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週刊スモールトーク (第226話) 五分後の世界Ⅰ~村上龍の歴史改変SF~

カテゴリ : 娯楽戦争歴史

2013.09.29

五分後の世界Ⅰ~村上龍の歴史改変SF~

■IFの歴史学

昔々、歴史シミュレーションゲーム「GE・TEN~戦国信長伝~」を作っていた頃、才能と意欲あふれる美人のCGクリエーターがいた。美大の学生時代にスタッフに加わり、1年ほどでエースにのし上がった。やがて、PCゲーム市場が崩壊すると、東京のCG会社に転職し、超有名ゲームのキャラクターモデリングをコンペで勝ち取り、クリエーターとしての地位を確立した。その後、故郷の金沢で起業し、CG制作、コンサルタントと幅広く活躍している。

そんな彼女と、最近、雑談する機会があった。新ネタの「IFの歴史学」を熱く語ると、聡明で心の広い彼女は黙って話を聞いてくれた。そして、最後に一冊の小説を紹介してくれた。それが村上龍の「五分後の世界」だった。

村上龍?

あー、あの、「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞をとった作家、ぐらいしか思いつかなかった。彼女によれば、経済番組「カンブリア宮殿」の方が有名らしい。そういえば、BSで見たことがある。経済人相手に不機嫌そうな仏頂面で対談していた(知人よればマジで「気難しい」らしい)。

というわけで、彼女には、
「最近は小説を読まなくなったんで」
と答えておいた。ところが、、
「あら、あの本は20年前に出たんですよ」
とすぐに反論された。

なに、もう、20年も小説を読んでいない?

じつは昔、小説が大好きだった。中学生の頃、母が日本文学全集と西洋文学全集を買ってくれたから。西洋文学はなじめなかったが、日本文学はけっこうハマった。特に、夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介、川端康成、中島敦はお気に入りだった。文体が自然で読みやすく、内容も分かりやすかったから。マイナーなところでは、久米正雄が性に合っていたと思う。あのドロドロした俗物感はたまらない。

ところが ・・・

三島由紀夫はかみ合わなかった。世界分析と筋書きが完璧過ぎて、脳力全開を強いられ、さらに、紙面の向こう側からこっちを常に観察され、自分のバカさ加減があぶり出されるような、そんな未知の力を感じたのだ。小説にのめり込むのはいいが、作者の亡霊にコントロールされるのはご免だ。だから、三島作品はほとんど読んでいない。

というわけで、久々に小説を読むことになった。さっそく、行きつけの本屋に行き、「五分後の世界」を立ち読みした(おいおい)。

その結果 ・・・

「五分後」にイヤになった。

しょっぱな、主人公が森の中を行軍するところから始まり、それが、延々と続くのだ。道がぬかるんでスニーカーがグチャグチャだとか、異様に寒いとか、ガソリンの臭いがするとか、こっちは、お気軽な世界に住んでいるわけで、そんなのドーデモいんですけど ・・・ と集中力が途切れてしまったのだ。

そこで、彼女にその旨をメールすると、さっそく返信がきた ・・・

「あら!残念!!読み進めていくと面白いんですよ。せめてアンダーグラウンドに入るところまでは辛抱して頂きたいです(笑)。漫画しか読んだことなかった○○さんにも勧めたのですが『小説ってこんなに面白いんですね!』とたのしんでもらえましたよ ・・・」

※○○さん:じつは我が社の社員。しかも、その前は彼女の会社にいた。

これは ・・・ こたえた。たしかに、○○さんは、天真爛漫で、明るくほがらか、彼女の辞書に「悩む」という文字はないようだ。しかも、まだ若く、ものすごく可愛い。だから、彼女が眉間にシワを寄せてメンドー臭い小説を読む姿が想像できないのだ。それでも、「五分後の世界」が楽しめた!?

というわけで、傷ついたココロをいたわりながら、もう一度本屋に行った。商品棚から「五分後の世界」を引っこ抜き、一路レジへ ・・・ つまり、買ったのだ!

といっても、560円なので、自慢するほどではないが。それにしても、本がこんなに安く買えるなんて、日本は本当に良い国だ。

そして ・・・

彼女があそこまで言うなら ・・・ と、毎晩少しづつ読み進めることにした。

ところが ・・・

一晩で読み終えてしまった。

一体、どうなっているのだ?

「漫画しか読んだことなかった○○さん」のメールを思い出し、思わず苦笑い ・・・ 早い話が面白いのだ。

やっぱり、立ち読みはダメなのかな?

昔、毎日が貧乏だった頃、本を買うお金がなくて、よく立ち読みで丸暗記したものだ。ところが、記憶したはずの内容が全然思い出せない。地頭の問題もあるが、タダは身につかないのだろう。それに、コソコソ読むので、面白い本をつまらないと勘違いすることもある(今回のように)。というわけで、立ち読みは百害あって一利無し ・・・ 本はちゃんと買って読みましょう。

■小説を読まなくなった理由

それにしても、あれだけ好きだった小説を読まなくなったのはなぜだろう?

最近、8ヶ月禁酒中で知的好奇心が増大しているのに、小説だけは読む気がしない。だから、「脳の萎縮」とは関係ないだろう。多感な中学生時代に「近代日本文学」が刷り込まれ、現代文学のフォーマットが受け容れられないのかもしれない。

もっとも、今の小説が文学とよべるかどうかはあやしい。薄っぺらさ、退屈さを隠蔽するために筋書きと文体を凝る「似非文学」にしかみえないのだ。だから、不自然でうさん臭く、読む気がしない。立ち読みのせいかもしれないが。正直、ネットのブログの方がよっぽど面白い。斜に構えず、言葉にムダがなく、しかも、読んでいて楽しいから。

そして ・・・

時代は変わりつつある。

小説よりずっと面白いものがあるのだ。

ここ10年、米国のTVドラマは劇的に進化した。21世紀初頭、一世を風靡した「24・Twenty Four」はその象徴だろう。イベントの十字砲火で逃げ場を封じられ、画面にクギ付け、トイレに行くひまもない。第8シーズンで一旦終了したが、全12話になって復活するという(これまでは24話)。

そして、今乗りに乗っているのが、「LOST」、「フリンジ」でブレイクしたJ・J・エイブラムス。彼の作品は、筋書きが面白く、映像は新鮮で、セリフは象徴的だ。さらに、潜在意識にまで食い込んでくる。ヒッチコックの秘技でも体得したのかな。

ただ、「フリンジ」ファイナルの第5シーズンはいただけない。あまりにお粗末で、作品全体が台無しになるところだった。スピルバーグに続いてエイブラムスもおしまいか、と思ったものだが、「パーソン・オブ・インタレスト 犯罪予知ユニット(原題:Person of Interest)」を観て考え直した。

「パーソン・オブ・インタレスト」はエイブラムスが制作指揮するTVドラマだが、マジで面白い。「LOST」、「フリンジ」の2倍は面白いだろう(たぶん)。今後は、フリンジのように、最後は自由落下、なんてことにならないよう願っている。

では、「パーソン・オブ・インタレスト」のどこが面白いのか?

たぶん、ネタではない。

近未来のアメリカ ・・・ ある天才プログラマーが「犯罪予知システム」を発明する。監視カメラ、インターネット等を監視し、独自の因果律から殺人を予知し、加害者 or 被害者の社会保障番号を割り出すのである。その番号をもとに、殺人を阻止するというストーリーだ。ネタ的には映画「マイノリティ・リポート」を彷彿させるが、設定の根本が違うし、脚本とキャストは「パーソン・オブ・インタレスト」が上。

たとえば、主役の天才プログラマー「ハロルド・フィンチ」。引きこもりのコンピュータ・オタクで、優しいが取り柄の地味な性格。ところが、マイケル・エマーソンが演じると、ドラマの半分を占めるほどの存在感に。彼のためにこの役を作ったとしか思えない。そのエマーソンだが、初めて脚光を浴びたのは、TVドラマ「LOST」のベンジャミン役だった。このとき50才なので、かなり遅咲きの役者である。

そして、ハロルドの手足となる「ジョン・リース」。「陸軍特殊部隊 → CIA工作員」の無敵のバットマンで、頼りになるナイスガイだ。そのジョンを演じるのがジェームズ・カヴィーゼル。彼は、メル・ギブソン監督の問題作「パッション(受難)」でイエス・キリストを演じていた。根拠も説得力も皆無だが ・・・ イエスそっくりだった。

というわけで、第1シーズンがあまりに面白かったので、第2シーズンのブルーレイBOX(Import版)が発売されると同時に購入した。ところが、見始めると、全22話を2日で終了。面白いのはいいが、時間パーフォーマンスが悪すぎる。ただし、コストパーフォーマンスは悪くない。1話45分あたり、320円なので。

では、最近の米国TVドラマはなぜ面白いのか?

評判が落ちるとすぐに打ち切りになるから。

たとえば、「ターミネーター」のTVドラマ版「サラ・コナー クロニクルズ」も第2シーズンでバッサリ。スタート直後から視聴率が高く、第2シーズンに入って、中だるみはあったものの、後半挽回し、第3シーズンが期待されたのに。これほど競争が熾烈なら、クオリティは上がって当然だろう。

一方、小説は?

斜に構えて、雰囲気とか、言い回しとかで、差別するしかない、と思っていたのだ。

ところが、「五分後の世界」は違った。

イベントは少なめで、ストーリーもイマイチ、セリフが洒落ているわけでもない。

でも ・・・

描写がやたらリアルなのだ。

現実を見るより、映像を見るよりもリアルなのだ。それが不思議でならない。

しかも、すべての描写が、主人公の一人称視点、一人称思考点なので、紙面のテキストが瞬時に具現化され、皮膚感覚でビシビシ伝わってくる。そう、「読む」のではなく、「見る」のだ。恐ろしいほどの臨場感 ・・・ 新しい小説をみたような気がした。

「五分後の世界」はネタとしては、パラレルワールドもの。だから、ジャンルとしてはSFだろう。とはいえ、SFにありがちな「夢・空想・科学」の臭いがしない。あるのは、生か死か?適者生存の緊張感が張り詰めた、身もフタもない弱肉強食の世界。途中から読み始めれば、戦争ドキュメンタリーと錯覚するだろう。

■五分後の世界

「五分後の世界」は、地味なシーンから始まる ・・・

主人公の小田桐は森の中を歩いている。

でも、なにかおかしい。

一人ではなく、隊列で行進しているのだ。もちろん、トレッキングのたぐいではない。

武装した兵士が随行し、行進を妨げる者がいると、銃で殴り倒す。その身のこなしの俊敏さは人間技とは思えない。まるでサイボーグだ。

やはり、なにかがおかしい。

現実感はあるが、シチュエーションとしてはありえない、と小田桐は思っている。

一体何が起こったのだ?

小田桐は過去の記憶をたどり、目の前の現実と関連づけようとする。

たしか ・・・

エロビデオの商売で儲けた金で箱根で別荘を買って、そこに遊びにきていた。そこで、ジョギングをしていて ・・・ オレンジ色の炎につつまれて ・・・ 今ここにいる。やっぱり、つながらない。

ひょっとして、死後の世界?

いや、それにしてはリアル過ぎる。

などと考えているうちに、隊列は目的地に着いた。そこで、驚愕の事実が明らかになる。小田桐がいた隊列は数百人からなり、彼以外はすべて「混血」だったのだ。

やがて、全員の検査が始まった。みんな書類を提出して、調査官がそれを見ながら、一人一人尋問している。ところが、小田桐はそんな書類は持っていない。そこで、仕方なく運転免許証を提示すると、調査官はどうしてこんなものを偽造したのかと聞く。

やはり、ここは小田桐の世界ではないのだ。

断片情報から推測するに、この一団は「準国民登録試験」の受験者で、合格すると準国民になれるらしい。

準国民?

調査官が言うには、小田桐は突然出現し、行進に加わったので、スパイを疑ったらしい。そこで、射殺することも考えたが、国連軍の新しいプロトかもしれないと監視しながらここまで連れてきたのだという。

スパイ? 射殺? 国連軍?

小田桐は「自分の命が首の皮一枚」を思い知らされた。

小田桐は混乱していた。

調査官が小田桐の手元を凝視している。

「時計が5分遅れているぞ」

じつは、小田桐が迷い込んだのは「五分後の未来」だった。

しかも、小田桐がいた世界の未来ではない。別の歴史をたどる異形の並行世界 ・・・

■不確実な歴史

歴史は盤石なものではない。

もちろん、決定論的なものでもない。

不安定で、気まぐれな「波」のようなものだ。

不動に見える歴史の本筋でさえ、些細な事で一変してしまう。

1914年6月28日、サラエヴォ、良く晴れた初夏日、オーストリア=ハンガリー帝国のフェルディナント皇太子夫妻をのせた車が、誤って袋小路に入りこんだ。そこで、皇太子夫妻はたまたま居合わせたテロリストによって射殺されたのである。これは、とてつもない偶然だった。この偶然がなければ、第一世界大戦は起こらなかっただろう。少なくともその時点では。

もし、この日、この場所で、この運転手が道を間違えなかったら ・・・

歴史は大きく変わっていただろう。ドイツの君主制はその後も続き、ヒトラーが台頭することもない。彼は絵はがきを描いて平凡な人生を終えていただろう。一方、大英帝国、フランス共和国、ドイツ帝国のヨーロッパ列強はそのまま世界に君臨し、極東は日本が支配し、アメリカとソ連による2強世界は生まれなかっただろう。

ところが ・・・

VIPを乗せた運転手が道を間違えたために、世界の歴史は一変した。

第一次世界大戦が勃発したのである。4年間の戦闘の末、ドイツは敗北し、屈辱的で破滅的なヴェルサイユ条約を課せられた。それに追い打ちをかけたのが1929年の世界恐慌だった。ドイツ経済は破綻し、社会秩序は崩壊し、ドイツ国民は世界を呪った。それに便乗したのが、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)を率いるアドルフ・ヒトラーだった。

ヒトラーは巧みな弁舌で、復讐に燃えるドイツ国民の民族主義を覚醒させた。結果、取るに足らないミニ政党で終わるはずだったナチスが、ドイツ第一党にのしあがったのである。そして、瞬く間に、チェコスロヴァキアとポーランドを征服した。

さらに、ありえない事件が続く ・・・ イギリス・フランスがドイツに宣戦布告したのである。ヒトラーはイギリスと戦争するつもりは全くなかったのに。つまり、第二次世界大戦はイギリス・フランスのドイツへの宣戦布告で始まったのである。

こうして、再びヨーロッパが主戦場になり、ヨーロッパ列強は疲弊し、イギリス・フランス・ドイツは世界の覇者から転落した。一方、戦後のヨーロッパ復興で漁夫の利を得たアメリカ、さらに、西方(ヨーロッパ)と東方(日本)の脅威がなくなったソ連は大国にのしあがった。そして、大戦後はアメリカとソ連の冷静時代を迎え、全面核戦争寸前までいくのである。

つまり ・・・

この運転手が道を間違えなかった世界は、今とは全く別の世界になっていた。

■アンダーグラウンド

話をもどそう。

小田桐が迷い込んだ「五分後の世界」もそんな異形の世界だった。

広島、長崎、小倉、新潟、舞鶴に、5個の原子爆弾が投下され、それでも、日本が降伏しなかった世界。アメリカ軍が日本に上陸し、本土決戦が行われ、凄惨なゲリラ戦が現在までつづく世界 ・・・

その結果、日本の人口は26万人にまで激減した。この少数の純粋な日本人は国民とか国民ゲリラ兵士とよばれ、準国民から羨望の目でみられていた。F1レーサーのような、憧れの存在だったのである。彼らは「アンダーグラウンド」とよばれる地下帝国に住んでいて、そこは準国民でさえ入るのが難しいという。

では、26万人でどうやって、国連軍と戦うのか?

外国人や混血を準国民として登録し、日本軍兵士にするのである。じつは、小田桐がこの世界に迷い込んだとき、その準国民審査の最中だった。

その後、小田桐は工場で作業をさせられたり、国連軍との死闘に巻き込まれたり、それでも、なんとか生き延びていた。

そんなある日、日本人のゲリラ兵士が小田桐に近づいて言った。

「オダギリというのは貴様か?」

「はい」

「スパイとして処刑する」

見知らぬ世界で、身に覚えのない罪で、わけもわからないまま射殺される?

ところが、ゲリラ兵士は小田桐に奇妙な質問をした。

「ここをどう思う?」

小田桐は答えた。

「気に入った」

「気に入った?」

妙な顔で兵士は聞き返した。

小田桐は、自分の世界よりこの世界の方がマシだと言いたかったのだ。

小田桐の世界、つまり、我々の現実世界は、おせっかいで、自主性のかけらもない吐き気がする世界 ・・・ 駅で電車を待っていると、電車に近づくな、危ない、なんておせっかいが始まる。そんなの見ればわかるだろう。それで死ねば、自己責任だ。余計なおせっかいはよしてくれ。

さらに ・・・ みんな自分のことが自分で決められない。だから、みんなが買うモノを買う、みんなが欲しがるものを欲しがる。大人も子供も若い連中も、半分気が狂ってるんだ。だけど、ここは違う ・・・

不意にゲリラ兵士は言った。

「こいつの処刑は中止だ」

小田桐は、間一髪、処刑を免れたのである。そして、小さなトロッコにのせられ、暗くて狭いトンネルをくぐりぬけ、地下世界に着いた。

そこが「アンダーグラウンド」だった。

《つづく》

参考文献:
・「五分後の世界」村上龍(著) 幻冬舎

by R.B

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