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週刊スモールトーク (第138話) スパコン(3)~自作スパコン~

カテゴリ : 科学

2010.01.31

スパコン(3)~自作スパコン~

■オタクとギーク

アメリカでは、オタクのことをナード(Nerd)と呼ぶ。もし、ハイテク系ならギーク(geek)だ。季節感のない服を着込み、何が入ってるかわからないバッグをたすきがけにし、意味不明の言葉をつぶやく・・・とまぁ、あまり良い意味には使われない。これは日本もアメリカも同じ。

ところで、アメリカには、さらにとんがったギークもいる。(無意味に)高性能なパソコンを追求するPCギーク。彼らは、自分のPCに次のようなメッセージを添え、メーカーに送りつける。
すべてのパーツを最新・最速のものに取り替えるように。カネはいくらでも払うから」

注目すべきは、こんなオタク相手に商売が成り立っていることだ。なんと、専業メーカーまで存在する。有り体に言えば、自作パソコンの請負会社。生き馬の目を抜くコンピュータ業界にあって、唯一幸せなビジネスかもしれない。ソムリエよろしく、極上のパーツを選びだし、最強・最速のPCを組み立てる。広めのガレージと部品代さえあれば、会社は成立するし、顧客と生涯の友情を築けるかもしれない。なんといっても、「オタク同志」なのだから。

ところで、こんなモンスターPC、一体何に使うのだろう?ベンチマークテストと、たまに3Dゲーム。ベンチマークテストとは、PCの性能を測るテストのこと。CPU、メモリー、グラフィック描画などの速度を測定する。当然、値が張るほど高速だが、グラフィック描画をのぞけば体感速度に差はない

にもかかわらず、彼らは日夜、自分のPCにベンチマークテストを実施し、スコアを競い合いあっている。ベンチマーク・ウェブサイトには、僅差のスコアが誇らしげに並ぶ。完全にマスターベーションな世界だ。だが、対象が何であれ、オタクは食べるものを削ってまで、おカネを使ってくれる。つまり、ピカピカのプライムユーザー。こんないい商売相手はいない・・・

■ゲーミングPC

という経緯で、PCの覇者Dellまでがこの世界に参入してきた。それに合わせるかのように、新しいカテゴリーも誕生・・・「ゲーミングPC」。なんともベタなネーミングだが、Dellの直販サイトはもっと凄い。
「宇宙最強のゲーミングマシン上陸!」
口にするのもはばかられるコピーだが、そのためか、「Alienware」という別ブランドを使っている(Dellが買収した会社名)。ロゴマークも、あのロズウェルのつり目エイリアン。こういうノリは嫌いではないので、Dellの直販サイトで、スペックと値段を調べてみた。

先ずは、PCの筐体(入れ物)。こんなもの、まともなユーザーなら気にもとめないが、PCギークは違う。高価なアルミニウム製!軽量で見た目はいいけど、それ以外取り柄はないのに。そもそも、デスクトップに軽量化が必要?

さらに、電源の容量は1100W!電源は電力を発生させる装置だが、普通のデスクトップPCなら300Wで十分。4倍もの電力を何に使う?もちろん、スピード・・・当然、発熱は凄いので、水冷式。PCで水冷式?空の覇者、零戦でさえ空冷式だったのに。

心臓部のCPUは、インテルの「Corei7-975エクストリーム・エディション」。そのまま読んでも口がもつれるだけだが、要は、最速のCPU。しかも、周波数は3.86GHz。周波数とは、1秒間に何回動作するかを表す数値。この場合、
3.86GHz=3,860,000,000/秒
この値が大きいほど、PCは高速に動作する。ただし、3.86GHzを実現するには、オーバークロックが必要だ(自動車で言えばターボ)。心臓にピンを差し込み、大電流を流し、強制的に脈拍を上げるようなもの。発熱は凄まじいし、動作は不安定だし、寿命は短いし、普通の人はまずやらない。

次に、もっとも性能差がでるグラフィック。心臓部のGPUは、NVIDIA社の「GeForceGTX295」。こちらも、口がもつれそうだが、2010年1月現在、世界最強のグラフィックチップ。これにメモリを12GB、3TBのハードディスクつけて、
しめて、556,000円ナリ!(モニターは別)

普通に使えるPCなら、8台は買える金額だ。であれば、「Alienware」は、普通のPCの8倍高速?ところが、そうでもない。ワード、エクセル、インターネットなら、体感速度は変わらない。では、何のために8倍もの大金を払うのか?ベンチマークテストと、ちょびっと3Dゲーム・・・ムダに凄いものにカネを惜しまない人たちが世界経済をささえているのだ。

ところで、こんなレアな世界をクドクド説明したのは理由がある。(ムダに)高速なPCにカネを惜しまないギークが、「自作パソコン」のノリで、
スパコンを自作する
可能性があるからだ。そうなれば、スパコンはコモディティ、つまり誰が作っても同じ日用品。

■次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト

もっとも、現在(2010年)、スパコンを日用品だと思っている人はいない。スパコンは、科学技術計算専用のコンピュータで、浮動小数点演算(小数計算)を得意とする。なので、ニックネームは「ナンバークランチャー(数喰いマシン)」。ちなみに、正式名称はスーパーコンピュータ。

スパコンは、少し前まで知る人ぞ知るたぐいだったが、スパコンの事業仕分けですっかり有名になった。スパコンは、1台10億円以上する複雑なコンピュータだ。そのため、地球文明のハイテクの象徴になっている。あまりにハイテク過ぎて、国が援助しないとダメ、と鳴り物入りでスタートしたのが「次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト」だ。文科省が所管し、独立行政法人・理化学研究所が主導する産学連携で、「スパコンTOP500」の1位を目指している。

ただ、1154億円もの税金を使うため、2009年11月、事業仕分けの対象になった。プロジェクトが税金を使うに値するか否かが問われたのである。仕分け人の出した結論はノー。それに対し、理化学研究所・理事長の野依良治氏は、
「(仕分け人)は歴史の法廷に立つ覚悟はあるのか」
と怒りをぶちまけた。

「次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト」支持派の根拠は、
1.スパコンは超ハイテク。
2.世界一じゃないと、取り残される。
3.だから、税金を使ってもやるべき。

ノーベル賞受賞者や、権威付けされた人たちが、声高に主張すれば、真実に聞こえるかもしれない。だが、本当にそうだろうか?権威付けされた人ほど利害関係がからむし、他人の意見には耳を貸さない。正しい判断を下すとは限らないのだ。これは、地球の歴史が証明している。

まずは、「1.スパコンは超ハイテク」について。
海を隔て10km先に島があったとする。さて、その島にどうやって渡るか?高度な計算を駆使し、高価な建設機械を使い、長さ10kmの橋を建設する。これは、超ハイテク式アプローチ。

一方、別のアプローチもある。近くの売店でゴムボートを買い、海辺に転がっている丸太を加工し、櫂(かい)にしたて、島に渡る。こちらは、誰でもできるアプローチ。

つまり・・・

「困難な問題=ハイテクで解決」と思い込めば、人に言えない恥ずかしいミスを犯すということ。この手の過ちは、「メガミステイク」とよばれ、ベストセラー本のタイトルにもなった。言葉をかえれば、救いようのない大ポカ。

■スパコンはハイテクか?

ここで、島に渡るミッションを、スパコンに置き換えてみよう。「次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト」は1154億円もかけ、心臓部のプロセッサまで手作りしようとしている。なので、10kmの橋を建設する超ハイテク式アプローチ。一方、世界の主流は、安価な市販プロセッサを使う。つまり、売店でボートを買うアプローチ。さて、どっちが正しい?

もし、スパコン開発にも、「売店でボートを買うアプローチ」があったとしたら、次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトは歴史的メガミステイクとなる。それこそ、プロジェクト推進派は手をつないで歴史の法廷に立たねばならない。そして、2009年末、それを暗示するようなニュースが飛び込んできた。

長崎大工学部の浜田剛助教が、「売店でボートを買うアプローチ」でスパコンを開発したのである。浜田グループは、市販の部品をつなぎあわせ、3800万円という激安スパコンを作りあげた。しかも、演算速度で、国内最速の「地球シミュレータ2」をしのぐという。ちなみに、地球シミュレータ2のお値段は500億円超。この驚異的な価格性能比により、2009年11月、浜田剛助教は、米国電気電子学会の「ゴードン・ベル賞」を受賞した。ちょうど、次世代スパーコンピュータ・プロジェクトの事業仕分けの直後・・・ちょっとデキ過ぎ?

ところで、浜田剛助教は、どんな魔法を使ったのか?GPUとよばれるグラフィック描画専用のプロセッサだ。PCに使われる電子部品で、誰でも入手できる。このGPUを760個並列につなげ、高速演算を成し遂げたのである。もちろん、GPUを並べるだけで、演算速度が上がるわけではない。効率よく並列処理させるには、ハードウェア、システムソフトウェア、さらに、アプリケーションソフトの精緻な調和が必要だ。浜田グループは、それを可能にする制御方法を編み出したのだという。魔法の核心はココにありそうだ。であれば、超ハイテク?

しかし・・・

アイデアがどんなに画期的で、開発が困難であっても、市販の部品で作れるなら、超ハイテクと言えるだろうか?

■ハイテクとは?

今では、生活に欠かせない電子レンジ。何でもかんでも、チンすればできあがり。すぐに食べられる。中には、日本酒の熱かんに使っている人もいる。つまり、タダの加熱器。だが、電子レンジは極めて高度な方法で加熱する。レーダーにも使われるマグネトロンから、マイクロ波を照射し、水分子を振動させ、その摩擦熱で加熱する。正真正銘のハイテクだ。

そのため、1960年代初頭、1台100万円もした。だが、今、電子レンジをハイテクと思っている人はいないだろう。せいぜい、高級トースター?原理・方式は天地なのに。つまり、どんなに複雑であっても、どこでも作れて、2万円で買えるものを人はハイテクとは言わない

テクノロジーの進歩はハイテク品を日用品に変える
これは、歴史的事実。しかも、そのスピードは今も加速している。

一般に、ローテク製品は、誰でも作れるので儲けが少ない。一方、ハイテク製品は誰かれ作れないので、利幅が大きい。最近では、ハイビジョン液晶テレビ。ということで、日本のメーカーは、ハイビジョン液晶テレビにかけていた。

ところが、この市場に、中国、台湾、韓国のメーカーが参入、価格は暴落し、ハイテクとは言えなくなった。そこで、日本のメーカーは、新たなハイテク「3Dテレビ」に目をつけた。ところが、この分野にもアジア勢が次々と参入しようとしている。すでに、3Dテレビも、誰が作っても同じ、つまり、コモディティ。こんな現実をみても、
「スパコンだけは永遠にハイテク」
と言い切れる?

だから、
「2.世界一じゃないと、取り残される」
はウソ。どんなハイテクでも、いずれコモディティ化するなら、世界一でなくても、取り残されることはないから。

とすれば、
「税金を使ってもやるべき」
も、やがて崩壊するだろう。そんなはかないものに、1154億円もの血税を使えば、国民は黙っていないだろうから。どこかの誰かの思惑が国益にすり替えられている。それでも、スパコンは電子レンジとは違う、と主張する人もいるだろう。では、スパコンの歴史を精査してみよう。過去を読み解けば、未来も予測できる。歴史は繰り返すのだから。

■スパコンの性能

スパコンの性能を比較するのは難しいが、ひとつ目安がある。「スパコンTOP500」だ。年に2回発表されるこのランキングで、世界中のスパコンが演算速度を競い合う。指標は、浮動小数点演算(小数計算)を1秒間に何回こなせるか。単位は、FLOPS。たとえば、1FLOPSなら1秒間に1回、10FLOPSなら1秒間に10回、浮動小数点数を計算できる。

商用スパコンで最初に成功したのが、1975年、クレイ・リサーチ社の「Cray-1」だ。自称天才の多い米国にあって、真の天才の誉れ高いシーモア・クレイ博士が設計した。Cray-1の凄いところは、誰でも入手できる市販のICで作られたこと。この事実は、後世のハード設計者に、伝説として語り継がれた。さて、そのCray-1の演算性能は?ピーク値で、
160MFLOPS=160×10の6乗FLOPS

これでは、意味不明なので、2010年のPCと比較しよう。高性能なPCなら、
10GFLOPS=10×10の9乗FLOPS
なので、今のPCのほうが60倍高速だ。しかも価格は15万円。価格性能比でみれば比較にならない。PCがスパコンを脅かしていることがわかる。

■デスクトップスパコン

ところが、さらに驚くべき挑戦も始まっている。PCベースのスパコンだ。PCには、機能を拡張するためのPCIExpressというインターフェイスがあり、そこに、「スパコン拡張ボード」を差し込むのである。PCを改造するのではなく、ただ、拡張ボードを差すだけ。まさに、デスクトップスパコン。

すでに、スパコン拡張ボードも製品化されている。NVIDIA社の「TeslaC1060」だ。価格は1枚15万円。この「TeslaC1060」とPCのセットで、50万円。先の「Alienware」より安いではないか!ところで性能は?単精度(データ長が32ビット)ながら、
933GFLOPS=933×10の9乗FLOPS
初代スパコンCray-1の6000倍高速!しかも、価格は100万分の1以下。こりゃ凄い。

だけど、35年前のスパコンと比較されてもねぇ・・・では、5年前なら?2005年6月の「スパコンTOP500」の500位のスコアは「1170GFLOPS」。先の「TeslaC1060」のスコア「933GFLOPS」とほぼ同じ。アバウトな比較だが、
デスクトップスパコンが、5年遅れでスパコンTOP500にランクインしている
しかも、価格性能比では専用スパコンを凌駕する。

このような安価で高性能なスパコンが可能になった仕掛けは、
1.メインの処理は、PCで使われる安価なプロセッサで。
2.浮動小数点演算は、大規模に並列化されたGPU群で処理。

特に、2.は、今後のキーテクノロジーになる。GPUは、元々、グラフィック描画専用のプロセッサとして開発された。ところが、グラフィックが2Dから3Dへと進化したため、「行列演算」が激増した。行列演算は、複数の要素を独立して計算できるので、並列処理が可能だ。もちろん、その分、計算が速い。そして、それに最適化されたのがGPUである。つまり、GPUはグラフィック処理専用のチップから、スパコンに最適のチップに進化したのである(今でもグラフィックに使われている)。

じつは、先の浜田剛助教の激安スパコンもこの方式。もちろん、世界のスパコンの主流もこれ。どう考えても、「売店でゴムボートを買う」アプローチは、スパコンでも成立している。

現状を俯瞰(ふかん)すれば、「CPU+GPU」部分を”手作り”している「次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト」は滑稽に見える。まさに、10kmの橋をかけるアプローチだ。たとえ、一時、世界一になったとしても、市販部品でできたスパコンにすぐに抜かれるだろう。市販部品は、過酷な市場競争で、劇的な進化を続けているからだ。それでも、
「先のことはともかく、今が重要。今の瞬間、世界一でないと、日本の科学技術がダメになる」
と主張する関係者もいるかもしれない。

では、18世紀、イギリスで起こった産業革命は?原動力となった蒸気機関は今のスパコンよりはるかに重要なテクノロジーだった。もちろん、イギリスは、この分野を独り占めにした。ところで、200年後のイギリスはどうなった?一方、18世紀の日本といえばテクノロジー後進国、蒸気機関の概念すらなかった。で、21世紀の日本はどうなった?

■自作スパコンの時代

科学やテクノロジーは、高い所から低い所へと流れる。だから、いつかは平準化する。たとえ最高機密の軍事技術であったとしても。これは地球の歴史が証明している。だから、一時の1位のために血眼になるのは「10kmの橋をかける」愚に等しい。もちろん、スパコン開発がムダと言っているのではない。問題はアプローチだ。

スパコン開発で大切なことは、
1.特殊・専用に固執せず、世界のスタンダードを意識すること。
2.進化の速いパソコン技術を取り込むこと。
3.ギークを利用すること。

3.は何?

ガソリン自動車を発明したのはドイツだが、それを開花させたのはアメリカだった。20世紀初頭、アメリカでは自動車レースが盛んに行われた。民間人が自作のガソリン自動車を持ち寄り、スピードを競い合ったのである。いかにも、アメリカ人らしい”遊び”だが、その中で頭角をあらわしたのがヘンリー・フォードだった。その後、フォードは、フォード社を設立、「フォードT型」を量産し、ハイテク自動車を日用品に変えたのである。

”遊び”にはハイテクを日用品に変える力がある。であれば、PCギークが「ゲーミングPC」から「自作スパコン」に乗りかえ、スパコンをコモディティに変えるかもしれない。ヘンリー・フォードが自動車を日用品に変えたように。
がんばれ、ギーク!

《完》

by R.B

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