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週刊スモールトーク (第204話) アイアン・スカイ(4)~全面核戦争~

カテゴリ : 娯楽

2013.04.28

アイアン・スカイ(4)~全面核戦争~

■月面基地攻防戦

ナチス宇宙軍に勝利した地球連合軍は、次に月に向かった。月面基地を破壊し、ナチス第四帝国を完全に葬り去ろうというのである。背中に羽根が生えた黒ガラス衣装の、チンドン屋みたいなヴィヴィアン艦長は鼻息が荒かった。

ヴィヴィアン:「さあて、お次は月面ね。奴らの基地もぶっ壊してやる。さあ、いい?核攻撃の準備よ。やつらの要塞にぶち込んでやるわ!」

男性クルー:「女性や子供がいるのでは?」

ヴィヴィアン:「米国はテロリストとは交渉しないの!」

ブリッジが凍りつく。

女性クルー:「では、核攻撃の準備を・・・」

ヴィヴィアン:「いいから、さっさとぶっ放せ!」

男性クルー:「核弾頭発射!」

こうして、何のためらないもなく、核ミサイルは発射された。複数の核弾頭が基地を直撃し、挑発的なハーケンクロイツ型の要塞は崩れ落ちた。中には女子供もたくさんいるのに。これでは、どっちが「悪」かわからない。もちろん、ブオレンソラ監督はそれを狙っている。

つまり・・・

ナチスを笑うと見せかけて、米国をコケにしているのだ。ちなみに、アイアン・スカイはフィンランドとドイツの合作映画。両国は第二次世界大戦で、同じ枢軸国側として戦っている。もっとも、一心同体だったわけではない。ソ連という共通の敵がいたから。まぁ、敵の敵は味方というところだろう。

■神々の黄昏号

シーンは変わって、月面ナチスの最終兵器「神々の黄昏号」のブリッジ(指揮所)。宇宙戦艦ヤマトを意識したのか、中は異様に広い(ブオレンソラ監督は宇宙戦艦ヤマトが大好き)。

ブリッジ内の装飾は「スチームパンク&レトロフューチャー」で統一されている。「スチームパンク」は蒸気機関と機械式の時代が延々と続いた世界、「レトロフューチャー」はハイテク未来世界だが、古色蒼然としてレトロ、という感じ。

ところが、蒸気式、機械式を意識しすぎたのか、全体が暗青のモノトーン調。知人の凄腕CGデザイナーによれば、女性に比べ、男性は微妙な色使いが苦手で、この映像からはそれが感じられるという。そういえば、アイアン・スカイのCGを担当した会社には女性は一人もいない(※1)。

とはいえ、いくらスチームパンクでも、色がないのは芸がない。デビッド・リンチ監督の「デューン/砂の惑星」はスチームパンクの金字塔だが、暖色系と寒色系を巧みに使いわけている。また、同じスチームパンクのゲーム「ガジェット」も、映像は暗めだが、多彩で美しい。なので、
「スチームパンク→鋼鉄+蒸気機関→モノトーン寒色系」
は承服できません。

ところで、「神々の黄昏号」内部の背景はマットペイント(手書き)だという(※1)。あまりに精緻でリアルなので、最初はCGかと思った。先の凄腕CGデザイナーによれば、マットペイントは、一度CGでおこして、手書きで上書きすると見映えが良くなるという。それにしても、本物ソックリでビックリ。本物は見たことないが。

ブリッジ中央に、面白いアイテムがある。3Dレーダー「ファントスコープ」だ。半透明の乳白色の円筒ケースのなかに、敵船が映っている。よく見ると、今どき珍しい線画映像。きっと、「ベクター画像」をアピールしているのだ。

一般に、写真のような多彩な画像は、小さな画素(ドット)の集まりで表現される。たとえば、液晶で画素数「1024×768ドット」なら、横方向に1024個、縦方向に768個の画素が並んでいる。これが「ラスター画像」で、その反対言葉が「ベクター画像」だ。

ベクター画像」は線画に特化した描画方法で、始点と終点と中間点と、いくつかのパラメータを指定するだけで、滑らかな曲線を描く。つまり、線上の点(画素)をデータとしてもっているのではなく、計算によって求めるわけだ。そのため、どれだけ拡大しても、滑らさは失われず、ラスター画像のようなジャギー(ギザギザ)も出ない。

ということで、先の3Dレーダー「ファントスコープ」は、わざわざ線画にして、ベクター画像をアピールしているのだろう。

それが、どうした?

たしかに・・・

でも、「レトロフューチャー」を強調したいなら、ベクター画像は良い選択だ。線画なのでレトロ、でも、計算で描画するのでハイテク!もっとも、誰も気づいてくれないのが難点だが。これに限らず、アイアン・スカイには、分かる人だけ分かってくれればいい的な秘密がたくさん埋め込まれている。一見、オチャラケにみえるが、じつのところ、けっこうマニアックな映画なのだ。

月面親衛隊准将クラウスは、ブリッジに陣取り、「神々の黄昏号」を出撃させようとしていた。ヘリウム3エンジンが始動し、月面の砂ぼこりの中から、超巨大戦艦が浮上する。ブオレンソラ監督が「素晴らしい瞬間」と自画自賛するシーンだ。作った本人がそう言うのだから、そうなのだろうが・・・なぜか、ピンとこない。

ブオレンソラ監督は、メカを作るとき、宮崎駿のアニメ「天空の城ラピュタ」を参考にしたという。宮崎駿は、知る人ぞ知る「軍事&メカオタク」。実際、彼が描くメカはオタクゴコロをくすぐる。ところが、神々の黄昏号は、宮崎駿のメカゴコロを継承していない。ゴツゴツして、複雑に見えるが、単に面を細かく割っただけ。しかも、コピペで部品数を量産している。というわけで、鳥瞰(ちょうかん)すると弁当箱にしか見えない。大切なのは、アウトライン、グランドデザインなのにね。

クラウスは「神々の黄昏号」の主砲で地球を攻撃しようとしていた。ところが、地球は月の地平線の下。そこで、クラウスは月の地平線めがけ、主砲を発射した。月面がめくれあがり、地平線が陥没し、そのヘコミから地球の頭が顔をだす。クラウスが月の地平線を破壊したのは、地球を射程に入れるためだったのだ。なんという大技!

次に、クラウスは主砲の照準を地球に合わせる・・・と、その時・・・愛の伝道師レナーテが登場。じつは、レナーテとジェームズは「神々の黄昏号」の出撃を阻止するため月面基地に戻っていたのである。

死闘の果てに、勝利したのは、なんとレナーテだった。可愛いとお人好しが取り柄の小娘が、どうやって身長2mのマッチョを倒せるのだ?

とまぁ、ツッコミどころ満載なのだが、レナーテのおかげで、地球は救われた。その後、ヴィヴィアン艦長率いる地球連合軍が「神々の黄昏号」を撃墜し、月面ナチスは滅亡、メデタシメデタシ・・・

とはいかなかった。

■全面核戦争

舞台は変わって、地球の首脳会議。

「ヘリウム3」を巡って会議は紛糾していた。以前から、米国が、月面のヘリウム3をコソコソ採掘しているというウワサがあり、それが露見し、各国の首脳がキレたのである。

ところで、「ヘリウム3」って?

これが実在する物質らしい。

しかも、核融合の有力な燃料で、月に豊富にあるという。ヘリウム3さえあれは、米国はこの先、数千年間エネルギー問題とは無縁です、と大統領補佐官に耳打ちされると、米国大統領は平然と言い放った。

米国大統領:「あれ(ヘリウム3のサイロ)はうちのよ」

会議場に怒号が飛び交う。ところが、米国大統領はひるむ様子はない。

米国大統領:「月は米国の領土よ。星条旗だって立ってるじゃない。ナチをやっつけたのは誰?そう、私たち!」

会場は騒然となり、靴の投げ合いが始まった。

それをうけて、地球連合軍も仲間割れ、宇宙艦同士の戦いが始まった。今度の敵は月面ナチスではない。そして、地球上では糸を引くようなミサイルの航跡が・・・核ミサイルが発射されたのだ。こうして、地球は全面核戦争へ。

ここで、エンドロールが流れ、最後に赤茶けた惑星が現れる。上空には人工衛星・・・全面核戦争で荒廃した地球か、それとも火星か?

そこで、ブオレンソラ監督がつぶやく・・・復讐の物語の終わりは、いつも悲劇的だ。うまくいったためしがない。虚しいものね。

■「ナチス」が嫌われる理由

映画「アイアン・スカイ」は、ナチスを笑うとみせかけて、じつは、米国を風刺している。いや、コケにしているといった方がいい。第一次世界大戦と第二次世界大戦で一人勝ちし、超大国として君臨し、やりたい放題し放題。なまじ力があるから始末に負えない、というわけだ。

では、なぜ、ナチスを笑う必要があるのか?

ナチスを讃えると、上映禁止になるから。

ナチスは、1945年以降、時空を超えた「悪の象徴」となった。欧米では、公の場で「ナチス式敬礼」や「ハーケンクロイツ(逆カギ十字)」はタブーだし、本家ドイツでは「民衆扇動罪」で逮捕される。

「アイアン・スカイ」の主役のユリア・ディーツェ(ドイツ人)も、
「ドイツではナチスについて語ることはタブーで、ナチスに興味を持つ人間は危険視される
と言っている(※1)。ところが、日本は「ナチス」の無法地帯。「親衛隊コスプレ」の写真撮影会まであるのだから。コワイ、コワイ。

では、なぜ、ナチスは「悪の象徴」なのか?

第二次世界大戦で他国を侵略したから?

当たらずとも遠からず。

歯切れの悪い言いようだが、この惑星では「侵略」は日常茶飯事なので。実際、19世紀初頭、フランスのナポレオンはヨーロッパ全土を征服し、ロシアにまで侵攻している(ただし失敗)。目的も結果も、ナチスドイツの歴史そのままだ。

では、なぜ、ナポレオンは英雄で、ヒトラーは悪魔なのか?

じつは、「ナポレオン=英雄」は日本の話で、ナポレオンはフランス本国では人気がない。まぁ、それを考慮しても、
「侵略=絶対悪」
はムリがある。では、ナチスの悪評の原因はユダヤ人の迫害

ところが、ユダヤ人の迫害はナチスの時代に始まったわけではない。今から、3000年前、エジプトで歴史的事件が起こっている。エジプト王国に住むユダヤ人がファラオの迫害を受け、モーセに率いられ、エジプトを脱出したのである(チャールトン・ヘストン主演の映画「十戒」で有名)。その後も、ヨーロッパを中心に、ユダヤ人迫害は後を絶たなかった。近代フランスでも、19世紀末の歴史的なユダヤ人迫害「ドレフュス事件」が起こっている。

では、なぜ、ナチスだけが非難を浴びるのか?

理由は3つある。

第一に、ナチスのユダヤ人迫害は、写真や映像、つまり、動かぬ証拠がある。

第二に、ナチスのユダヤ人迫害は度を超していた。

戦争が始まれば、捕虜や民間人の殺害は珍しくない。正義を標榜する英米でさえ、ドイツや日本の都市を爆撃し、何十万、何百万人もの民間人を虐殺している。戦争を始めたのは枢軸国側だから、という理屈はあるだろうが、やったことはやったこと。捕虜・民間人の虐殺に変わりはない。つまり、捕虜や民間人の虐殺で罪に問われるのは「負けた国」だけ

ところが・・・

ナチスが行った迫害・虐殺は戦争とは関係がない。ヒトラーの「人類の浄化」という私的な思想に基づいている。具体的には、アーリア人以外を劣等民族とみなし、差別、迫害、虐殺したのである。つまり、罪を犯したから、怨みを晴らすため、領土拡大のため、など現実的な理由がない。このような特定の民族・国家・宗教を対象にした大量虐殺を「ジェノサイド」とよんでいる。

ヒトラーの人種差別の対象になったのは、同性愛者、精神病患者、ロマ(ジプシー)だが、犠牲者の数では、ユダヤ人が圧倒する。そのきっかけとなったのが、1938年11月9日の「ヒトラーの官製暴動~水晶の夜~」だった。さらに、1942年1月20日、ナチスの中堅幹部がヴァンゼー湖の別荘に集まり、ユダヤ人の組織的・体系的な殺害計画が確認されている。

その結果・・・

アウシュヴィッツ収容所で110万人、ベルゼック収容所で60万人、トレブリンカ収容所で80万、ヘウムノ収容所で30万人が殺された。そのため、1943年後半には、ドイツの支配地ではユダヤ人がほとんどいなくなった(※2)。このナチスによるユダヤ人大量虐殺を「ホロコースト」とよんでいる。

ナチスだけが非難を浴びる第三の理由・・・

戦後、当事者の東西ドイツが、
「ナチスの行いは弁解の余地のない大罪」
と認めたから。ところが、興味深い事実がある。「ナチス・ドイツ」という言葉は、世界中で使われているが、戦前のドイツで使われた形跡がない。ところが、戦後、東西ドイツ両政府は「ナチス・ドイツ」を積極的に使うようになった。

つまり・・・

ホロコーストは、「ドイツ」ではなく「ナチス・ドイツ」がやったこと?

ということで、ナチスをモチーフにするのは難しい。とくに、「ユダヤ人の迫害」は。実際、アイアン・スカイには、「ユダヤ人」を連想させるイベント・セリフは一切出てこない。笑いも風刺も通用しないからだろう。この暗黒面がある以上、「ユダヤ人」を除いて笑い飛ばすか、ドキュメンタリーにするかないのである。

■アイアン・スカイの正体

ここで、映画「アイアン・スカイ」の正体について言及しよう・・・話題性抜群の「ナチス」をモチーフにし、ナチスのタブーを回避するためにナチスを笑い、その返す刀で、米国を一刀両断。これが、この映画の本質なのだ。ブオレンソラ監督、なかなかやりますね。ちなみに、ブオレンソラ監督はフィンランド人。

であれば、この映画は、深く考えず、笑い飛ばすのが筋だろう。ところが、脚本のあちこちに、よからぬ想像をかきたてる「隠語(含み)」が散りばめられている。それを理解するにはナチスの知識、米軍の知識が必要だ。だから、「アイアン・スカイ」は、何も考えずに観る映画ではない。

ここで、アイアン・スカイを総括すると・・・

本当は笑い飛ばすシーンなのだが、心底笑えない。インディーズ(自主制作)作品なのだが、チープではない。CGはハリウッド映画なみだが、ハイエンドとはいえない。つまり、なにもかもが中途半端。ところが、奇抜なアイデアと「Goodenough(まーいいんじゃない)」品質で、コアなファンをつかんでいる。不思議な映画だ。

最後に、主な登場人物を紹介しておこう。

【レナーテ・リヒター(ユリア・ディーツェ)】

マッドサイエンティスト・リヒター博士の愛娘で、月面基地で地球学を教えている。ナチスコスプレがよく似合う可愛い女性。ドイツの片田舎にいるような純朴で、騙されやすい小娘で(勝手に想像している)、ずっと、ヒトラー総統は偉大な指導者だと思い込んでいた。その後、ナチスの正体に目覚めて、月面ナチスから地球を守ろうとする。

【クラウス・アドラー(ゲッツ・オットー)】

月面親衛隊の准将。レナーテのフィアンセだが、女性を子孫繁栄の道具にしか思っていない。月面総統コーツフライシュを抹殺して、総統の座を奪おうともくろんでいる。意地の悪そうな顔をした身長2mのマッチョで、冷酷無比な軍人。

【ジェームズ・ワシントン(クリストファー・カービイ)】

黒人モデルから宇宙飛行士に転職し、月の裏側に行く。ところが、そこで月面ナチスに拉致され、白人に変えられてしまう。自分のアイデンティティが奪われたことに腹を立て、月面ナチスを深く恨んでいる。レナーテにほの字で、彼女の良き協力者。

【ウォルフガング・コーツフライシュ総統(ウド・キア)】

月面ナチスの総統。クラウスが「ハイル・コーツフライシュ」ではなく、「ハイル・ヒトラー」と叫ぶのが気に入らない。年中、咳き込んでいて健康に自信がない。月面アレルギー?地球征服を目論んでいる。

【リヒター博士(ティロ・プリュックナー)】

工学、医学の大博士。ジェームズを黒人から白人に変えたり、人体実験にも手を染めている。物知りだが、気が触れているので、何をしでかすかわからない。主人公のレナーテの実の父。

【ヴィヴィアン・ワグナー(ペーター・サージェント)】

米国大統領の選挙責任者。部下をバカ呼ばわりし、いつもキレている。選挙キャンペーンで策が尽きたとき、クラウスとレナーテに助けられた。クラウスにほの字だったが、裏切られ、またキレる。そこで、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、月面ナチスの基地に核ミサイルをぶち込む。

【米国大統領(ステファニー・ポール)】

見てくれは、2008年の米国副大統領候補の「サラ・ペイリン」で、中身は、
「サラ・ペイリン+ジョージ・W・ブッシュ」
つまり、おバカで、イケイケで、ヨッパライの大統領。再選を狙って、どこに戦争をふっかけようか悩んでいたが、月面ナチスが攻めてきた。そこで、狂喜乱舞。

《つづく》

参考文献:
(※1)アイアン・スカイBlu-ray豪華版(初回数量限定生産)松竹
(※2)殺戮の世界史~人類が犯した100の大罪マシューホワイト著、住友進訳早川書房

by R.B

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