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週刊スモールトーク (第144話) 大洪水時代(3)~ウトナピシュティムの洪水伝説~

カテゴリ : 歴史終末

2010.07.11

大洪水時代(3)~ウトナピシュティムの洪水伝説~

■ギルガメシュ叙事詩

シュメールの町ウルクに、ギルガメシュという王がいた。1/3が人間、2/3が神という超人である。その姿は神々しく、膂力(りょりょく)は天下無双だった。ために、ギルガメシュはわがまま放題、やりたい放題、民は苦しむばかりだった。

そんな横暴を見かねた神々は、英雄エンキドゥをウルクに送り込む。ギルガメシュを抑えるためである。ギルガメシュとエンキドゥは死闘を繰り返したが、なかなか決着がつかなかった。やがて、2人は闘いをやめ、互いに讃え合い、無二の親友となった。

ある日、ギルガメシュはエンキドゥを誘い、旅に出る。森に住む怪物フンババを退治するためである。フンババは知力と膂力をそなえた恐ろしい怪物だったが、二人は力をあわせ打ち倒す。勝利したギルガメシュは、フンババの頭を切り取り、ウルクの町に凱旋した。

・・・

これが、「ギルガメシュ叙事詩」のプロローグ。そして、この中には、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの持論「英雄伝説の普遍的パターン」がかいま見える。
つまり、「英雄は旅に出て、成し遂げ、帰還する」。そう、ギルガメシュ叙事詩も「英雄伝説」なのだ。ところが、その後、物語は微妙に変化していく。無双の英雄であるはずの盟友エンキドゥが病で倒れ、ギルガメシュは人生を、生命を意識するようになる。物語は、華々しい冒険活劇から、深淵な哲学へ。

悩めるギルガメシュは荒野をさまよい、やがて、女主人と出会う。女主人はギルガメシュに言った。

「ギルガメシュよ、あなたはどこまでさまよい行くのです。あなたの求める生命は見つかることがないでしょう。神々が人間を創られたとき、人間には死を割りふられたのです。生命は自分たちの手のうちにとどめておいて、ギルガメシュよ、あなたはあなたの腹を満たしなさい。昼も夜もあなたは楽しむがよい。日ごとに饗宴を開きなさい・・・あなたの手につかまる子供たちをかわいがり、あなたの胸に抱かれた妻を喜ばせなさい。それが人間のなすべきことだからです」(※)

美しい詩だ。詩人リルケが絶賛しただけのことはある。人間の魂は、4000年の間、進化していないのかもしれない。

ところが、ギルガメシュはそれでも安らぎを得ることができなかった。ギルガメシュは旅を続ける。そしてついに、永遠の生命をもつウトナピシュティムの元へ。さて、ここからがギルガメシュ叙事詩の第11書版「大洪水伝説」・・・

ギルガメシュはウトナピシュティムに、どうやって永遠の生命を得たのかを尋ねた。ウトナピシュティムは答えた。

「ギルガメシュよ、お前に秘事を明かそう。そして、神々の秘密をお前に話そう。シュルッパクは、お前も知っている町だが、ユーフラテス河の河岸に位置している。それは古い町で、中に神々が住んでいた。彼らは、大いなる神々に洪水を起させたのだ」(※)

ここに登場する「シュルッパク」は実在した町で、古代の「シュメール王名表」が出土している。それによれば、シュメールに大洪水が起こり、その後、ウルク第1王朝が興り、第5代王にギルガメシュが立ったという。じつは、これには物証もある。S・ラングドンが、シュメールの都市キシュ、シュルッパク、ウルクで、洪水によってできた地層を発見したのである。しかも、時代も一致する。仮に、ギルガメシュ叙事詩が創作だったとしても、史実を元にしていることは確かだ。

さらに、
「シュルッパクの町の中に神々が住んでいた
この一文が、シュメール文明の奇想天外な仮説を生むことになる。それは後にして、ギルガメシュ叙事詩をつづけよう。

ウトナピシュティムは語り、ギルガメシュは聞き入った。
神々は言った。

「シュルッパクの人、ウバラ・トゥトゥの息子よ(ウトナピシュティムのこと)、家を壊し、舟をつくれ。持ち物をあきらめ、おまえの命を求めよ。すべての生き物の種子を舟に運び込め。お前が造るべきその舟は、その寸法を定められたとおりにせよ」(※)

「シュルッパクの人、ウバラ・トゥトゥの息子よ」

の一文は興味深い。

「ウバラ・トゥトゥ」の名は、大洪水を歴史的な事件として記録した文書「プリズム形刻文W・B444」にも、「シュルッパクの王ウバル・トゥトゥ」として登場するからだ(※)。ギルガメシュ叙事詩の史実性はここからも見てとれる

また、この一節は旧約聖書・創世記「ノアの方舟」ソックリ。神に選ばれしウトナピシュティムはノアであり、
「すべての生き物の種子を舟に運び込め」(ギルガメシュ叙事詩)
は、
「動物一つがいづつを運び込め」(ノアの方舟)
と同じこと。

しかも・・・

「お前が造るべきその舟は、その寸法を定められたとおりにせよ」
はノアの方舟にもある。旧約聖書・創世記の祭司資料(P)によれば、ノアの方舟の寸法は、全長135m、全幅23m。一方、ギルガメシュ叙事詩は・・・

私(ウトナピシュティム)は、5日目に骨組みを築き上げた。
その表面積は1イクー(60m×60m)、その4壁の高さは10ガル(60m)、その覆い板の幅はそれぞれ10ガル(60m)(※)

意味不明だが、ひょっとして、舟は直方体か立方体?これは意味深だ。考えてみれば、この大舟は航行する必要はなく、水が引くまで浮いているだけいい。であれば、静止安定に有利な直方体・立方体がベスト?また、寸法はよく分からないが、文面からは60m~120m?さらに注目すべき記述もある。ギルガメシュ叙事詩の次の部分・・・

6シャルの瀝青を私はかまどへ注ぎ込んだ(1シャル:1リットル強?)。3シャルのアスファルトを内部へ注ぎ入れた(※)

ここで、「瀝青(れきせい)」とは、天然の「アスファルト」や「タール」のことで、古代より、防水剤や接着剤として使われてきた。そして、創世記「ノアの方舟」にも、

内側も外側もタールを塗りなさい

とある。舟の寸法から防水処理まで、事細かに指示されている。

そして、いよいよ、船は完成する。

第7日目に船は完成した。
・・・
私(ウトナピシュティム)は、家族や身寄の者のすべてを船に乗せた。野の獣、野の生きもの、すべての職人たちを乗せた(※)

ここまでは、ノアの方舟と同じ。ところが、この後、ギルガメシュ叙事詩にはノアの方舟にはない記述がある

一日のあいだ台風が吹いた。風は強く、速さを増し、戦いのようにお互いに見ることもできず、人びとは天からさえ見分けられなかった。神々は洪水に驚きあわてて、退いてアヌの天へと登って行った(※)

神々があわてふためき、天に逃げた?ノアの方舟にはこんなシーンはない。だいたい、ユダヤ教は一神教だし、神は超然としていて、こんな人間臭くない。この部分が、創世記「ノアの方舟」でカットされたのはそのため?そして、とうとう、神々はパニックに陥る・・・

神々は犬のように縮こまり、外壁に身をひそめた。女神イシュタルは人間の女のように叫びわめいた。

古き日々は、見よ、粘土に帰してしまった。私が神々の集いで禍事を口にしたからだ。なぜ、神々の集いで、禍事を口にしたのだろう。この私こそ人間たちを生み出した者であるのに。魚の卵のように彼らは海に満ち満ちたのに」

アヌナンキの神々は、彼女とともに泣いた(※)

「イシュタル」は性愛をつかさどる女神で、「アヌナンキ」は神々を集合的に表す言葉だ。神々が人間が死滅したことを嘆く様子が描かれている。自分でやらかしておいて、それはないだろうが、じつは、大洪水の実行犯は他にいた。物語はつづく・・・

さらに、天地をかき乱す大洪水が続いた。6日6晩、風と洪水が押しよせ、台風が国土を荒らした。7日目がやって来ると、海は静まり、嵐はおさまり、洪水は引いた。そして、すべての人間は粘土に帰していた。
・・・
ニシル山に、船はとどまり動かなくなった。7日目がやってくると、私(ウトナピシュティム)はハトを解き放った。ハトは立ち去ったが、舞いもどって来た。休む場所が見あたらないので、帰ってきたのだ。私はつばめを解き放った。つばめは立ち去ったが、舞いもどって来た。つぎに、私は大ガラスを解き放った。大ガラスは、陸地を見つけ、ものを食べ、帰って来なかった(※)

こうして、ウトナピシュティムは水が引いたこと知る。

余談だが、「大ガラス」は興味深い。アメリカ大陸を初めて発見したヴァイキングは、陸地を探すのに「ワタリガラス」を連れていたという。鳥には陸地を探知する力があるのかもしれない。

そして、ノアの方舟にも同じ記述がる。

ノアはハトを2度放ったが、2度とも戻ってきた。とまるところ(陸地)がなかったからである。7日後、もう一度ハトを放すと、ハトはオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。近くに陸地があったからである。さらに7日たってハトを放すと、ハトはもう戻ってこなかった。ハトが暮らせる場所(陸地)があったからである」

ところが、この後、ギルガメシュ叙事詩にはノアの方舟にない記述がある。大洪水の真相が明かされるシーンだ・・・

ウトナピシュティムが、神に献げ物をすると、そこに、神々がやってきた。そして、神々の王アヌは言った。

「この日々を心にとどめ、けっして忘れはしまい。神々よ、犠牲の方へ来てください。エンリルは犠牲の方へ来てはならぬ。なぜなら、彼は考えなしに洪水を起こしたからだ。そして私の人間たちを破滅にゆだねたからだ」(※)

大洪水を起こしたのは風と嵐の神エンリルだったのだ。

そこに、エンリルがやって来た。そして、船を見るなり腹を立てた。イギギ(天の神々の総称)の神々に対して、心は怒りで満たされた。

「生き物が助かったというのか。一人も助かってはならなかったのに

ニヌルタは口を聞いて、勇ましきエンリルに言った。

「エア以外のだれがそんなことをたくらもう。
エアだけがすべてを知っていたのだから」(※)

エンリルが仕組んだ大洪水を、ウトナピシュティムにこっそり教えたのはエアだったのだ。エアは創造、知識、工芸を司る神で、地の王として知られている。

エアは、エンリルに言った。
「神々の師である君が、なぜ、考えなしに洪水など起こしたのだ。罪ある者には彼の罪を、恥ある者には彼の恥を負わせるべきだ。
だが、根を絶つ必要などない
・・・
それに、ウトナピシュティムに、神々の秘密を明らかにしたのは私ではない。ウトナピシュティムに夢を見せたら、彼は神々の秘密をききわけたのだ」(※)

苦しい弁明だが、さすが地の王、人間の肩を持っている。エアはエンリルにたたみかける。

「今となっては、彼(ウトナピシュティム)のために助言をしてやるべきではないのか」

そこで、エンリルは船のなかへ入って行った。彼は、私(ウトナピシュティム)の手を取って私を乗船させた。私の妻を乗船させ、私のかたわらにひざまずかせた。祝福するために私たちのあいだに入り私の額に触れた。エンリルは言った。

「これまでウトナピシュティムは人間でしかなかった。今より、ウトナピシュティムとその妻はわれら神々のごとくなれ」(※)

こうして、ウトナピシュティムは永遠の命を得たのである。メデタシ、メデタシ。ドラマチックな筋書き、深みのあるセリフ、詩を読むような心地よさ。「声に出して読みたくなる書」とは、このようなものをいうのだろう。

さて、ギルガメシュ叙事詩「洪水伝説」はここまで。これらを考え合わせれば、「ギルガメシュ叙事詩・洪水伝説≒創世記・ノアの洪水伝説」。それに、ギルガメシュ叙事詩が成立した時期は、創世記よりはるかに古い。この2つの事実から、

ノアの洪水伝説はギルガメシュ叙事詩のパクリ

《つづく》

参考文献:
(※)「ギルガメシュ叙事詩(ちくま学芸文庫)」矢島文夫著/筑摩書房

by R.B

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