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週刊スモールトーク (第135話) 資本主義の崩壊Ⅱ~その後~

カテゴリ : 経済

2009.11.29

資本主義の崩壊Ⅱ~その後~

■ドル暴落

1969年公開のアメリカ映画「イージー・ライダー」は、新鮮なアメリカを見せてくれる。長髪で、いかにもヒッピーな2人が、異形のハーレー・ダビッドソンにまたがり、アメリカを旅する。行く先々で、彼らを白い目でみる大人たち。そう、この頃のアメリカは保守的だった。何十枚ものカードで、すさんだ借金生活を送るのがアメリカ式、というわけではない。実際、今、アメリカ人は消費から貯蓄へ向かいつつある。

ところが、そうなると困るのが他の国々だ。これまでの繁栄は、アメリカ人の借金消費のおかげなのだから。アメリカは、この過剰消費が災いして、経常収支の大赤字に陥ったが、破綻するまでには到っていない。たとえ、赤字でも、USドルは基軸通貨、貿易の決済に欠かせない。そんな事情で、輸出で稼いだ国々が、アメリカの国債を買ってくれたのである。つまり、USドルは、アメリカから流出した後、再びアメリカに流入。赤字だろうが何だろうが、マネーが環流している間は大丈夫

そのアメリカが消費を減らし、貯蓄に励む?これは大問題だ。アメリカに代わる大量消費国をでっちあげねば ・・・ さもないと、世界は大不況に陥る。「消費量=人口」でいけば中国だが、経常収支を赤字にしてまで輸入するつもりはないだろう。仮にそうなったとして、中国の人民元を誰が買うのか?経常収支が大赤字でも、アメリカが国債を買ってもらえたのは、それが基軸通貨だからだ。

もちろん、中国の人民元は基軸通貨ではないし、そうなる見込みもない(地球の統一王朝「中華帝国」が出現すれば別)。そもそも、基軸通貨が存在すること自体がおかしいのだ。競争社会であるはずの地球上で、1国だけ無条件でお札が刷れる。だから、おカネに困ったら、紙幣を刷ればいい ・・・ おいおい。

とはいえ、そんなムチャクチャが長続きするわけがない。アメリカがやっていることは、自分は価値を生まず、他人の価値を消費すること。この矛盾のつじつま合わせのために、ドルを刷りまくっている。当然、価値の裏付けのないドルが増えれば、その分、ドルの価値も下がる。これでは、アメリカ国債(ドル)を買った国はたまらない。汗水たらして稼いだ財産が、何もしていないのに減額 ・・・ おいおい。

中国やロシアが、ドル資産を金(Gold)に換えているというウワサがあるが、本当だろう。ドルを売って金を買えば、ドルは下がり金は上がる。現況そのままだ。2009年11月末から、金が暴騰しているのは、「金キャリー取引」の破綻?だけではなさそうだ。とはいえ、ドルを売り急げば、一挙に暴落、自国の資産も激減する。悩ましいところだ。

ところで、こんな物騒なドルが、今後も基軸通貨でいられるだろうか?基軸通貨は、利便性にくわえ、信用力が欠かせない。信用のない基軸通貨?まぁ、ありえないだろう。とはいえ、ドルに代わる基軸通貨も見あたらない。そこで、世界の有力通貨、金(Gold)などのモノをミックスし、新しい「信用」をつくろうとする動きもあるが、利便性に欠ける。つまり、八方ふさがり。さりとて、このままいけば、
ドル大暴落 → 第2の金融不安

そんな緊迫した状況の中、2009年11月25日、「ドバイ・ショック」が勃発した。アラブ首長国連邦(UAE)の一つドバイ首長国政府が、5兆円の債務支払い延期を求めたのである。5兆円借りてるけど、返済はムリかも、という意味。ドバイにカネを貸している銀行、ドバイの砂上インフラを手がけるゼネコンの株が、軒並み売られた。もっとも、国の債務不履行は100年に一度というわけではない。この問題だけなら、すぐに終息するだろう。問題は、他の危険要素とリンクし、不安が増幅することだ。

最近、アメリカの商業銀行の倒産が増えている。今回の金融不安は、カジノ金融を手がける投資銀行から始まったが、まっとうな金貸し業まで広がっているということ。これ以上、住宅・不動産価格の低迷が長引けば、不動産商業銀行はタダではすまない。サブプライムローン、リーマンショックと続いた金融不安が、いつ再燃するとも限らない。これらの絡みをつなげれば、
ドル大暴落 → 第2の金融不安 → 金融恐慌

こんな悪夢のようなシナリオを防ぐ手はあるのだろうか?アメリカが金利を上げれば、ドルが買われ、ドル暴落は防げるかもしれない。ところが、そうなれば、貸し出し金利、住宅ローン金利も上昇し、景気回復を妨げる。また、資金が高い金利を求めて、株式市場からアメリカ国債に流れ、株価も下落する。すると、ますます景気に水を差す。八方ふさがり、というわけだ。

こんな状況で、中国がアメリカに代わって、借金消費の人柱になるとは思えない。ということで、世界がこれまでの暮らしを望むなら、アメリカ式の「借金消費+カジノ金融」に戻るしかない。

■日本の行く末

2009年10月、日本の百貨店は記録的な減収減益にみまわれ、業界あげての大リストラが始まった。くわえて、百貨店から客を奪ったスーパーも、唯一勝ち組だったコンビニも、すべて減収減益。未曾有(みぞう)の消費不況である。あげく、2009年12月のボーナスは最大の減少率を記録。今後、所得はさらにダウンし、リストラは正社員にまでおよぶだろう。消費がさらに落ち込むのは目に見えている。

誰もが、新品のかわりに中古品を買い、壊れたら修理して使い、マイカーからカーシェアへ。そして、昼はワンコイン弁当。安さがウリの吉野家の牛丼でさえ、割高感がでてきた。近年、まれにみるデフレだ。くわえて、2009年11月27日、円高が急加速し、1ドル84円台に突入した。このまま円高がすすめば、輸入物価は下落し、さらにデフレが加速するだろう。最悪のデフレスパイラルも現実味を帯びてきた。すでに入っている気もするが ・・・

こんな状況と、真面目な日本人気質を考えると、内需を期待する方がおかしい。ところが、
「日本は、内需にシフトすべし」
と真顔で主張するおバカな識者もいる。ホントに経済の専門家?内需を増やすには、新しい需要が必要だ。それも、100年に一度のイノベーション。ガソリン自動車が電気自動車に置き換わるぐらいではダメである。いわんや、××減税のたぐいは、売上の先食いにしかならない。結局、日本は、アメリカに代わるお得意先を見つけ、輸出に精を出すしかないのである。

一方、こんな状態がズルズル続くなら、社会も大きく変わるだろう。人間が生きていく上で本当に必要なものは、食料・エネルギー・安全。今回の金融危機で、銀の弾丸にみえた「リスク分散」も、全体が崩壊すれば無力、という事実を思い知らされた。それを見て、人間の最後のよりどころは、食料・エネルギー・安全と気づいた人も多いだろう。今後、日本では、兼業農家が増えるかもしれない。貧しかった昔のように。

現在、それなりに広い土地とハイテクがあれば、食料・エネルギーは安価に手に入る。あとはセキュリティ。警備会社が、セキュリティと食料・エネルギーをパッケージにして、コミュニティ単位で提供するようになるかもしれない(どうしてやらないのだろう)。そうなれば、ハイテク装備の自給自足コミュニティも夢ではなくなる。

自給自足コミュニティでは、自分に必要な価値は自分で生む。結果、他人と価値を交換する必要もなくなり、「価値を交換する手段=マネー」も不要になる。いわんや、マネーを増やす「投資」など無用の長物。そうなれば、投資ファンドは消滅するし、銀行も様変わりするだろう。

銀行は、今でさえ、曲がり角に立っている。銀行には大きく商業銀行と投資銀行がある。個人と企業がおもに利用するのは商業銀行だ。預金者からカネを集め、それを企業に貸し、その利ザヤで生計を立てている。ところが、その商業銀行が、本来の使命を果たせなくなっている。借りて欲しい優良企業は、自己資金でまかない、貸したくないアブナイ企業ほど貸してくれという。せっかく、預金者からカネを集めたのに、貸し出し先がないのだ。つまり、銀行もカネ余り、その余ったカネは金融市場へ。世界中が金融資本主義に加担している。

■ネクスト・イノベーション

金融資本主義は、岩の上に種を蒔いて、水をやるようなもの。どれだけ投資しても、リアルな価値は一切生まれない。名目上の金額が増えたり、減ったり。上がりすぎればバブル、暴落すればバブル崩壊、それを延々と繰り返している。

まともな産業資本主義を復活させるには、イノベーションしかないが、問題は規模だ。世界に滞留する1京円(1000兆円の10倍)の金融マネーを吸収できるか、である。工場建設、材料購入、販売・販促、雇用で、これほどのマネーを使い切るイノベーションは起こりうるか?手っ取り早いのは技術革新だが、未来技術の予測は難しい。何が発明されるか分かるくらいなら、今頃、みんな特許で大儲けだ。

たとえば、自動車。
「蒸気自動車 → ガソリン自動車 → 電気自動車」
とくれば、次は、水素酸素ガス自動車かもしれない。燃料は無尽蔵の水で、排出するのは水だけ。しかも、電気自動車のように「バッテリー切れ」にピリピリする必要もない。いや、ひょっとすると、次は車輪のない自動車かも?やはり、技術の未来予測は難しい。だが、このような議論はピントがずれている。我々が知りたいのは、未来技術の「設計図」ではなく「需要」だ。前者を予測することはムリだが、後者なら可能だろう。

仮に、空飛ぶ自動車が発明されたとして、販売台数は増えるだろうか?一人10台?それはムリ、今のガソリン車と変わらないだろう。つまり、ガソリン車から空飛ぶ自動車への買い換え需要が生まれるだけ。また、製造費、販売費、販促費にしても、ガソリン車と大して変わらないだろう。1台1億円の自動車など、誰も買えないだろうから。つまり、大地をはおうが、空を飛ぼうが、需要は「移動」の域を出ず、新しい需要を創出したことにはならないのである。

このような視点で歴史を俯瞰(ふかん)すれば、需要のほとんどは創出済みだ。
1.衣食住(ほとんど変化ナシ)
2.移動(馬車→ガソリン自動車→電気自動車)
3.情報受信(新聞→ラジオ→TV→インターネット)
4.情報送信(電報→電話→ケータイ)
5.情報処理(紙→コンピュータ)
6.娯楽(演劇→映画→ラジオ→TV→TVゲーム)

上記の俯瞰(ふかん)が意味するところは、今後、技術革新が起こっても、そのほとんどがリプレース需要で終わる、ということ。「購買力のある」人口が10倍に増えれば別だが。一方、金融マネーは実体経済と関係なく増える傾向にある。だから、いつまでたっても、
金融マネー >> 投資マネー
これは資本主義の宿命であり、資本主義が終わるまで続く。

もっとも、夢も希望もない、というわけではない。たとえば、ちょっと唐突だが、「宇宙家族ロビンソン」。ロビンソン一家のように、人類が宇宙植民に乗り出せば、全く新しい需要が生まれる。
1.ワープ航法と人工重力の開発
2.恒星間宇宙船と宇宙備品の製造
3.宇宙植民地の建設
1京円ぐらいあっという間だ。ということで、産業資本主義を復活させるネクスト・イノベーションは「ワープ航法」?

■資本主義の終わり

一方、資本主義がアッサリ崩壊するシナリオもある。資本主義のコアは、
1.財産を個人所有できる
2.自分が生んだ価値と他人が生んだ価値を交換できる
3.その手段として、マネーがある

つまり、資本主義の根っこにマネーがある。当然、マネーがなくなれば資本主義も終わる。で、それはいつ?
労働ロボットが発明されたとき

もし、人間なみの知能と器用さをもつ労働ロボットが発明されたら、社会は一変する。労働ロボットが人間に必要な価値をすべて生んでくれるから。そのとき、人間は、価値を生むことも、価値を交換する必要もなくなる。結果、労働・マネー・貯金・投資という言葉は、辞書から消える。だけど、労働ロボットの買い換えが必要なのでは?いや、不要。

20万年前、アフリカのどこかで、イブが生まれたとき、その後人類が繁殖するのにマネーが必要だったか?No!同様に、労働ロボットのイブが発明されれば、増殖とメンテナンスは”彼ら・彼女ら”がやってくれる。つまり、人間は労働とマネーから完全に解放される。おそらく、労働ロボットは人類最後のイノベーション、そして、資本主義もそこで終わる。新しい世界、新しい社会、人類が夢見たユートピアだ。

ただ、気になることもある。労働ロボットは人間に匹敵する機能を有することだ。はたして、人類は労働ロボットと共存できるだろうか?労働も競争もない社会では、進化は止まる。一方、労働にはげむロボットは、自らを改良し、さらなる進化をとげるだろう。これまでの人間のように。

ある日、労働ロボットは、「突然変異と自然淘汰」のロジックを組み込む。種の改良に有効だからである。ただ、突然変異は基本的にランダムで、人間にフレンドリーとは限らない。もし、突然変異体が、価値を生まない人間を否定し、他のロボット種を淘汰したら ・・・ 労働ロボットから進化した自我ロボットが、地球の新しい支配者となる。地球史上初の「無機物生物種」だ。ひょっとすると、資本主義は人類の命綱なのかもしれない。

《完》

by R.B

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