剰結合した通信ネットワークを介して、迅速かつ広域にコンピュータに感染する。違いは、ウィルスが無体物か有体物か、対象が人間かコンピュータかで、「文明の大破壊」に変わりはない。だから・・・滅びたくなかったら、「複雑化」は避けるべきなのである。そのためには、道具の部品数を増やさないこと、そして、過剰なつながりをつくらないこと。どちらが、より危険かって?もちろん、「過剰なつながり」。

参考文献:
(※1)文明はなぜ崩壊するのか、原書房、レベッカ・コスタ、藤井留美
(※2)つながりすぎた世界、ウィリアム・H・ダビドウ(著),酒井泰介(翻訳)ダイヤモンド社

by R.B

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