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週刊スモールトーク (第181話) 日中尖閣戦争Ⅳ~反日の理由~

カテゴリ : 戦争歴史

2012.10.21

日中尖閣戦争Ⅳ~反日の理由~

■征服王朝

中国は、なぜ尖閣諸島問題で譲歩しないのか?

譲歩すれば、「反日&反政府」の大暴動が起こり、手がつけられなくなるから。

領土問題は尖閣諸島だけじゃないのに、なぜ、尖閣だけガチなのか?

中国人は日本が大嫌いだから。

なぜ、嫌いなのか?

日本が中国を攻めたから。

周知の歴史によれば、日本が中国を攻めたことは3回ある。1592年~1598年の朝鮮出兵、1894年~1895年の日清戦争、1937年~1945年の日中戦争である。

ところが、中国を攻めたのは日本だけではない。

しかも、征服に成功した王朝もある。年代順に列挙すると、
・ 10世紀、契丹族の「遼」が中国の東北部を征服。
・ 12世紀、女真族の「金」が中国の北半分を征服。
・ 13世紀、モンゴル族の「元」が中国全土を征服。
・ 17世紀、女真族の「清」が中国全土を征服。

歴史上、この4つの王朝を征服王朝とよんでいる。わざわざ、”征服”王朝とよぶのは、漢族以外の民族が打ち立てた王朝だから(漢族は中国の主要民族)。

ではなぜ、中国は征服王朝の民族を目の敵にしないのか?

漢族に同化したから。

ところで ・・・

中国を侵略したのは、日本や征服王朝だけではない。

■植民地になったアジア

15世紀末、歴史上有名な大航海時代が始まった。16世紀半ばになると、堅牢なガレオン船が発明され、大西洋や大平洋のような大海も往き来できるようになった。すると、世界は一つになり、欲に目がくらんだヨーロッパ列強がアジアに押し寄せた。なかでも中国は、人口が多く、資源も豊富なので、格好の標的となった。

19世紀、イギリスは中国(清)から、茶、陶磁器、絹を大量に輸入していた。一方、イギリスからの輸出品といえば、時計や望遠鏡のような珍品・希品。これでは、商売にならない。実際、イギリスの対中国貿易は大赤字だった。

イギリスにしてみれば、危険を冒してまでアジアに侵出したのは、大損するためではない。そこで、イギリスは悪魔のような方法を思いつく。インドで栽培したアヘン(麻薬)を清に密輸出するのである。こうして、歴史上有名な「三角貿易」が誕生した。

ここで、三角の辺は、
①イギリス→インド(綿織物)
②インド→中国(アヘン)
③中国→イギリス(茶)

ちなみに、①のせいで、インドは大損害をこうむった。大航海時代が始まった頃、インドの綿布・綿織物は世界一の生産量を誇った。たとえば、17世紀後半、インドのグジャラート地方の綿織物は、輸出用だけで毎年300万反も生産された(1反=約1000平方メートル)。一方のヨーロッパは、最大の紡織企業でさえ年間10万反にみたなかった(※1)。

ところが ・・・

18世紀、イギリスは産業革命により、工場制機械工業を確立し、安価な綿織物を大量に生産できるようになった。一方、インドはあいかわらず手工業。価格ではとてもかなわない。結果、インドの綿職人は職を失い、餓死し、大地は白骨で白く染まったという。

また、②は中国にしてみれば、「茶」の代金を「麻薬(アヘン)」で受け取るようなもので、とても容認できない。そこで、1838年、清の道光帝は、林則徐を特命大臣に任命し、アヘン密輸の取り締まりを命じた。林則徐は使命感に燃える正義の人だった。彼は、アヘン輸入の拠点「広東」に行き、アヘンの密輸を徹底的に取り締まった。イギリス商人が持っていたアヘンを没収し、「二度とアヘンを密輸しません」の誓約書を出させ、応じない商人は、片っ端から港から追っ払った。

もちろん、イギリスが黙っているはずがない。こうして、始まったのがアヘン戦争だった。この戦争は、1840年から約2年間、清とイギリスの間で戦われた。この戦いで、清は敗北し、南京条約が締結された。結果、清は多額の賠償金と香港の割譲、上海の他、5港の開港を強いられた。

当時の中国(清)は、物資や資源が豊かで、貿易の必要がなかった。その代わりに「朝貢(ちょうこう)」という、上から目線の疑似貿易が行われていた。中国の皇帝に対し、周辺国の君主が貢物を捧げ、それに皇帝が恩賜で応えるのである。ただし、「物資の過不足をおぎなう」貿易ではないので、珍品・希品がほとんどだった。

もちろん、これでは、イギリスは商売にならない。産業革命で大量に生産した綿織物を、中国で売りさばく必要がある。では、どうすれば良いのか?

清に、開港させ、自由貿易を押しつける

ところが、清は物資が豊富で、貿易の必要がない。だから、決して受け入れようとしなかった。そこで、イギリスは手っ取り早い方法を思いつく。何でもいいから、口実をみつけ、清に戦争をふっかけ、打ち破り、都合の良い条約を結ぶ ・・・ やがて、そのチャンスがやってきた。

1856年10月8日、清の官憲が、イギリス船籍を名乗る中国船アロー号を臨検し、船員12名を拘束、3人を逮捕したのである。時を得たり、イギリスはさっそく清に抗議した。逮捕の際に、イギリスの国旗が引きずり下ろされたのも良い口実になった。イギリスに対する侮辱、というわけだ。

こうして、清とイギリス・フランス連合軍の間で戦争が始まった。アヘン戦争と常にセットで語られるアロー号戦争である。最終的に、イギリス・フランス連合軍は北京を占領し、戦争は終結、北京条約が締結された。この条約により清は、天津を開港し、イギリスに九竜半島を割譲した。

また、アロー号戦争で、調停に入ったロシアも、外満州(現在の沿海州)を獲得した。ロシアは、その沿岸に軍港ウラジオストックを建設し、ロシア太平洋艦隊を常駐させた。じつは、これは軍事上、非常に大きな意味をもつ。シベリア鉄道を使えば、ロシア本国からウラジオストックまで大軍を一気に輸送できる。さらに、ウラジオストック港は日本海に面しているので、ロシアは日本海にいつでも大軍を送り出せるわけだ。

つまり、ロシアは、アロー号戦争のドサクサに、極東への足がかりを築いたのである。これに危機感をもったのが日本だった。このままでは、日本は日本海をはさんでロシアの大軍と対峙することになる。日本にとっては、国家安全保障の最大の危機である。そこで、日本は「日露戦争」という大博打に打って出るしかなかった。

ということで ・・・

中国はヨーロッパ列強に「恨み骨髄」のはず。

ところが、現実は ・・・

1997年7月1日に、香港はイギリスから中国に主権移譲されたが、その後、中国とイギリスの間に大きなトラブルはない。

日本への恨みは忘れないが、ヨーロッパへの恨みはすっかり忘れた?

なぜ?

白人に征服されるのはまだしも、同じ黄色人種に下になるのは我慢ならない ・・・

人間の感情には2種類ある。「喜怒哀楽」系と「嫉妬・ひがみ・やっかみ」系である。前者は時間とともに消滅するが、後者は立場が逆転するまで消えることはない。だから、個人差はあるが、中国とのつき合いは限られたものになる。深入りすると、不愉快ではすまなくなるから。今回の反日暴動のように。

■反日の理由

ここで、中国の日本への「恨みつらみ」を分析してみよう。

直接原因は、もちろん、日本の「大陸侵攻」である。

まずは、朝鮮出兵から。読んで字のごとく、「中国」出兵ではなく、「朝鮮」出兵である。じつは、中国の明は援軍を出しただけで、中国本土は侵略されていない。なので、この戦役での「恨みつらみ」は中国というよりは朝鮮。

つぎに、日清戦争。このときも主戦場は朝鮮半島で、中国での戦場は、沿岸部の一部に限られる。さらに、当時の中国の清王朝は漢族ではなく、女真族である。なので、この戦役での「恨みつらみ」は朝鮮と女真族。

最後に、日中戦争。この戦争は、日本と中国(漢族)が戦っているし、戦場も中国本土。なので、これこそ、中国が日本を「恨みつらみ」の根拠!

ところが ・・・

この戦争で戦った中国(漢族)は、今の中国共産党ではない。蒋介石が率いた中華民国、つまり、今の台湾である。だから、この戦争で、日本に「恨みつらみ」があるとすれば、今の台湾のはず。ところが、その台湾とは比較的仲がいい(今のところ)。そもそも、日中戦争の最中、蒋介石は日本との戦いより、共産党との戦いを優先した時期もある。それほど、蒋介石は毛沢東の中国共産党を怖れていたのである。

では、日本が直接戦った中華民国(台湾)とは比較的仲が良く、中華民国と戦った中国(共産党政権)が日本を憎むのはどういうわけだ?

洗脳的教育

中国では、子供の頃から、地理の教科書で「釣魚島(尖閤諸島の中国名)は中国固有の領土」と教えられて育つ。さらに、侵略記念日とか、恥辱の日とか、様々なキーワードで、日本への「恨みつらみ」を刷り込み、増幅させている。

遠い昔のことを昨日のことのように思い返し、復唱し、忘れない、許さない、というわけだ。言ってみれば、日本が、広島・長崎に原爆投下された日を、「アメリカ大量虐殺の日」とかで、アメリカ人を憎み続けるようなもの。そんな過去はとうの昔に忘れ、アメリカと同盟国になって、幸せに暮らせればオッケーな日本人と、忘れない、許さないの中国人が、かみ合うわけがない。

■日本人から見た中国

20世紀初頭、日本は欧米列強に肩を並べようと、アジアの植民地化に乗り出した。ところが、アメリカのルーズベルトはこのような「黄禍(黄色人種のわざわい)」を忌み嫌った。そして、ロクな武器も持たない小国でも、宣戦布告をせざるをえないような最後通牒をつきつけ、太平洋戦争に引きずり込んだのである。

そして、圧倒的物量で日本を打ち負かし、最後は、アメリカ兵の犠牲を減らすと言う名目で、広島・長崎に原爆を投下した。しかし、原爆投下の経緯をみると、原爆の効果を確認するための「人体実験」だったことは明らかだ。

そして、戦争が終わると、もう二度と戦争はしません、という誓いを立てさせられ、「平和憲法」まで押しつけられ、いつのまにか、骨抜きにされてしまった。洗脳の方向が、中国と真逆なのである。人間はなぜこうも、「中庸」の価値が理解できないのだろう。

その結果、日本人は中国の反日暴動をみて、こう思っている ・・・

中国は「歴史」教育の前に、「道徳」教育が必要なのでは?

器物破損、放火、窃盗、半殺しは、デモじゃなくて犯罪でしょ。

それを放置する当局は信じられない。まるで、無法国家。

政治・外交の話の前に、人としてやってはならない行為をやっている。

中国が生んだ儒教の教えはどこへ行った?

・・・

だから、日本人はダメなのだ。

中国当局が、確信犯的にやっているのに、道理や道徳に訴えてどうする

ここで、中国の言い分を代弁しよう ・・・

日本はかつて、中国を侵略したじゃないか。器物破損、放火、それがどうした!日本がやったことと比べればゴミだろ!

というわけで、日本人のヤワな道徳観など通用するはずがない。

もちろん ・・・

日本は我慢するべきだ、と言っているのではない。それが中国の主張なら、日本の主張もある。そこで、妥協する必要は一切ない。ただし、前述したように、国民性、文化がまるで違うのだから、行き着くところ「損得=力技」で決着をつけるしかない。すでに、中国は、戦争以外のすべての「力技」を使っている。もちろん、これで終わるはずがない。尖閣諸島の占領を、虎視眈々と狙っているはずだ。

おおげさ?

では、最近の中国の領土問題をみてみよう。
・ 1949年:中国がウイグルに侵攻し、実行支配(→ 新疆ウイグル自治区)
・ 1950年:中国がチベットに侵攻し、実行支配(→ チベット自治区)
・ 1974年:中国が南ベトナムを海戦で破り、西沙諸島を実効支配
・ 1988年:中国がベトナムとの戦闘で勝利し、南沙諸島を実行支配
・ 1995年:中国がフィリピンのミスチーフ環礁に上陸し、実効支配。

これをみて、まだ、
「中国が尖閣諸島を強制占拠するはずがない」
と言い張る者がいたら、相手にしないほうがいいだろう。

もちろん、初めから武力に頼れ、といっているのではない。中国の歴史をみて、道徳や道理でおしてもムダ、といっているのである。だから、相手の「損得」に訴えるしかない。ちなみに、中国にとって一番の「得」は尖閣諸島の占領、一番の「損」は中国共産党支配の終焉

ということで、尖閣諸島問題は最終的には軍事力で決まるのだろうが、当面は、「損得」を突く政治力が試される。

■政治力の比較

では、ここで、日本と中国の「政治力」を比較してみよう。

まずは、中国。

中国は共産党の一党支配で、最高意思決定機関は「政治局常務委員会」で、9人で構成される(次期は7人)。その頂点に立つのが国家主席で、任期は1期5年、最長で2期と決められている。また、民選による政府ではないため、文化大革命のような権力闘争が起こらない限り、政権は安定している。さらに、客寄せパンダのような人気者が選ばれる心配もない。過酷な権力闘争を勝ち抜いた実力者と考えていいだろう。

また、中国は民主化が進んでいないので、情報隠蔽が容易である。そのぶん、大衆をコントロールしやすく、非公式な話し合いも可能だ。もし、平和的解決を望むなら、この「非公式」で「損得」を突くのも一つの手だろう。

一方、中国は民意が不安定なので、デモや暴動が起きやすい。本来、共産主義は、
「能力に応じて働き、必要に応じて取る」
平等社会なのに、貧富の格差が日本より大きい。「究極の矛盾」といっていいだろう。そして、今回の反日デモをみると、民衆の総意がそれに気づいた可能性がある。

今回の反日デモは、これまでのデモと決定的な違いがあった。

目をおおう「大破壊」ではなく、「毛沢東の肖像画」。

メディアが伝えた写真をみると、デモ隊が毛沢東の肖像画を掲げている。その光景があちこちで、見られたというのだ。

たかが肖像画、されど毛沢東 ・・・

毛沢東の古き良き平等社会を懐かしんでいる、という説もあるが、不平等社会への不満ととらえた方がいいだろう。

今の中国の政治力は、日本、アメリカを凌駕する。誉められた話ではないが、国際批判をものともせず、人民元を安く据え置き、貿易を有利にし、果敢な公共投資で不況を回避しようとしている。日本の政治家とは「本気度」が違うのだ。さらに、領土問題でも、一片の妥協もなく、あのアメリカさえ脅している。その力の根源となるのが政治局常務委員会だが、古代ローマの元老院の集団制と、独裁官の集権制をあわせもった強力な意思決定システムといっていいだろう。

しかし、一見無敵に見える中国の政治にも、アキレス腱がある。

民衆の怒りが、政府に向かないよう、日本を悪者にする ・・・ ここまでは悪くはないのだが、「憎悪」を増幅しすぎた点だ。

つまり、
「日本は悪者→憎め」
を徹底的に刷り込めば、
○○は悪者→憎め
という一般解まで刷り込まれる。

結果、民衆の意識が、「赦す」ではなく「憎む」がベースになる。これは、非常に危険な教育(洗脳)だ。

なぜか?

矛先が自分に向いたらどうするのだ?

もし、「憎悪」の対象が中国共産党にフォーカスしたら ・・・ 国中で大暴動がおこり、「中国共産党王朝」が転覆するかもしれない。民衆は絶対に「赦さない」のだから。

では、それはいつ起こるのか?

「貧富の格差」が、民衆の不満の第1位になったとき ・・・

つまり、貧富の格差が解消されるのが早いか、不満が爆発するのが早いかのチキンレースなのだ。でも、日本も昔そうだったけど、今では世界有数の平等社会、だから、中国も ・・・

いや、日本のようにはならないだろう。

中国は国土の広さも、人口も日本とは桁違いだ。だから、富が均等化するまでに長い年月がかかる。おそらく、歴史上最長。一方、インターネットの普及で、「不満」の伝達スピードは、歴史上最短。皮肉な話である。ということで、普通に考えれば、不満が爆発する方が早い

つまり、「赦すより憎め」を徹底教育したことが、中国の最大の失敗といえるだろう。たしかに、このまま、成長すれば中国はアメリカを抜いて、世界最強国になる。だが、その前に、
「貧富の格差 → 不満爆発」
が現実になれば、現王朝は倒壊するだろう。そして、中国共産党はそれを何より怖れている。

つぎに、日本の政治力。

日本は民選による政府なので、民意に左右される。また、マスコミの力も大きいので、政府が秘密を隠し通すことは難しい。また、中国のように一党独裁ではないので、野党のチェックにもさらされている。

そのため、日本政府は、国民や野党やマスコミに気を遣わねばならず、打つ手が限られる。そのぶん、日本政府の行動は予測しやすい。ここが、中国の政府との大きな違いだ。

ここで、両国の政治力をまとめると ・・・

中国政府は、内政・外交・軍事の自由度が高く、そのぶん、外部からは予測しにくい。日本政府はその逆だ。つねに、中国が先手をうち、日本が後手に回るのはそのためである。

■日中開戦

では、尖閣諸島問題は今後どうなるのだろう?

前述したように、ゲームのルールは中国が握っている。だから、軍事衝突が起こる可能性は十分ある。具体的には、アメリカが、
「自国の領土でもない、無人の小さな島に、アメリカの若者を送り込むのは間違っている」
という当たり前の事に気づいたとき、アメリカは中立に回るだろう。そのとき、中国は間違いなく、尖閣諸島を占領する。

そうなれば、日本政府は苦しい立場に追い込まれる。これまでの日本なら、しかたがない、で済むのだが、今回は難しい。民意が「反中国」に傾いているからだ。そうなれば、尖閣諸島への反攻作戦が実行され、中国軍と自衛隊が直接対決することになる。

つまり、日中開戦。

では、日本と中国、どっちが勝つのか

《つづく》

参考文献:
(※1)同時代史的 図解世界史 ジェフリー=パーカー著 浅香正訳 帝国書院=タイムズ

by R.B

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