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週刊スモールトーク (第206話) ナチスのサブカルチャー(1)~ハーケンクロイツ~

カテゴリ : 娯楽思想

2013.05.12

ナチスのサブカルチャー(1)~ハーケンクロイツ~

■ナチス・ネタ

ナチスをモチーフにした小説、映画、ドラマ、ゲームは枚挙にいとまがない。

たとえば・・・

物心がついて初めて観たナチスものがTVドラマ「コンバット!」だった。主人公は言わずと知れたサンダース軍曹、ノルマンディー上陸作戦後のアメリカ軍とドイツ軍の戦いを描いている。地味な歩兵戦が中心で、映像もモノクロだったが、1960年代の最大のヒット作となった。今では、ジャンルを問わず、TVドラマのカリスマになっている。

「コンバット!」はただの戦争アクションではない。じつは、戦争をモチーフにした優れたヒューマンドラマなのだ、というのが定説になっている。でも、子供ゴコロには、
「正義のアメリカ兵が、悪者のドイツ兵をやっるける話」
にしかみえなかった。

サンダース軍曹は戦闘のベテランで、勇敢でいつも冷静。上官のヘンリー少尉は聡明で部下思い、しかも、ハンサム(初めは彼が主人公だった)。それにどういうわけか、アメリカ兵は滅多に死なない。一方、ドイツ兵は見るからに意地が悪そうで、すぐに機関銃をぶちかます。それにどういうわけか、サクサク死んでいく。というわけで、
アメリカは正義、ドイツは悪、そして、正義は必ず勝つ」
が幼ゴコロに刷り込まれてしまった。

ところが、今改めてこのドラマを観ると、「ドイツ=悪」の意図は全く感じられない。映画「プライベート・ライアン」のような戦争の悲惨さも伝わってこない。なんというか、じわっと心にしみわたるヒューマンドラマなのだ。良い作品の価値というのは、2つの心で見ないとわからないのかもしれない。子供ゴコロと大人ゴコロと。

時は流れ、エンターの主役はTVからゲームに移った。

初期のゲームは、電子紙芝居、横スクロールシューティングなど、2Dが主流だった。ところが、1995年以降、ゲームはリアルタイム3Dへと進化する。その先陣を切ったのがFPSゲームだった。FPSとは「FirstPersonshooter」の略で、文字通り、映像がプレイヤーの一人称視点で表現される。リアルで臨場感もあるので、以後、シューティング、アクションゲームのスタンダードになった。

一方、プレイヤーのオペレーションはシンプルだ。ゲーム世界をうろつき、兵器を手に入れ、敵をやっつけるだけ。なので、自分がやるぶんにはOKだが、子供にはやらせたくない。

このFPSの原点となったのが「ウルフェンシュタイン3D」だ。ウルフェンシュタイン城に幽閉されたプレイヤー(アメリカ兵)が、ナチス兵をやっつけながら、城から脱出するというもの。ここでも、ナチスは悪役だ。芝居がかった黒ずくめの軍服のナチス兵士がどこからともなく現れ、銃をぶちかましながら、執拗に追ってくる。プレイヤーは城内を逃げ回りながら、武器弾薬を見つけ出し、ナチス兵を撃ち殺す。さすがに、良い子のスーパーファミコン版では、ナチスがゾンビに変更されていた。

つまり・・・

ナチスはどれだけ殺してもいいことになっている!?

■悪のシンボル

この暗黙の了解は、ゲームに限らず、映画、ドラマにも適用される。しかも、キリスト教を信じる欧米諸国で。

ここで、素朴な疑問がわく。

ナチスも人間なのでは?

それに、キリスト教では、
罪を憎んでも人を憎まず
だったのでは?

第一、ドイツ人にとっても、気分の良いものではないだろう。自分の父親や祖父が極悪人扱いされているのだから。それに、元はと言えば、国家(ナチス)の命令でやったこと。ましてや、その子孫に一体どんな罪があるというのだ?親の罪が子に継承される法律など聞いたことがない(まともな法治国家なら)。もし、それがまかり通るなら、憎しみと殺戮の連鎖が永遠に続くことになる。そんなことを誰が望むだろう(一部望んでいる国もあるようだが)。

では、現在のドイツ人は「ナチス」をどう思っているのか?

ここに興味深いエピソードがある。

最近、月面ナチスが地球を侵略するというお笑い映画「アイアン・スカイ」がブレイクした。そのメイキング(※1)によれば、ドイツの新聞にこんなコメントが載ったという。

「アイアン・スカイは特別な映画で、ドイツ人もナチを笑うことができる作品だ」

ドイツ人のナチスに対する複雑な「立ち位置」がうかがえる。ナチス・ドイツの悪行を認めつつも、今を生きるドイツ人を全面否定することもできない。そんな現実を踏まえ、ウィットを加味したら、こんなコメントになった?難問の答えとしては見事だが、はた目にはゼンゼン笑えない。

もちろん、ナチスを擁護しているのではない。やったことはやったこと、悪いに決まっている。問題は、この手の悪行は歴史をみれば枚挙にいとまがないのに、なぜナチスだけなのか?

素朴な疑問だが、答えは想像でしか語ることはできない。そもそも、世間では問題提起さえされていないのだから。

で、その想像だが・・・

ナチスは人間の歴史の「悪のシンボル」にされたのだ。何者かの強い意志によって。その詳細は次回で熱く語ることにしよう。

■ハーケンクロイツ(スワスティカ)

「ナチスのシンボル」は強力だ。記号、ビジュアル、言葉、あらゆるメディアに支えられている。

まずは「記号」。

ナチスの記号は言わずと知れた「ハーケンクロイツ(まんじ)」。でもよく見ると、仏教の「卍(まんじ)」とは逆向き。仏教をはじめ古代社会の宗教では、「卍(まんじ)」は「吉」、「平和」を意味するので、逆卍(まんじ)なら、不吉、戦争のシンボル?

さらに、時計と逆回りというのも気になる。「時間の逆行」を意味するからだ。ふつうに考えれば「時代遅れ」なのだが、ことがナチスなら、それではすまない。もっと、深淵な災いが潜んでいるに違いない。そんなこんなで、ナチスのトレードマーク「ハーケンクロイツ」は、悪と災いの極みにある。ちなみに、ハーケンクロイツはドイツ語で、英語では「スワスティカ(swastika)」。英語らしくない響きだが、インドのサンスクリット語からきているから(たぶん)。

ナチスは、この不吉な記号を愛用し、ドイツの国旗にまで採用している。歴史上、これほど権威づけされた「悪の記号」はないだろう。海賊のトレードマーク「ドクロ」などかわいいものだ。ちなみに、ナチス親衛隊(SS)も「ドクロ」の記章をつけたが、こっちはゼンゼンかわいくない(ドイツ国民でさえ怖がっていたのだから)。

つぎに、「ビジュアル」。

ユダヤ人や政治犯の処刑、アウシュビッツ収容所の惨劇が映像フィルムとして残っている。これ以上の証拠はないだろう。一方、11世紀~13世紀の十字軍の戦いでも大量虐殺が起こっているが(市民も含む)、ビジュアルな証拠は絵画だけ。そのため、現実味のない遠い昔の「十字軍の物語」になっている。絵画と映像ではこれほど違うのである。

最後に「言葉」。

ナチスを象徴する言葉は、キャッチコピーの域を超えている。「概念・思想」にまで昇華しているのだ。結果、哲学や宗教のように、人を支配する力をもっている。

具体例をあげよう。

第二次世界大戦中に、ナチスの強制収容所で殺害されたユダヤ人は600万人。日本の戦闘員と民間人を合わせた死者数(300万人)をはるかに上回る。想像を絶する犠牲者数だが、このような大量殺戮は歴史上珍しくない。

■大量殺戮の歴史

米国の図書館員マシューホワイトは、歴史の統計数字のコレクターだが、彼の著書には「ランキング:残虐な大量殺戮上位100位」が載っている。

その中から、歴史上有名なものを抜粋しよう(※2)。

チンギス・ハーン:4000万人

・中国の毛沢東:4000万人

・ソ連のスターリン:2000万人

・11世紀の十字軍:300万人

・カンボジアのポル・ポト:167万人

アステカの生贄:120万人

身の毛がよだつ「数」だが、この中には、純粋な戦闘による死者の数も含まれている。だからこそ、ナチスの「強制収容所だけで600万人」は異常なのだ。国が主導しない限り、これほどの大量虐殺はありえない。

その結果・・・

ナチスの悪の象徴となるキーワードがいくつも生まれた。ユダヤ人迫害、強制収容所、毒ガス、600万人、ホロコースト・・・これらのキーワードは「ナチス=悪」をイメージするには十分だ。ところが、ナチスの言葉のイメージはこれにとどまらない。
「ユダヤ人迫害→人種差別」
で別のイメージも呼び起こすのだ。

ヒトラーがユダヤ人を憎んでいたのは確かだが、感情だけで600万人も殺害したわけではない。人種差別で階層化された「ヨーロッパの新秩序」をもくろんでいたのである。

具体的にその階層とは・・・

1.金髪・碧眼(青い眼)のアーリア人(北欧系ゲルマン)

2.ラテン人(南ヨーロッパ)

3.スラヴ人(東ヨーロッパおよびロシア)

4.ユダヤ人

まず、頂点に立つのが金髪・碧眼のアーリア人で、最優秀民族とされた。それに次ぐのが「2.ラテン人」で、最悪ではないがアーリア人には劣る。「3.スラヴ人」はかなり劣り、アーリア人に奉仕するために存在する。最後の「4.ユダヤ人」は存在そのものが否定された。ロマをはじめとするジプシーもここに含まれる。これがヒトラーが思い描いた人種差別、ヨーロッパの新秩序だった。

このような人種差別は、遺伝子の改良で優秀な人間を創造しようとする「優生学」にもとづいていた。ところが、この時代、DNAの「二重らせん構造」はまだ発見されていない。ヒトラーは疑似科学を信じ、法律を整備し、行使したわけだ。

つまり・・・

ヒトラーの人種差別は、「言葉」を超えて「概念・理論」の域に達し、さらに「法律」にまで及んでいた。これほど徹底した人種差別は歴史上まれである。

■サブカル化したナチス

このように、ナチスの象徴は、記号、ビジュアル、言葉の相乗効果で、凄まじいレバレッジがかかっている。そして、これを加速するのが、ナチスが放つ負のオーラだ。

たとえば、海賊船のマストにはためく「ドクロマーク」。これをみて、何を連想するだろう。略奪、殺戮、悪者・・・一方、こんなイメージも湧く・・・冒険、発見、ロマン・・・漫画「ONEPIECE・ワンピース」を彷彿する世界だ。つまり、海賊のドクロマークは、明暗2つのイメージを合わせ持っている。

ところが、「ハーケンクロイツ」は・・・

表層意識的には、ナチス、侵略主義、人種差別、ホロコースト。

一方、潜在意識的には・・・

ダークサイド(暗黒面)、弱肉強食、超兵器、世界征服、千年王国、オカルト・・・

お気づきだろうか?

どれもこれも、サブカルチャー(サブカル)。だから、マニアの心を捉えて放さないのである。

しかも、ナチスのサブカルは、ラフからディテールまで一貫性がある。

たとえば・・・

ダークサイド(暗黒面)。

1933年7月26日、ナチスドイツで「遺伝的疾患児予防法」が公布された。舌をかみそうな字面だが、疾患をもった子供が生まれる可能性があれば、国が不妊手術を強制できるという法律。もちろん、将来背負うであろう親と子の負担を思ってのことではない。国に必要なのは優秀な人間だけ、という全体主義、国家至上主義に基づいている。

さらに・・・

1939年夏、ヒトラーは「安楽死計画」を承認した。ここでいう「安楽死」は、現在、世界中で議論されている「安楽死」とは似て非なるもの。ナチスのそれは、心身に障害のある人間の抹殺を最終目的にしているのだから。

1935年11月14日、「ドイツ人の血統と栄誉の保護のための法律」が制定された。これも意味不明だが、要は、ユダヤ人とドイツ人の結婚と性交渉を禁止する法律。

つまり・・・

国や習慣や文化が違っても、相手を尊重し、分けへだてなく接するのが光明なら、ナチスの法律は暗黒面(ダークサイド)。さらに、この暗黒面は「弱肉強食」、「世界征服」を彷彿させ、ナチスの「悪のイメージ」を一層強固なものにしている。

■ナチスはオカルト?

最後にオカルト。

「ナチス=オカルト」は、いかにもありそうな話だが、本当のところは?

じつは根拠がある。

1918年、ミュンヘンで「トゥーレ協会」が結成された。反ユダヤ主義・民族主義をかかげる「神秘主義的」な秘密結社である。そのメンバーをみると、興味深い・・・ナチス副総統のルドルフ・ヘス、ナチスの文化宣伝責任者のアルフレート・ローゼンベルク、さらに、ヒトラーお気に入りの地政学者カール・ハウスホーファー。

やっぱり、ナチスはオカルトだった?

ところが、意外なことに、ヒトラーはオカルトを嫌っていたフシがある。ヒトラーの忠実な僕(しもべ)ヒムラーは、オカルトにドップリだったが、ヒトラーはそれを嫌悪していた。神秘主義がナチスの使命をよからぬ方向に導くことを恐れたのである。もちろん、ナチスの使命とは、ゲルマン人によるユーラシア大陸の征服。これほど現実的かつタイトなミッションに、神秘主義が入り込む余地はない。

たしかに、ヒトラーは閃きと直感に頼る傾向があったが、オカルティストだったわけではない。若い頃、説明のつかない不思議な神秘体験をしているにもかかわらず。というわけで、歴史を見る限り、ヒトラーはリアリストといっていいだろう。スターリンほどではないが。

さらに・・・

ヒトラー個人に忠誠を誓い、ナチス政権を支えたドイツ国防軍も、オカルトとは無縁だった。つまり、ナチスの中核をなすヒトラーと国防軍は、徹底した現実主義者だったのである。

ではなぜ、ナチスはオカルトのイメージが強いのか?

原因はナチスではなく、オカルトそのものにある。オカルトというのは、絹のローブに付いた血痕と同じで、一滴でもやたら目立つのである。

《つづく》

参考文献:
(※1)アイアン・スカイBlu-ray豪華版(初回数量限定生産)松竹
(※2)殺戮の世界史~人類が犯した100の大罪マシューホワイト著、住友進訳早川書房

by R.B

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