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週刊スモールトーク (第205話) アイアン・スカイ(5)~夢を叶える方法~

カテゴリ : 娯楽

2013.05.05

アイアン・スカイ(5)~夢を叶える方法~

■夢をかなえる方法

ボク、ワタシには才能があって、こんな素晴らしいアイデアもあるのに、おカネがないばっかりに形にできない。世の中間違っている・・・

コンテンツ制作の現場にいると、こんな声があちこちから聞こえてきそうだが、実際はそうでもない。ほとんどのクリエーターにそんな”熱い”想いはない。日々、命じられた作業を黙々とこなすだけ。業界に”関わっている”だけで満足なのだ。

ところが、中には、サラリーマンを辞めて、自分の夢に人生を賭けるおバカな輩もわずかだがいる(ボクもそうだった)。若いというだけで素晴らしい可能性がある。だから、後先考えず、無謀な挑戦をするわけだ。ところが、そのほとんどが失敗する(あたりまえだが)。そこで、サラリーマンやっときゃ良かったと悔やむかというと、そうでもない。やって失敗する後悔より、やらなかった後悔の方が尾を引くから。まぁ、美しくも哀しい話だ。

ところが、まれに、大成功する人がいる。商売繁盛で貧乏からリッチへ。そして、ここが重要なのだが、ハッピーになるのは創業者だけではない。雇用された社員は生活の糧が得られるし、その家族も恩恵をうける。つまり、成功した事業家は雇用をとおして社会に貢献しているわけだ。メデタシ、メデタシ。

とはいえ、いいことばかりではない。ホリエモンの人生が物語るように、代表取締役、社長、CEO、呼び名は何であれ、最高経営責任者は常に危険にさらされている。たとえて言うなら、刑務所の塀の上を歩くようなもの。外側に落ちればよし、内側に落ちれば・・・

そんな向こう見ずな冒険者たちにお奨めするのが映画「アイアン・スカイ」だ。ゼロからスタートして、あれだけの成功をおさめたのだから。運も良かったのだろうが、創意工夫、涙ぐましい努力をしている。だから、参考になること間違いなし。

この映画は、そもそもがインディーズ(自主制作)。だから、初めから終わりまで貧乏。でも、チープな作品は作りたくないし・・・

ではどうしたのか?

ファンからカンパで1億円を集めた!

お見事と言うか、アッパレと言うか・・・でも、それで成功が約束されたわけではない。1億円ではロクな映画が作れないから。

そこで、「プロデューサー」兼「脚本家」兼「監督」のブオレンソラは、資金調達、制作、販促すべてにおいて、効率を極限まで追求した。使った道具は、もちろん、ウェブ(インターネット)。

■ビジネスモデル

「アイアンスカイBlu-ray豪華版(初回数量限定生産)」の何が「豪華」かというと、特典がついていること。たとえば、メイキング、予告、監督のインタビューなど。

それがどうした?

なのだが、クリエーターにとっては参考になる(と思う)。中でも、面白いのは「ビジネスモデル」編。内容はさておき、映像がレトロフューチャーで、見ているだけで楽しいのだ。

で、肝心の内容だが・・・

「アイアン・スカイ」のビジネスモデルのキモは、ズバリ「クラウド」。具体的には、資金集め、制作、販促、すべてにおいて、「インターネット・サービス」を徹底活用する。

ビジネスモデルは、大きく3つのコンポーネントで構成される。

1.クラウド・ファンディング(資金のカンパ

2.クラウド・ソーシング(業務の委託

3.クラウド・インベスティング(投資の募集

ただし、個々のコンポーネントはすでに存在し、アイアン・スカイのオリジナルというわけではない。

では、何が新しいのか?

3つのコンポーネントを融合し、システマティックに運用していること。コンテンツビジネスの参考になるので、個別に紹介していこう。

【1.クラウド・ファンディング】

クラウド・ファンディング(crowdfunding)とは、不特定多数の人がインターネットを介してお金を用立てるための仕掛け。たとえば、米国初の黒人大統領バラク・オバマは選挙資金集めでこの仕掛けを使っている。結果、抜群の集金力を誇るクリントン候補の資金量を上回り、最終的に勝利したのである。

もちろん、目的は資金集めなので、映画・アニメ・ゲームなどコンテンツ制作にも利用できる。ただし、アイアン・スカイはさらにもう一工夫・・・

グッズを注文して応援しよう!Tシャツ、ペット名札、戦時公債、DVD予約、映像視聴、最後の1セントまで作品制作に使われます・・・とフォロー。

さらに・・・

アイアン・スカイは趣味、趣味が広がる、関係が深まる。アイアン・スカイをフォローしよう!リアルタイムで毎日、毎週、毎月、毎年。フォローすると、映画制作、ゲーム開発、コンテンツ制作などに参加できるよ!

長くつきあえる作品にするために、組織の透明性を重視し、観客との連携をつづけます。

そして、もっとも大事なことは観客の意見を聞くこと

という具合で、ただ資金を集めるだけでなく、ファンを「アイアン・スカイ」の世界に巻き込み、口コミで評判を広めようとしている。ユーザー主導といえば聞こえはいいが、ファンを販促用コマンドー(戦闘員)に再教育しているわけだ。悪い意味で言っているのではないですよ。だって、みんなハッピーなんだから。お見事!

さらに、既存のコンポーネントを組み合わせ、相乗効果を生みだし、レバレッジ(てこの原理)を狙っている。こういうシステマティックな運用はインターネットが最も得意とするところ。まさに、ウェブ活用のお手本だ。ブオレンソラ監督、冴えてますね!

【2.クラウド・ソーシング】

クラウド・ソーシング(crowd・sourcing)とは、インターネットで不特定多数の個人や組織に業務を委託すること。一般に、外部に業務を委託することを「アウト・ソーシング(out・sourcing)」というので、クラウド・ソーシングはそのインターネット版。

実際、映画「アイアン・スカイ」でも「クラウド・ソーシング」は利用されている。CGを担当した「エネルギーギア・プロダクション」は800カットの映像を制作したが、宇宙艦隊戦だけは手に負えなかったという。そこで、クラウド・ソーシングを使って、ファンサイトにこう呼びかけた・・・

宇宙船や空中戦の映像制作の専門家で、半年ほどフィンランドに住める人は連絡を!

それで何人か来てくれて、その中にスペースオペラのカリスマ「ギャラクティカ」のスタッフもいたという。こうして、スターウォーズに優るとも劣らない宇宙艦隊戦が完成したのである。

そもそも、手に負えない業務が発生したとき、誰に頼っていいかわからないし、調べるのも大変だ。ところが、クラウド・ソーシングなら、ウェブサイトで呼びかけるだけ。もっとも、ウェブサイトの認知度が低いと意味がない。誰も見てくれないから。

【3.クラウド・インベスティング】

一般に、コンテンツの制作費は少数の大口投資家の投資に頼っているが、クラウド・インベスティングはその逆。インターネットを利用して、多数の小口投資家から投資してもらう。たとえば、2009年に設立された「kickstarter」。Kickstarterは投資家と開発会社との橋渡しをする企業で、すでに多くの実績をあげている。

というわけで、3つのクラウドを使えば、資金援助、業務委託、投資、すべてをカバーできる。

ただし・・・

クラウドがかなえてくれるのは「コストパーフォーマンス=費用対効果=効率」であって、売れる商品の創造ではない。

では、アイアン・スカイを成功に導いた直接要因は?

と、その前に、アイアン・スカイは本当に成功作?

■アイアンスカイの評価

まず、ビジネス視点でみてみよう。つまり、儲かったか?

【製作費】7,500,000ユーロ=9億6000万円

【興行収入】8,012,949ドル=6,169,970ユーロ=7億9000万円

※1ユーロ=128円、1$=0.77ユーロで計算。

興行収入には、DVDなどの販売は含まれないので、収支はトントン?とはいえ、9億円もかき集め、そのほとんど回収しているので、「インディーズ(自主制作)」としては大成功だろう。

次に顧客満足度。

周囲のクリエーターの意見を総括すると・・・

・話題性はありそうだけど、言うほど面白くない

・笑える話なんだろうけど、心底笑えない。

・ナチスネタが好きな人しかわからない?

・B級なんだから、こんなもんでしょ。

・でも、CGは綺麗

amazonの評価も似たようなものだ。ただ、個人的にはこんな感想をもっている。

もし、CGがチープだったら、アイアン・スカイはB級SFの「その他」の棚に放り込まれていただろう。実際、役者の演技はB級だし、ネタと発想はいいのに、脚本が練り込まれていない。つまり、すべてが中途半端。

ところが、CGだけはグッド。特に、宇宙艦隊戦は息を呑むほどの迫力だ。しかも、オタクゴコロをくすぐる。ちなみに、「B級SF&インディーズ」はオタクに響くカテゴリー。というわけで、この映画のキモはCG、と個人的には思っている。

■制作秘話

映画「アイアン・スカイ」の制作費は9億6000万円。ハリウッド映画のほぼ1/4。とはいえ、インディーズ(自主制作)にしては破格の予算だ。

まず、注目すべきは、10億円にしてはデキがいいこと。完成度が低いのは否めないが、少なくとも「チープ」さは感じられない。制作費40億円でも、もっとチープで面白くない映画はごまんとあるから。

ということは・・・

アイアン・スカイには、コストパーフォーマンスを高める秘密の手法があるはず。われら貧乏クリエーターにとっては耳寄りの話だ。さっそく、秘密の呪文を解き明かすことにしよう。

主題はもちろん・・・

どうやって、軽四の予算でベンツを作るか?

ブオレンソラ監督は、インタビューで(※)、それを切々と語っている。

たとえば・・・

カットはすべて一発勝負
一度でもやり直した最後、予算オーバー。

準備は2年、制作は数ヶ月。
カネのかからない前工程に十分時間をかけ、カネのかかる制作はチャチャッと。

さらに・・・

アイアン・スカイのCGを担当した「エネルギーギア・プロダクション」は、デザイナーが20人しかいない。ところが、あの品質で800カット!デザイナーの手が早いのだろうが、エネルギーギアの社長とブオレンソラ監督が友人というのも一因になっている。あうんの呼吸なら、オーバーヘッドがミニマムに抑えられ、効率は劇的にアップするから。

つぎに、CG制作の現場をみてみよう。

・CGデザイナーは20人(全員男性)。

・10m以上のオブジェクトはCGで、それより小さい物は実物を使う。

・CGツールは、Maya、Lightwave3D10。

Mayaはハリウッド映画ではスタンダードだが、Lightwave3Dはどちらかというとアマチュア向け。ただし、Lightwave3Dはモデリング(形状作成)の効率がいいので、プロフェッショナルの現場でもよく使われる(特にアニメ作品の3Dで)。

・AdobeCreateiveSuite5。
複数の画像編集ソフトが入ったパッケージ。特に、Photoshopはテクスチャ(形状に貼り付ける画像)の作成に欠かせない。

・40台のコンピュータ、昼間は半分を使って、夜間は全部使う(レンダリング専用?)。
CPU:i7、メモリ:16GBで十分だという(けっこう高いスペックだと思うが)。

・GPUは使わない。重要なのはCPUの速さとメモリ容量。
GPU(グラフィックプロセッサ)は、ゲームなどのリアルタイムレンダリングには欠かせないが、映像系のプリレンダリングでは使わない。CPUの力業で押し切る。エネルギーギア・プロダクションの手法というより、CGツールのスペック。

というわけで、CGで作る方が安上がり。SFミニチャは過去のものとなってしまった。

■ナチスネタ

映画「アイアン・スカイ」の成功は、クラウドを使ったビジネスモデルと、コストパーフォーマンスの高いCGに拠るところが大きい。

でも・・・

ビジネスモデルとCGが良くても、失敗した映画はいくらでもある。だから、成功の決定的要因とは言えない。

では、アイアン・スカイを成功に導いた決定的な要因とは?

ナチスネタ」・・・これに尽きるだろう。

実際、ナチスと言えば・・・

芝居がかった黒ずくめの軍服に身を固め、10年先を行く超兵器を操り、国民洗脳、民族虐殺、領土侵略、とあらゆる悪事に手を染めた。映画やゲームで察しのとおり、ナチスとゾンビはどれだけ殺してもいいことになっている。

しかも、ナチスの志は限りなく高い。

一つの民族(Ein Volk)

一つの帝国(Ein Reich)

一人の総統(Ein Fuhrer)

唯一選ばれた「アーリア人」が、たった一人の指導者「ヒトラー」に率いられ、血塗られた侵略を繰り返し、最後に全世界が「ドイツ第三帝国」に統合される。これがナチスが夢見た「千年王国」だった・・・これに優るキャッチ(ネタ)はないだろう。

《完》

参考:
(※)アイアン・スカイBlu-ray豪華版(初回数量限定生産)松竹

by R.B

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