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週刊スモールトーク (第136話) スパコン(1)~事業仕分け~

カテゴリ : 科学

2009.12.20

スパコン(1)~事業仕分け~

■事業仕分け

「事業仕分け」で日本が揺れた。9日間で2万人が傍聴し、毎日30万人がインターネット中継に食い入った。日本人が”政治に熱い”のは珍しい

行政刷新会議の事業仕分けの目的は、予算の無駄を洗い出すこと。これまでの自民党政権下では、予算はすべて密室で行われた。ところが今回はすべてオープン、やりとりのすべてが公開された。ポイントは2つ。
1.初めに予算削減ありき。
2.議論のすべてを国民にさらす。

これに対し、ある自民党議員はこう揶揄(やゆ)した。
「たった1時間で裁断?パフォーマンスにしか見えない
一見、正論に見えるが、はたしてそうだろうか?

第1に、
「たった1時間の裁断」とけなすが、自民党方式のほうが優れているとは限らない。自民党方式とは、各省庁の族議員と官僚が、「既得権」と「前例踏襲主義」を前提に、国民にナイショで決める方法。こんなやり方なら、民主党方式のほうがまだマシなのでは?また、十分な議論を重ねれば、不毛の「解釈論」に行き着くことも事実。そもそも、利害に直結した省庁の話をダラダラ聞いても、問題解決の足しにはならない。

第2に、
「パーフォーマンスにしか見えない」のどこが悪いのだろう?政治とは、本来パーフォーマンスなのだ。政治家は国民に分かりやすく説明する義務があり、その延長にパーフォーマンスがある。密室で、コソコソやるよりマシなのでは?いずれにせよ、この程度のコメントしかできないから、自民党は敗北したのだろう。「先生、先生」と呼ばれているうちに、国民と社会をなめきって、現実カンカクがマヒしてしまった。国民意識を読めない政治家は料理ができないコックと同じ

また、「初めに予算削減ありき」もヤリ玉に上がっているが、非難する人は家計簿をつけたことがないのだろう。予算会議で、
「んー、そんな事情もあったのか、しかたないなぁ」
のノリで、融通を利かせていると、予算は破綻する。原資があるからだ。予算は家計簿と同じ、引き算しかない。予算編成では、「初めに予算削減ありき」は常識だろう。

さらに、「事業仕分け」の荒っぽさも非難されているが、始めはこれくらいがいい。民主党は国民が選んだ革命政権なのだから。中には、愚策もあるだろうが、長い目で見守ることも必要だ。少なくとも、鳩山政権は、自民党にはない新鮮さ、緊張感がある。情熱をもって政治に取り組んでいることも確かだ。今回の政変を見ていると、これまでの自民党&官僚支配は、「安心・安定」の旗のもと、国民から大切なものを奪ってきたような気がする。

「自由の木は、愛国者と独裁者の血で、ときどき栄養を与えねばならない」
~トマス・ジェファーソン~

■次世代スーパーコンピューター・プロジェクト

今回の事業仕分けで、もっとも注目を浴びたのが「次世代スーパーコンピューター・プロジェクト」だ。

「スーパーコンピューター」とは通称スパコン、数値演算に特化した特殊なコンピュータである。浮動小数点演算(小数計算)を、1秒間に何回処理できるかが、表向きの能力。2009年の世界トップクラスなら、1000兆回を超える。「1000兆=1ペタ」なので、1ペタFLOPSとよばれている。「FLOPS」とは、1秒間に浮動小数点演算を何回こなせるかをあらわす単位。ちなみに、普通のパソコンなら、50GFLOPS(1秒間に500億回)程度なので、スパコンはパソコンの2万分倍!

ただし、「××FLOPS=コンピュータの能力」とは限らない。先のテストは浮動小数点演算に限られるし、浮動小数点演算が速いからといって、整数演算も速いとは限らないからだ。また、コンピュータには記号処理をはじめ、数値計算以外の処理もたくさんある。とはいえ、スパコンは科学技術計算・専用機なので、浮動小数点演算が命。先のスコアが目安になることは確かだ。

ところで、そんなとてつもない計算が必要な仕事はあるの?イエス!これが意外に多い。たとえば、自動車や航空機のような滑らかなボディを設計するさい、有限要素法という手法を使う。有限要素法とは、構造物全体を小さなセルに分割し、それぞれに方程式をあてはめ、近似的に解く方法。そのためには、膨大な数値演算が必要で、構造が複雑ならスパコンは欠かせない

また、地球温暖化や地殻変動などの予測シミュレーション、生命科学の研究、ナノテクノロジの開発にも、膨大な数値計算が必要だ。さらに、生活に密着したところでは天気予報。一昔前とは違い、天気予報がやたら的中するのは、スパコンのおかげだ。そんなこんなで、地球文明を維持するにはスパコンは欠かせない

このような経緯で、「次世代スーパーコンピューター・プロジェクト」がスタートした。独立行政法人「理化学研究所」が主導し、NEC、日立、富士通が参加する産学連携プロジェクトだ。目標スコアは、10ペタFLOPS(1秒間に1京回の浮動小数点演算)。1京回の「京」をとって、「京速計算機」とよばれている。この目標値は、2009年の世界最高速のスパコンの10倍。文科省は、このプロジェクトに総額1154億円を投入し、2012年の完成を目指していた。これが今回の事業仕分けの対象となったのである。

■蓮舫対反対勢力

2009年11月13日、「次世代スーパーコンピューター・プロジェクト」の事業仕分けが行われた。仕分け人は民主党の蓮舫議員。彼女は、文科省の「世界一を目指す」に対して、こう問いかけた。
「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?
このセリフが、後に物議をかもすことになる。

文科省側は、
「技術開発が遅れると、すべてで背中を見ることになる」
とセリフに凝ってみたものの、いまいち説得力がない。
これなら、
はい、2位じゃダメなんです
のほうがまだ効果があった?

その後、
「一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか?」
など、同調意見も出て、事実上「ノー」が言い渡された。ところが、この決定は日本中に物議をかもした。以下、その反論・・・

【文科省】
「これで、日本の科学技術振興政策は終わった」
・腹立ちまぎれの捨てゼリフ?

【理化学研究所】
「サイエンスには費用対効果がなじまないものがある」
・理化学研究所は最大の利害関係者なので、反論するのは当然だが、この世で、費用対効果を度外視できるものは一つもない。国家衰亡にかかわる軍事兵器、人命にかかわる有人宇宙船ですら、費用対効果と戦っている。

【ノーベル賞・フィールズ賞受賞者の緊急声明】
「現在進行中の科学技術および学術に関する予算要求点検作業は、『科学技術創造立国』とは逆の方向を向いたものである。学術と科学技術に対する予算の編成にあたっては、学術と科学技術の専門家の意見を取り入れ・・・」

・事象仕分けとは、限られた原資を、国益にそって振り分けること。「各分野の専門家の意見を取り入れて」どうするのだ?何はともあれウチに予算を回せ、と言うのに決まっている。そもそも、ノーベル賞とは専門分野の深掘りに対する評価であって、予算をバランス良く振り分ける能力と何の関係もない。場違いな肩書きを利用しようとする関係省庁や関連団体の浅ましさは、見ていて悲しい。

どうせなら、
「軍事兵器は、国家衰亡にかかわる最重要事項である。その軍事兵器をささえているのが科学技術。その科学技術の予算を削るなど、言語道断。国を滅ぼすつもりか!」
ぐらい言ってもらったほうが、まだすがすがしい。それはそれで、非難ごうごうだろうが。

■2位じゃダメなんでしょうか?

と、まぁ、スパコン予算カットへの非難は多い。仕分け人の蓮舫議員は、頭の回転は速いし、弁は立つし、声もよく通る。そんな彼女が、役人をやりこめるのをみて、理工系の人たちが、
「科学のカの字も分からんクセに、えっ、えらそうに・・・」
と憎々しく思っても不思議はない。くわえて、ノーベル賞受賞までが、科学の重要性を訴えれば、元クラリオンガールの蓮舫ごとき(失礼)に何が分かる!?だが、蓮舫議員が美人で生意気だから肩を持つわけじゃないが、彼女の主張は一理ある

先ず、事の発端となった蓮舫議員の歴史的な名文句、
2位じゃダメなんでしょうか?

これに対し、自分たちの聖なる仕事が侮辱されたと感じた理工系人は激怒した。
「1位を目指さなきゃ、2位どころか100位にもなれない。技術が分かってんのか?」
「科学技術の世界では、1位以外はビリと同じだ」
などと勇ましい。

はじめに、
1位を目指さなきゃ、2位どころか100位にもなれない
について。

自分の狭い技術者人生を振り返えれば、確かに正論である。ハードとソフトの開発現場を体験して知り得た真理がある・・・技術者には2種類のタイプがある。才能に恵まれ、「技術=遊び=生き甲斐」で、技術に人生を賭けているタイプ。もう1つは、就職が有利という理由でこの道を選び、食うために働いているタイプ。カネを稼ぐという点では同じプロだが、技術者としての格が違う

困難な課題が与えられても、前者ならなんとか形にするが、後者は最後の1%が詰め切らない。この差は大きい。
「あいつなら、何があっても、完成させる」
は前者にのみ与えられるエースの称号だ。組織で絶大な信頼を得るのもこのタイプ。そして、このタイプは、子供のようにナンバーワンに執着する。やっぱり、1位を目指さないとダメ?

だが、蓮舫議員が知りたかったのは、そんな些末な内部事情ではない。
1位と2位で国益にどんな差が出るのか?
そこで、2009年11月に発表された「スパコンTOP500」をみてみよう。
第1位:クレイ社製「Jaguar」→1.75ペタFLOPS
第2位:IBM社製「Roadrunner」→1.04ペタFLOPS

さて、この差にどんな意味があるのだろう?2位の「Roadrunner」は、1位の「Jaguar」に、計算能力で40%劣る。であれば、1.4倍の時間をかけて計算すれば?ところが、理化学研究所の先生によれば、天気予報は間に合わないらしい。では、今は間に合っていないわけ?天気予報に限れば、計算力の違いは的中率の差でしかない。その的中率だが、今でも十分高いと思うけど。それとも、天気予報の的中率のわずかの差が、国益を大きく損なう?

次に、
科学技術の世界では、1位以外はビリと同じ
について。

科学者や技術者にはグッとくるセリフだし、自分も技術者なので、水を差すのは気が引けるが、矛盾がある。1位以外はゴミみたいに言うけど、科学技術の世界では、1位以外が圧倒的に多い(当たり前だが)。しかも、そのほんとんどが、この世界で飯を食っている。ということで、自己満足やモチベーションをのぞけば、
1位もその他も大して変わらないのではないでしょうか?

皮肉に聞こえるかもしれないが、理工系人の思いは分かっているつもりだ。とはいえ、1154億円は富める人のみならず、貧しき人からも徴収したおカネ。しかも、今の日本は、65歳以上の貧困率が女性で20%、男性で15%に達している。若者もしかり。食うや食わずで、基本的人権の最低ライン、生存権すら脅かされているのだ。そういう暮らしが日本に存在する以上、スポンサー(国民)に理解してもらう努力はするべきだろう。

■忘れられた問題

今回の事業仕分け論議は”熱い”わりに、肝心なところが抜け落ちている。

第1に、1位を目指すのは良いとして、その指標である。「スパコンTOP500」の1位になることが真の1位と言えるのか?である。スパコンは科学技術計算の専用機で、1台数十億円以上するが、情報処理の道具という点でパソコンとかわりはない。であれば、
1.様々な科学技術計算の総合処理能力
2.ソフトウェアの組みやすさ
3.コストパーフォーマンス
も精査すべきだろう。特に、「3.コストパーフォーマンス」がないがしろにされているのが気になる。

1台500億円のスパコン1台と、1台50億円のスパコン10台、どっちが得?という問題。たしかに、1台500億円のスパコンでしかできない仕事はあるだろうが、10台あれば、10の用途に並列で使える。これが、コストパーフォーマンス(費用対効果)の言わんとするところ。

ところが、「次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト」を主導する理化学研究所は、
「サイエンスには費用対効果がなじまないものがある」
と明言している。つまり、初めから、コストパーフォーマンスより、世界一を優先しているのだ。であれば、
世界一であることが、コストパーフォーマンスより国益にかなう
をキチンと説明する義務がある。ココが、蓮舫議員のツッコミの核心だ。そんな説明義務を怠って、逆ギレした挙げ句、スポンサーを非難するとはどういうことだろう。

このことは、さらに重大な問題も示唆している。スパコン開発に国費を投じるのは良いとして、その受け皿が「次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト」で良いのか?である。プロジェクトを主導する理化学研究所は、今回の「ノー」裁定に反論したが、ありきたりで平凡なものだった。ところが、理化学研究所・理事長の野依良治(のよりりょうじ)氏は、自らの反論を恐るべきセリフで締めくくった。

「(仕分け人は)歴史の法廷に立つ覚悟はあるのか!」

《つづく》

by R.B

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