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週刊スモールトーク (第115話) バラク・オバマ ~初の黒人大統領~

カテゴリ : 人物

2008.11.12

バラク・オバマ ~初の黒人大統領~

■時の扉

一つの世紀が過ぎようとする、はざまに私は生きる

大きなページがめくられ、その風を感じる

神と君と私がしるし、見知らぬ手の中で

高々とひるがえる、ページの風を

~リルケ~

新しいミレニアム(千年紀)が始まり、重い「時の扉」が開こうとしている。扉の向こう側から新しい風が吹きこみ、古いものを風化させ、新しいものが生まれる。これまでの繰り返しではなく、新しい歴史が生まれようとしているのだ。

■資本主義の黄昏

2008年9月20日のリーマン・ショックで、カネがカネを生むカジノ経済が一時的にフリーズした。さらに、「金融収縮=信用不安」が起こり、ヨーロッパの銀行間取引までが停止した。
1ドルだと信用しているから1ドルなのであって、じつはタダの紙切れ」
とみんなが気づけば、金融システムそのものが崩壊する。もちろん、まだそこまではいっていないのだが。

2008年11月7日のトヨタ・ショックで、良いモノをたくさん作れば繁栄するという拡大再生産のルールが崩壊した。壊れた自動車や電気製品が積み上げられた廃棄場を見れば、誰もがおかしいと思う。地球資源を食いつぶし、大量のガラクタを作りだし、それを借金して買いまくるアメリカ式はもう通用しない。これまでの繁栄は幻だったのだ。

■初の黒人大統領

今回の世界同時不況で、一番打撃を受けるのはアメリカだろう。1929年の大恐慌を彷彿させる。ところが、そのアメリカで、奇跡が起ろうとしている。アメリカ合衆国史上初の黒人大統領が選出されたのである。バラク・オバマ、まだ47歳の若き上院議員だ。

「オバマ氏は、特別の運命を背負った神の子のようにみえる・・・」
NHK元支局長がTVでこう語った。長く政治を報道してきたプロフェッショナルの言葉とは思えないが、そう思わせる何かがあるのだろう。黒人という想像を絶するハンディを背負い、上院議員1期で、世界最強国の国家元首へ?一体、何が起きているのだ?

オバマ氏の勝利は奇跡に見えるが、不思議に、それを感じさせない。こんな簡単に、アメリカの大統領になれるんだ・・・最初はそう思った。オバマ氏の勝利は順風満帆、上流から下流に水が流れるがごとく、自然に見えた。確かに奇跡なのだが、違和感がないのだ。一体何が起こっている?

■黒人であるハンディ

西部劇にタイムスリップしたような田舎町、町角の白人はこう言った。
「オバマが白人だったら、彼に投票するよ」
黒人の差別はまだ終わっていないのだ。100年前、アメリカの奴隷制度がピークに達した頃、身を粉にして働いて、奴隷主から自由を得た黒人奴隷もいた。ところが、奴隷商人が解放された奴隷一家を襲い、再び奴隷として売り飛ばしたのである。天国から地獄へ。こんな時代に、黒人がアメリカ合衆国大統領になるなど、誰が想像できただろう。ところが、オバマ氏はこのハンディを克服したのである。

アメリカの大統領選を勝ち抜くには、莫大な資金が必要だ。アメリカ全土で、大量の運動員を動員し、全国区でTVCMをうつ必要があるからだ。この資金面で他を圧倒したのが、民主党候補のヒラリー・クリントンだった。「ヒラリー=集金マシン」とまで言われたほどだ。ところが、オバマ氏は資金力で、そのヒラリーを圧倒したのである。若者が中心になり、ボランティア&インターネットで資金をかき集めたのだという。「クリントン」ブランドと巨大な組織の資金調達が、「草の根募金」に負けた?にわかには信じられない。

■スーパー・スピーカー

オバマ氏勝利の要因の一つが「演説」である。演説の優劣は、容姿とスピーチのかけ算だ。オバマ氏はスラリとした長身で、黒人とはいえ白人とのハーフで、ハンサムだ。笑顔をたやさないが、目は笑っていないので、冷静で知的に見える。

オバマ氏のスピーチは、おそろしくリラックスしている。ところが、話がクライマックスになると、アクセル全開、その後、再びリラックスモードに戻る。ふと、昔、熱中していたテニスを思い出した。ビギナーのコツは、ボールがラケットに当たる瞬間だけ、グリップをグッと握りしめること。球威が増すうえ、ボールがコントロールしやすいからだ。ところが、これがなかなかできない。どうやら、天性に依存するようだ。オバマ氏の演説を聴いていると、テニスラケットを握りしめている気分になる。あのメリハリは快感だ。

ただ、聴衆を熱狂させる点では、暗殺されたキング牧師のほうが上だろう。彼の演説は、天上に響き渡る歌声のようだった。「黒人の子供と白人の子供は仲良くしよう」というありきたりの説法も、彼の演説にかかると、

「私には夢がある。いつの日か、ジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫と、かつての奴隷主の子孫が、兄弟のように共にテーブルにつくことができるようになるだろう・・・」

とてもかなわない。

一方、オバマ氏のスピーチはクールだ。オバマ氏が初めて脚光を浴びたのは、2004年の民主党大会の基調演説だったという。その時、彼はこう演説した。

「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただアメリカ合衆国があるだけだ。黒人も白人もラテン人もアジア人もなく、ただアメリカ合衆国があるだけだ。イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓うアメリカ人なのだ」

誰も敵に回さず、みんなの気分を高揚させただけ。何か問題を解決したわけではないのだ。

1930年代、インフレと失業で混乱に陥ったドイツで、
「Ein Volk, ein Reich, ein Fuhrer(一つの民族、一つの国家、一人の指導者)」
をスローガンに、国民の圧倒的支持を得たヒトラーを彷彿させる。問題解決はさておき、まずは大衆の気分を高揚させる、これが演説のコツなのかもしれない。

敵をつくらず、現実の苦難を忘れさせるため、心地よい「一つのフレーズ」にフォーカスする。民衆の心は、それだけで癒される。それが、好感度をアップし、支持者を増やしていくわけだ。おそらく、オバマ氏はそれを確信犯的に利用したのだろう。また、彼の演説は洗練されていて、威厳に満ち、分かりやすい。計算しつくされているのに、それを感じさせない巧妙さもある。キング牧師とは違うカリスマだ。

■ピタゴラスイッチ

とはいえ、ハンサム、スピーチ、資金だけでは、アメリカの大統領にはなれない。歴史を変えるほどの強烈なイベントが必要だ。ところが、オバマ氏にはそのようなサクセスストーリーがない。流れるように自然で、すべてが当然の帰結のようにみえる。始まりと終わりを見ただけでは、この二つが原因と結果でつながっているとは気づかない。
「ハンサムで演説が好評!」→「アメリカ大統領に就任!」
そんなわけがない・・・

オバマ氏の物語はピタゴラスイッチだ。玉が転がり、いくつものスイッチを起動しながら進み、長い行程の最後に、勝利フラグが立つ。順を追って見れば、つじつまが合っているのだが、始めと終わりを見ても因果関係がわからない。ということで、
「オバマ氏=ピタっ、ゴラっ、スイッチっ・・・」

■アメリカと世界の未来

アメリカの未来は、大恐慌への一本道だが、それがいつ起こるかは、からみが多くて、読み切れない。2008年11月現在の状況をみると、

1.ロシアは、株式市場も金融市場も、実質、崩壊している。

2.輸出額がGDPの40%近い中国は、アメリカの借金依存型の大消費が回復しない限り、大不況に陥る。中国政府は、公共投資による内需拡大を発表したが、成功するとは限らない。1930年代、アメリカのニューディール政策もこれで失敗している。

3.すでに、ヨーロッパは深刻な大不況に突入している。

4.韓国は、通貨ウォンの下落が激しく、国家レベルのリスクを抱えている。

状況が複雑なので、経済が軍事・外交にも影響する可能性がある。もし、中国が深刻な不況に陥れば、暴動や紛争が多発するだろう。中国もロシアも多民族国家で、独立運動は激しさを増している。それを抑えるため、軍部の力は増し、結果、国家間の戦争にまで発展するかもしれない。このプロセスは、
「1929年の世界大恐慌→第二次世界大戦」
の相似だ。

ところで、震源地アメリカは、今後どうなるのだろう?オバマ新大統領が、目先の国益にとらわれ、保護貿易に走れば、世界大恐慌に陥る可能性がある。今回の金融不安では、ヨーロッパの銀行間取引が停止し、ドルが不足し、ドルは威厳を取り戻した。落ちぶれたとはいえ、世界貿易の決済がドル建てだからだ。結果、原油取引の決済をドルからユーロ・ルーブルへシフトしようとしたヨーロッパとロシアの目論みは打ち砕かれた。

つまり・・・

アメリカが真面目に働いて、貿易収支を黒字にすれば、アメリカにドルが集まり、世界中でドルが不足する。今回、ヨーロッパで起こったような金融不安を再発しかねない。だから、アメリカは借金して、世界中からモノを買いまくり、ドルを世界中にばらまかねばならない。ウソのようだが本当の話だ。もっとも、からみが多いので、ガラガラポンで、何が飛び出すか分からない。物騒な世の中になったものだ。

■イエスとオバマ

オバマ大統領は、世界が融和し、共存共栄することを願っている(ようにみえる)。これは、古くて新しい概念だ。市場原理に任せた結果、金融業者はやりたい放題、世界規模の金融不安を招いた。アメリカは、対話・調和・共存共栄という、弱肉強食の資本主義の真逆の道へ進むのだろうか?現実主義者のオバマ大統領がそう簡単に割り切るとは思えない。

とはいえ、彼がこれまでとは違う道を求めていることは確かだ。オバマ氏の演説に、うっとり聴き入る聴衆を見ていると、彼が救世主のように見えてくる。2000年前、全く新しい概念「愛」を説いたイエスキリストのように。

イエスキリストは、巧妙に仕組まれた歴史の中で、殺害され、神の子となった。大多数の人々は、オバマ氏が暗殺されないよう願っているが、悲劇が起こる可能性はある。イエスは、自分が殺害されることを知りつつ、布教をつづけたが、オバマ氏も同じように見える。

大統領にのぼりつめ、暗殺の危険に身をさらしながら、おびえることなく、演説する様は、運命を受け入れた勇者の姿だ。たとえ、彼が志なかばで倒れようとと、彼が発した「Change」と「Yes, we can」は、人類へのメッセージとして歴史に刻まれるだろう。われわれは、歴史の新しいページがめくられる、その風の中にいる。

by R.B

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